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聖騎士団長、遠征途中に死亡フラグを立てる  作者: 書庫裏真朱麻呂


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17、虎は友を慕う

 今回は人ならぬ者たちの物の見方・考え方で話が進みます。私たち人間の尺度とは当然異なることをご了承ください。

 虎の魂は穢れても濁ってもいなかった。

 ユエンこと許恩が、李徴の魂が汚れていなくて良かった、と安堵すると、長身の男がこう説明した。

 虎が他の動物を襲うのは自然の摂理で、人間もまた動物に過ぎない。ならば虎が人を襲ったところで罪になるはずがない。それはちょうど、人が鳥獣や魚の肉を食べるため、猛獣から身を守るために命を奪っても罪にはならないようなものだ、と。

「しかし、李徴よ。我はそなた自身の見聞きし、考え、為したことをそなたの口から知りたく思う。此処なるそなたの友への遺言のつもりで語るがよい」

 *         *

 おれは物心付いた時から、袁と共にいた。それ以前のことは覚えておらぬ。幼き時は袁こそがおれの親と思うておったし、長じては互いに唯一の友であった。

 二人で暮らしていた頃は、心安く楽しき日々であった。しかし袁が何やら悩んでいることに気付かぬおれではない。あの親切顔に邪悪な心を隠した碧眼の男の元で働くことを決めた時、袁の悩みが、おれに食わせる肉を如何にして入手せんということだったと知った。

 斯くしておれが肉に不自由することはなくなったが、袁は碧眼の男どもの奴隷も同然となった。碧眼の男の(つがい)と子ばかりは袁とおれとに気遣いをするが、碧眼の男はそれが気に食わぬと、しばしば己が番と子とを虐げる。それが気の毒さに、袁が碧眼の男の番と子とに、どうかもう親切にしてくれるなと懇願したことは、もはや数えきれぬ。


 ある時、袁が碧眼の男どもの悪事に気付き、碧眼の男どもから、おれの命がどうなっても構わないかと脅されているのを耳にした。

 おれの存在が袁を不幸にしているのではないかと、おれはようやく気がついた。しかし、袁はおれがいるからこそ、この世は生きるに値するのだといつも言うのだ。そして、それが決して偽りでも強がりでもないらしいのだ。

 ならば、袁とおれとが一日も早く碧眼の男から逃れられる方法はないか。おれは日夜、考えてみた。しかし異類の身の哀しさ、何も良い手立てを思いつかぬまま、いつしか手足も耳目も弱り、気力も衰えていくばかり。

 そして、とうとうある村で、おれは力尽きた。袁は村のあちらこちらを駆け回り、時に村人から嫌悪され、或いは嘲笑されながら、必死でおれのために狗肉を求めてくれた。

 おれには既に食欲もなかったが、袁の厚情もだし難く、どうにか狗肉をひと舐めして、そして死んだはずだった。 


 目が覚めると、袁がおれの身体に取り縋って、「良かった、上手くいった」と幾度も呟いていた。

 おれは狗肉のために酔うていたのか、いつになく力が漲り、また思考が冴えていることに気付いた。

 おれは世の常の獣ではなくなっていたのだ。

 しかし、そのようなことはどうでも良かった。おれは目覚めてすぐに諒解した。本来ならば天に還るべきおれの魂は、袁の術によっておれの肉体に縛られ、さらにその肉体は術によって袁の両腕と繋がっているのだ、と。

 おれの肉体が空腹を訴えて肉を求めること、おれの毛皮に毎日欠かさず手入れが必要なことは生前と全く変わりなかった。おれを蘇らせてからも、袁のおれに対する情の細やかなことは、以前と少しも変わらぬ。むしろ、袁がおれの世話をすればするほど、力は増し、毛艶が良くなっていく。数日も経てば、おれは生きていた頃よりもずっと強く賢くなっていた。

 これならば、袁をおれの背に乗せて逃げることも叶うであろうし、碧眼の男とその手下どもがそれを邪魔するならば、この爪牙で引き裂いてやることも出来よう。

 そう思っていた矢先、いつものように芸をする途中で、おれは気付いてしまった。おれたちの芸を喜んで見ている者どもの中に、何とも我慢ならない悪臭を放つ者が幾人も紛れ込んでいることに。

 その者たちに気付くと、どうしても狩りたいという衝動が湧き上がることに。

 あの、ギラギラと輝く大粒の石を指に飾っている男。如何にも手の付けられない悪童といった感じではなく、一見どこにでもいそうに見える子ども……。酒を飲み過ぎたのか、饐えた臭いのする(つがい)の一組。無論、碧眼の男とその手下どもも同じ臭いがする。

 彼奴らに爪と牙を突き立ててやったら、どれほど清々するだろう。また、そうすべきなのだ、という気がして仕方がなくなる。

 袁の術がおれを引き戻さなければ、おれはもっと早くに彼奴らを狩り尽くしていただろう。そう、彼奴を守っていたのは他ならぬ袁の術であったというのに、愚か者どもは、その袁を殺そうとしたのだ。


 ある夜、袁はおれにかけた術が弱っているのではないかと考え、術をかけ直そうとした。袁がそう望むのなら、おれも吝かではない。おれは袁の術の文句を聞きながら、大人しく眠りに就いた。

 そして、目が覚めると、袁が襲われていた。おれの身体に袁の血がかかり、それでおれの目が覚めたらしい。

――危ないところだった。

 おれは女の喉笛を咬んで殺し、その女の霊を、今にも袁を殺そうとしていた男に取り憑かせた。

 もう我慢がならなかった。この、嫌な臭いのする者どもは、袁に仇なす者どもなのだ。さっさと手を下すべきだった。俺は女の霊に命じ、取り憑かせた男に火を付けさせた。まずは碧眼の男の部下どもから始末しようと決めて。そこで男が天幕横の油に火を付けたところで殺し、もう一人の男は女の霊に誘い出させてから咬み殺した。

 碧眼の男には存分に苦しく恐ろしい思いをさせてやろうと思っていたので天幕の近くに火を付けたのだが、袁が碧眼の男の(つがい)と子を救い出しに行ったので、おれは火に命じて、燃え広がるのを遅らせてやった。袁に怪我をさせる訳にはいかない。また、碧眼の男の(つがい)と子が死んだり怪我をしたりすることもまた、おれの望むところではなかったから。

 しかし、碧眼の男はどうしようもないほど性根が腐りきっていた。(つがい)と子を置き去りにして自分ばかり逃げ出したばかりか、勝手に番に触れたからと袁に殴りかかったではないか。

 おれは碧眼の男を燃え盛る天幕の中に突き倒した。おれが喉笛をひと咬みしてやるより、そちらの方がどれほど苦しかろうと思ったのだ。

 しかし、碧眼の男の(つがい)は、あのような酷い男でも(つがい)だからか、自分が大火傷をすることまで考えなかったのか、碧眼の男を助け出そうとする。子どもが泣く。その子どもを、集まって来た人間どものうち、最も悪臭のしない者に預けた袁が、碧眼の男の(つがい)を助けようとして火に飛び込もうとする。

 おれは慌てて火を消し、物陰に隠れて他の人間どもが袁を助け出すのを見送ると、先に殺した人間どもがしきりと訴える、「金持ち」とやらを狩ることに決めた。どうやらその男は碧眼の男の仲間で、袁とおれを引き離そうとしていたらしいのだ。

 おれが殺した人間の霊は、死んだ瞬間からおれの奴隷となる。おれは亡霊どもを痛めつけ、「金持ち」の居場所に案内させた。そこは大きく頑丈な建物で、中には多くの人間がいたが、大した障害にはならなかった。おれが一声咆哮すれば、彼らは怯えて何も出来なくなるか、部屋に逃げ込むかのどちらかだったからだ。

 その中で一番偉そうな人間に、男の霊を取り憑かせたおれは、「金持ち」の隠れている部屋に案内させた。そして偉そうな人間に部屋の鍵を開けさせ、「金持ち」と対面した。――それは、おれの芸を見ていた人間の中にいた、あのギラギラした大きな石で指を飾った、悪臭のする男だった。

 「金持ち」は(つがい)と子とを連れていたが、おれの狙いは「金持ち」一人。「金持ち」のでっぷりと肥え太った喉に牙を突き立て、偉そうな人間から男の霊を引き剥がすと、人間の少ない通路から、悠々と出て行った。

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― 新着の感想 ―
悪意を感じとれる能力を身につけたのですね。 しかし、めちゃ強いし、割かし悠然と復讐を果たしていたのですね〜。 (・∀・)
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