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聖騎士団長、遠征途中に死亡フラグを立てる  作者: 書庫裏真朱麻呂


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15/19

15、虎使いは語る

ユエンが虎に狗肉を与えた理由が語られます。犬がお好きな方には辛い内容となるかもしれませんので、ご注意ください。

「どういうつもりで死んだ虎の魂を元の肉体に縛り付けて使役していたのか、どのような経緯で虎が町で人間を食い殺すに至ったのか。一切偽らず、隠し立てもせずに話してもらおうか」

 ベッキーの言葉に、ユエンは震えながらソファーから下り、額づいた。

 四十歳手前のユエンが、十二歳の少女にしか見えないベッキーに向かって王侯に対する礼を執るのを見れば、トミーの言う通り彼が普通の人間ではないのは明らかだった。

「今夜は裁定者を招いている。誤魔化しは効かないと思った方が良いよ」

 ベッキーの言葉を受けてその場に現れた長身の男は、歳の頃は五十代半ば、引き締まった体躯に彫りの深い秀麗な顔立ちをしており、王者としての威厳を漂わせていた。

 聞く者を魅了する低く艷やかな声で、男は命じた。

「まずはソファーに掛け、楽にせよ。祖国語で構わぬ。偽りも隠し事もない真実を述べるがよい」

 ユエンが数回唇を震わせ、そして話し始めた。

 *          *

 王爺(ワンイエ)娘々(ニャンニャン)に許恩が謹んで申し上げます。

 はい、袁傪とは虎使いとしての名でございまして、私の真の姓名は許恩と申します。元は大金帝国の宰相の子で、真秀呂場皇国の高等学校で学んだ後に、四十八州連合共和国の大学に参りました。

 ところが、大学生活を送っている時に幾人もの朋友から、祖国に残っていた我が一族が滅ぼされたという書簡が届きました。後に同じことが新聞にも書かれているのを読みました。私はいずれ家長として一族を率いるはずが、一転して孤独の身になってしまったのです。


 四十八州連合共和国に亡命する許可は下りましたが、金銭的な問題により学業を続けること能わず、私は港町で通訳や下働きの仕事に携わるようになりました。どちらかと言えば下働きの仕事の方が多かったでしょう。しかもどちらもあまり条件のよい仕事とはいえませんでした。

 私が後に人食い虎としてこの町で被害を出してしまった虎児と出会ったのは、この時期のことです。

 動物商同士の取り引きの通訳をした際に賃金代わりに与えられたのが、衰弱のために買い取り手のなかった虎児でした。幸い、故国で虎児を育てた経験のある私には、虎児が弱っている理由も、虎児の欲するところもよく分かりました。


 幾月かの後、虎児は見違えるように回復し、私に親愛の情を示すようになりました。私は彼の意を解し、彼は私の心を知る、という具合で、貧しいながらも愉快な日々を過ごしていたのです。

 私はその頃から袁と名乗り、虎には李徵と名を付けました。幼い頃に読んだ書物に登場する人物から取った名です。虎を友に持つ男ならば袁傪、袁傪を友に持つ虎ならば李徴であろう、と。

 しかし、困ったことが一つありました。育ち盛りの李徴の食を如何しようということです。日に日に李徴が必要とする肉は増えていきます。私は自分の食べる分を減らしても李徴の食欲を満たそうとしましたが、到底足りるものではありません。そのような時でした、サーカス団の団長、デイヴィッド・コナーから声をかけられたのは。

 曰く、自分たちのサーカス団には目玉となる猛獣がいないし、扱い方も分からない。虎と一緒に来てくれれば、食には困らせない、と。

 元は宰相の嗣子であった我が身が、今よりは芸人に身を堕とすのか、と嘆きはしましたが、背に腹は代えられません。私には李徴が飢え凍えることの方が耐え難かったのです。そういうわけで、私は虎使いの袁傪として、李徴と共にサーカス団に入りました。


 サーカスの花形、虎使いとよく訓練された虎として、私たちは各地で喝采を浴びました。李徴が食に困ることもありませんでした。


 ところが、ある時、ふと気付いてしまったのです。サーカス団にはしばしば、新入りとして子どもや婦人が入って来るのですが、次の町に着くと彼らは決まって、養子に迎えられるから、結婚するから、といって姿を消してしまうのです。

 疑念を深めたのは、新入りだという若い婦人が数人入って来た時、三人共が、次の町で結婚するからといなくなってしまったことでした。そして、我々のような旅暮らしの間では知られていることでしたが、その町には、私娼窟があったのです。

 考えてみれば、私たちが巡った町には必ず、阿片窟や私娼窟があり、さもなければ炭鉱がありました。そして子どもや婦人がいなくなるのは炭鉱や私娼窟のある町でした。

 小さなサーカス団にしては金銭的に余裕があるとは思っていたのですが、どうやらサーカス団として巡行する裏で、違法な商売を行っていたようなのです。


 私は恐れました。到底、このような集団と行動を共にし続けることは出来ない、と。

 どうにかして逃げ出したいと思ったのですが、虎を連れた男など他には滅多にいないのですから、何処に逃げてもすぐに見つかるだろうと思うと、逃げ出すことが出来ませんでした。

 警邏隊や保安官に訴えようかと考えたこともありますが、デイヴィッド・コナーは各地の警邏隊や保安官と気脈を通じているらしいのです。また、そうではないと思われる時には、私自身が肌や目の色が違うからという理由だけで怪しまれるのです。

 

 しかも、デイヴィッド・コナーは私が彼らの悪行に気付いたことに気付くと、私を脅しました。肌の色の違う男一人、野垂れ死にに見せかけて殺した所で誰が自分を追及するだろうか、いやすまい、と。

 さらに付け加えて言うには、もし何かおかしなことをすれば、虎の命はない。そうなっても自分は虎の毛皮を売り払えば良く、全く損はしないのだから、と。

 虎狼の心、というのはデイヴィッド・コナーのような者の心を言うのでしょう。表向きはにこやかで親切そうでありながら、あの者は自身の妻子さえも酷く扱いました。先日の火事で坊っちゃんは軽傷とされてコナーの姉の手に渡されたとのことですが、まだ十歳にもならない子の身体に、鞭や不自然な火傷の跡があることに、医者は気付かなかったのでしょうか。不思議なことです。せめてコナーの姉が気付いてくれればよいのですが。

 

 私が怯えながら暮らしていることを、李徴もまた気に病んでいたのでしょうか、ここ数年は以前ほどの力もなく、毛に白いものが増えていました。

 シルバニアタウンに着いた時には、李徴の身体は冷え、心臓の音も弱くなり、芸をすること能わず、ただただ、私の側にいたがりました。私はコナーに、李徴は風邪を引いただけだと言い訳をし、慌てて野営地周辺の家を訪ね、生きた犬を求めました。

 新鮮な狗肉は身体を温め、心臓の働きを強めると聞いたことがあったからです。

 虎に黒犬以外の狗肉を与えることが禁忌だと知らなかったわけではありません。しかし、夕刻の薄暗さと焦りのために目の曇った私は、黒犬とばかり思い込んで求めた犬に、小さな班があることに気付いていなかったのです。

 李徴は、私の帰りを待ちわびていました。それから、食欲は既になかったのでしょうが、私の差し出した狗肉を、ほんの少し舐めました。……そして、それが最期となりました。

 私は本当ならば、そこで李徴の死を受け入れ、彼を静かに弔うべきだったのです。しかし、あの時の私には、それは忍び難いことでした。そこで、父から受け継いだ秘術を用いることにしたのです。その秘術こそ、父が太后からの寵を受け、多くの政敵を退けて宰相となった所以でした。

 旅先で死んだ者をその故郷に葬るべく亡骸を動かす術と、猫鬼(猫の霊)を術者の意のままに操る巫蠱術を合わせた秘法で、名付けて「還魂蘇生の術」と申します。

 私はこの秘術をもって李徴を蘇らせました。しかも私の命ある限り、けっして解けぬように強固に術をかけたつもりでした。

 しかし術は半月も経たずに綻び始めたのです。   

 ユエンは目の前の男を閻魔大王(閻王爺)、ベッキーを女神と思い込んでいます。……似たようなものではあるのかもしれませんが。

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― 新着の感想 ―
内情がドロッドロのサーカス団だなぁ……。 虎も可哀想。 組み合わせの秘術も、会いたい一心だったのかもですね。 (´;ω;`)
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