表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖騎士団長、遠征途中に死亡フラグを立てる  作者: 書庫裏真朱麻呂


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/19

16、死者の魂の言い分

人種差別者が不快な発言をしますので、ご注意ください。

 国境を越えて、この北部連邦のニューシャーウッドに着いた当初、予定では二週間の興行を行うことになっていました。

 私は定番の玉乗りや輪くぐりの後、初めて李徴に筆を咥えさせ、古今東西の有名な詩を祖国の言葉で書かせ、それぞれの詩に合わせた絵も描き添えさせました。それらの詩の大意を観客たちに簡単に説明すれば、返って来たのは万雷の拍手と歓声。詩を書く虎など他にはいませんから、観客たちの熱狂はこれまでにないほどでした。

 評判が評判を呼び、観客が町の外からも集まって来るようになり、サーカス団は初めて見物料だけで高い利益が出たようでした。しかしそれを期に、団長や他の団員たちがこれまで以上に私に嫌な目を向けることが増えました。


 しかし、元々サーカス団の中で仁恕の心を持って私と李徴に接するのは奥さんと小さな坊っちゃんばかりでしたから、私は団長らの目付きにほとんど注意を払いませんでした。

 それに、私にはそのようなことよりもずっと気がかりなことがありました。それは、時折、李徴が私の指示から外れそうになることです。しかも、その回数は日を追って増えていきます。

 けっして弱まるはずの術ではありませんでしたが、元は猫に用いる術です。それが虎にも同じように通じるとは限らない、ということに私はようやく気が付きました。

 そこで、私は密かに、誰もが寝静まった深夜、動かない李徴を自分の天幕に運び込んで術を重ねがけする儀式を始めました。

 蝋燭を七本用意し、北斗七星に見立てて火を灯しました。それから泰山府君への願文を唱えながら、定め通りに李徴の周りを回りました。ところが儀式の最中に、空中鞦韆乗りのドロシー・ゲイと道化役のハリー・ベイカーが天幕に乱入して来たのです。

 ハリー・ベイカーは何も言わずに、私に向かって刃物を振り下ろしました。私はすんでのところで避けましたが、向こうが執拗に斬りかかって来ますので、中々逃げることも反撃することも叶いません。その間に、ドロシー・ゲイが李徴の体に向かって両手を伸ばしました。

 私が女に気を取られた時、男の振り回した刃の切っ先が、私の肩を切りました。その血が李徴の体にかかったことで、李徴にかけていた術に狂いが生じたのでしょう。

 私が呼びかけなければ起きないはずの李徴が目を覚まし、女の喉笛を咬み裂いたのです。

 それを見た男が急に私を襲うのを止めました。そのまま男が呆然とした様子で天幕から出て行くとすぐに、何か大きな物が倒れる音がして、鯨油の臭いが漂いました。そのすぐ後です、団長家族の天幕の近くで炎が上がったのは。


 私は急いで駆け出しました。団長家族の天幕には、まだ小さい坊っちゃんもいます。私は火事だと叫びました。団長が慌てて天幕から一人逃げ出して来ましたが、何故か奥さんと坊っちゃんが出て来ません。天幕に火が燃え移るのは時間の問題です。私は天幕に飛び込みました。

 天幕の中で、奥さんは坊っちゃんを抱いて逃げようとしていました。しかし八歳の子はそれなりに重く、婦人が抱えて逃げるのは容易ではありません。しかも団長が逃げる時に倒したのか、箪笥や円卓が倒れて二人の逃げ道を塞いでいました。

 私は倒れた調度の上から、奥さんに子どもをこちらに寄越すように言いました。そしてどうにか坊っちゃんを奥さんの腕から抱き上げて天幕の外に出し、奥さんを調度の向こうから引っ張り上げたところで、天幕に火が付きました。恐ろしい勢いで燃え出した天幕からどうにか奥さんを引き摺り出して逃げ出しましたが、今度は団長が私に殴りかかって来ました。

 曰く、主人の妻に勝手に触れるとはけしからん、と。こちらも腹が立ちましたから、怒鳴り返してやりました。お前が置き去りにした妻子をわざわざ助けてやったのに恩を仇で返す人でなしめ、と。

 その声に反応したのでしょうか、今までどうしていたのか口の周りを赤く濡らした李徴が現れ、団長を燃え盛る天幕に向かって突き倒したのです。

 坊っちゃんはこの時ようやく目が覚めたようで激しく泣き出しますし、奥さんは団長を助けようとして天幕に向かって行きます。気付けば、私がいた天幕も既に燃えています。私は火事に気付いて駆け付けて来た警邏隊に坊っちゃんを預けると、奥さんを助けようとして、再び燃え盛る天幕に向かって走ったのです。

 その後のことはよく覚えていません、気が付くと私は病院にいました。李徴の行方も、分からなくなっていました。

 *          *

 ユエンの話を聞いた長身の男は一つ頷いた。

「そなたの話に偽りも隠し事もないことを認める。次は、虎に殺され、以後虎に使役された者どもの魂から話を聞くとしよう」

 長身の男の周りに二十数個もの鬼火が灯った。

 過半数の鬼火は、隠しようもない濁りと穢れのために、放つ光が薄暗かった。

 *          *

 あたし?

 ドロシー・ゲイ。……本名はメアリー・ノットだよ。もう何年も名乗っちゃいないけど。

 どうして、金人の奴を襲ったかって?

 だって隣町の大金持ちが言ったんだ、どうしてもあの虎公が欲しい、金なら幾らでも出すってさ。でも、あの野蛮人が虎公を手放す訳がないのは解ってたんでね、手っ取り早くバラしちまおうってことになったんだよ。

 は?

 何で私の方が野蛮人だって言うんだよ。私は金人みたいに棒っきれ二本でおまんまを食ったりしないよ。お上品にナイフとフォークを使っているじゃないか。

 あんな薄っ気味悪い異教徒でもないし、犬っころの肉だって食わないのに。

 あ?

 金人を殺すつもりだったことを団長は知っていたのかって?

 知らない訳がないだろ、バラした後に死体をエリザベスタウンに持っていけば売れるって、団長が言ったんだからさ。彼奴は余計なことを知り過ぎたんだ。あたしたちが欲しかったのは、サーカス団のお体裁を整えるのに都合のいい畜生と、安く使える()()()()()()だったんだよ。

 そうだよ、サーカス団なんて表向き。あたしらの本業は、ヤバい薬と人間を仕入れて売りさばくことさ。

 サーカス団なら、あちこちを回るのは当たり前だし、人間が入れ替わったって気にする奴はあまりいない。でも、見物料なんて大したことはないからね。

 団長の本妻のメイベルや、金人の奴があたしらの本業を良く思ってなかったのは知ってるよ。全く、誰がどうやって稼いでるから生きていられるのか、彼奴ら、さっぱり現実ってものが分かりゃしないんだ。とんだウスノロどもだよ。

 このところ、エリザベスタウンの奴らから仕入れた女や子どもを売って回ってたら、連合捜査局の連中がコソコソ嗅ぎ回るようになったからさ、ほとぼりが冷めるまでサーカス団を畳んで散り散りになろうって話してたんだ。

 だから、目立つ虎公と金人が邪魔になったんだよ。

 まさか虎公がバケモノになってたなんて思いも寄らなかった。やっぱり金人の奴は気味が悪くて忌々しいったらありゃしない。地獄に堕ちやがれってんだ。

  *          *

 このようにして虎に食い殺された者たちの話を聞く中で判明したのは、猟師以外の被害者は全員、悪人だということだった。

 サーカス団のクラウン、ハリー・ベイカーには殺人の余罪があり、手品師のビル・ホワイトは各地で未婚の女を騙して金銭を得ていた。その中でハワード卿以下聖騎士団員たちとユエンを最も驚かせたのは、被害者の中で最年少だった十二歳の少年の所業だった。少年は恐ろしいことに、事故にしか見えない巧妙なやり方で近所の乳幼児六人を続けざまに殺害していたのだ。


「最後に、虎自身の言い分を聞こうか」

 長身の男の言葉に応じるように、琥珀色の鬼火が現れた。

 


 

 


 

 全話で「李徴が食に困ることもなくなりました」とありましたが、ユエン自身の食に困らなくなった、とは言っていないことにお気づきになりましたか?

 ドロシー・ゲイの魂に向かって思わず「お前の方がよほど野蛮人だ」と言ってしまったトミー。しかし、聖騎士団員は全員、トミーの言葉に頷いております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
アバババ……。 ユエンと李徴だけがまともでそれ以外はヤバいサーカス集団じゃないですか! (≧Д≦)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ