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聖騎士団長、遠征途中に死亡フラグを立てる  作者: 書庫裏真朱麻呂


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19/19

19、聖騎士団長、魔法の花束と花婿介添人候補を得る

 そう、ハワード卿が「堕ちた神獣」と化していた虎を討伐する際に振るった朱色の剣の正体は、実はシェーンだった。

 エリザベスタウンでの討伐で、ハワード卿は三十羽にも増やしたロビン・グッドフェローの分身を統制するだけではなく、大規模魔法である妖精王子の銀箭(シルバーレイン)と、魔女を仕留めるために特化した強力攻撃魔法嵐の王の短剣(カルンウェナン)を放つことで大量の魔力を使用した。魔女の潜む鉱山で倒れたのは、そこで彼の魔力が切れたからだ。

 翌日、彼の魔力は普段の半分ほどまで戻った。しかしこの段階で、魔力切れのために一時中断されていたロビン・グッドフェローへの魔力供給が自動的に再開されたため、それ以上の魔力はなかなか戻らなかった。

 一方のシェーンは、神性を帯びた存在を倒すことの出来る魔力と俊敏さは持っていたものの、細身の彼には、虎を追って戦うほどの体力がなかった。

 そこで、ハワード卿とシェーンはお互いを補い合う方法を考え、シェーンが剣となり、ハワード卿がそれを振るう、という形を取ったのだ。

 伸縮自在、形状を変える剣は、その実、人間には扱い辛い武器でもある。しかし、ハワード卿はあらゆる武器の扱いに精通しており、しかも人間以外の者たちの作り出した武器を振るうことにも慣れていた。


 ベッキーの言葉に昨夜の戦いを思い出したのか、シェーンの頬が薄っすら色付いていた。

 「あれは、なかなか得難い体験でした。ハワード卿と呼吸を合わせて戦うことに、これまで感じたことのない愉快さを感じました。ですからハワード卿。もし、今後、私の力が必要なことがあれば何なりと仰ってください」

 ハワード卿はシェーンの申し出をさっそく受けることにした。

「ありがたい、シェーン殿。実は、もし求婚が上手くいったら、貴方に花婿介添人を頼みたいのだが、引き受けて頂けるだろうか?」

 シェーンは数回瞬きをした後、くすりと笑った。

「ターナー嬢との結婚式ですよね。ええ、お二人のためなら喜んで花婿介添人を務めましょう」

 ベッキーもくすくすと笑った。

「それなら私は、ハワードに魔法の花束をあげよう。枯れることも散ることもなく、ポケットに入れておけるほど小さくもなれば、両手で抱えるほど大きくもなる花束を」

 *         *

 二日後。サーカス団長デイヴィッド・コナーの妻、メイベル・コナーが意識を取り戻し、許恩とトミーに付き添われて義姉と息子の待つ家に帰った。

 許恩は、デイヴィッド・コナーの姉とメイベル・コナーに対して、もしデイヴィッドが目覚めたら警察に自首するように説得すること、これまで世話になった礼に毎月まとまった生活費を送るので、安心して暮らしてほしいことを伝えた。デイヴィッド・コナーの姉もメイベル・コナーも、デイヴィッド・コナーの暴力に怯えることしか出来ない非力で善良な女性たちだったから、許恩の話を聞いてやっと安堵の表情を見せた。

 またトミーは、デイヴィッド・コナーの息子のポールに、アーケイディア単科大学を目指すように勧めた。ポールが魔力持ちだと気付いたためでもある。アーケイディア単科大学なら給付型奨学金もあり、卒業後には聖騎士団に入団することにはなるが、戦闘職以外にも仕事は色々とあるのだ。トミーの親友ミッキーが所属する、技術部のように。


 更に翌日。許恩が半死半生のデイヴィッド・コナーに、人体操作の術をかけた。それから、彼がデイヴィッド・コナーを連れて国境の橋の途中で待つ連合捜査局次長アーセン氏とその部下たちと無事合流するまでは、聖騎士団員が全員で護衛を務めた。

 別れ際、トミーが許恩の手を取り、言葉をかけると、許恩が感極まったようにトミーの手を握り返した。

 二人は二言、三言、言葉を交わすと、穏やかな顔で別れた。

 *       *

 シルバニアタウンに戻ったハワード卿は、トミーと勝負中だったチェス盤が勝手に動かされており、しかも自分の優勢だったはずが、トミーの勝利で終わっていることを知って落胆した。

 主犯のメグが真面目な顔で答えた。

「ええ、それならおまじないのつもりで、私とモリーさんの二人で進めました。やりかけのチェス盤を置いて戦いに赴くのは縁起が悪いと思ったので、私がトミーの代わり、モリーさんがハワード卿の代わりで続きをしていたんです」

 共犯のモリーが天使のように 微笑んだ。

「メグと二人で行ったおまじないの効果があって良かったです。ハワード卿もトミー小隊長も皆さんも生きてお戻りになったのですから」

 約一名、虎に飛びかからられて肋骨が折れた団員はいたが、命に別状はなく、肋骨もベッキーの治癒で既に治っていた。

 だからありがたく、めでたいことではあるのだが、とハワード卿は呟いた。

「……ラズベリージャムを挟んだケーキに、バタークリームを塗ってスライスアーモンドと粉砂糖をまぶした物が好きだったのだが」

「ええ、次回のお茶の時間のケーキは、団長のお好きな『女帝陛下のケーキ』ではなく、俺の好きな『大氷原ケーキ』で決まりですよ」

 トミーが上機嫌にそう言った。ちなみに、『大氷原ケーキ』とは、蜂蜜などを入れてもっちりと甘く焼き上げたスポンジケーキに、刻んだ胡桃と胡麻を入れて甘く煮詰めたレッドビーンペーストを挟んだ甘味で、華夏共和国や真秀呂場皇国の出身者からは絶大な人気を誇る。

 ただ、何故『大氷原ケーキ』という名前なのかは、誰にも分からない。長年、聖騎士団本部近くで『大氷原ケーキ』を製造・販売しているケーキの店の店主でさえ知らないという話だった。

「お詫びに、今度ハワード卿のために焼きますね、『女帝陛下のケーキ』」

 モリーが申し訳なさそうに、ハワード卿の背中をトントンと軽く叩いた。

 ハワード卿が喜んだことは言うまでもない。

 

 こうして、彼らは今度こそ、アーケイディアの聖騎士団本部に全員で帰還することになった。

 許恩とデイヴィッド・コナーの証言により、エリザベスタウンから連れ去られた人々の救出も進んでいるとロビンを通じてアーセン氏から連絡を受けたのは、帰りのガソリンエンジン式輸送車に揺られている時のことだった。

「シルバニアタウンやニューシャーウッドにもいかがわしい場所を作る予定だったとは、デイヴィッド・コナーとその一味はとんでもない連中でしたな」

 トミーがそう言いながら、ゲーム用のカードをシャッフルした。住人たちの気付かぬうちに町の中に私娼窟や阿片窟が出来ているなど、町の中に魔城が居座るのと同じくらい恐ろしいことだろう。

「魔女ほど巧みに邪悪な人間を見つけ出して焚き付ける者はないからな」

 相槌を打ったハワード卿は、配られた手札の中に嵐の王のカードが入っているのを見つけた。自分の手札に嵐の王のカードが入っていると、勝負に関わりなく、その後一週間は物事が上手くいく。そういう古いジンクスを思い出して、彼はモリーの姿をちらりと盗み見た。

 *        *

「今度、改めて休暇を取ったら、二人で薔薇荘の建て直しの進捗状況を見に行こう。君に、大事な話があるんだ」

 昼食の後、ハワード卿は皿拭きをしながら、モリーにそう囁いた。

「ええ、わかりました」

 モリーが耳を薄赤く染めて返事をした。

 彼らから離れたところでは、虎討伐当日の夕飯の内容が、トミーたち先行部隊と、後から出たハワード卿たちの時とでは全く違っていた、と話しているのが聞こえた。トミーたちの夕飯はロブスターがメインだったとか、彼らの後に食事をした団員の夕飯のメインはローストビーフだったとか、デザートが何だったとか、メグでさえ笑いながらその話に夢中になっていて、誰もこちらを見てはいなかった。

 ハワード卿はモリーの頬に、そっとキスをした。

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― 新着の感想 ―
大氷原ケーキ、美味しそうですね〜。食べてみたいです。 (*´ω`*) しかし、楽しみにしていたはずのチェスの続き、しかも優勢だった状態を勝手に進められて敗北していたのはガックリくるでしょうねw (´…
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