1、聖騎士団長、部下に渋い顔をされる
本作は「聖騎士団員、帰郷するなり魔物に呑まれる」の続編です。グロテスクな場面などもありますのでご注意ください。
聖騎士団は、悪霊や悪しき魔物から人々を護る組織である。その聖騎士団の長ハワード・キャンベル卿は三十二歳。未婚で、婚約者すらいなかった。
ハワード卿の部下、トミーことジロウ・トミタがそのことで日頃から気を揉んでいたのは確かだ。
しかしながら彼は、遠征に向かう途中の大型輸送車の中でハワード卿が告げた言葉には渋い顔をした。彼は内心、こう思ったのだ。
戦の前に何と不吉な、と。
――生きて帰ったら、ある女性に求婚する。
ハワード卿と同じ言葉を戦場で口にした後に戦死した男たちが、これまで何人いたことか。
しかも遠征前に大切な指輪を相手に預けたことまで聞かされ、トミーの眉間の皺は、いっそう深くなった。祖国の英雄ヤマトタケルが新妻に神剣を預けたまま悪神との戦いに挑み、命を落とした悲劇を連想したからだ。
だが言霊を畏れるトミーには、「不吉なことを言わないで下さいよ」と口に出して指摘することなど、とても出来なかった。
* *
ハワード卿とトミーの遠征先は聖騎士団本部がある新大陸北部連邦の南隣、四十八州連合共和国。「州連合」という通称で知られるその国の南西部にある三十六番州にある町、エリザベスタウンでだった。近頃この町では、前触れなく人々が失踪する事件が続き、それと時を同じくして、死者が夜の町を徘徊しているとの目撃情報が増えた。
エリザベスタウンの町長からの依頼に応じてまず動いたのは、州連合南西部に駐在する聖騎士団第三隊だった。彼らは到着したその日の晩に狼型の低級ヴァンパイア数体を討伐した。さらに翌晩には人型ヴァンパイア一体と交戦し、これもすぐに討伐したのだが、次の晩にも、その次の晩にも、ヴァンパイアは現れた。
――未明の町に、人型ヴァンパイアの断末魔が響いた。
この町に来て半月。この夜、第三隊隊長ヒルダ・フォスターが破魔の力を込めた槌矛で殴り倒したヴァンパイアは九体に上った。
「妙だ……」
彼女はそう呟いた。
元々、州連合南西部はヴァンパイアが出没する土地ではなかった。したがって聖騎士団第三隊の討伐対象も、今まではこの地域に元から棲息する、悪意ある精霊や魔物ばかりだった。
ところが、この町のヴァンパイアの出没頻度は日を追うごとに増え、今や旧大陸と並ぶ。考えられる理由は一つ。町のどこかに巣が出来たのだ。
ならば早急に巣を見つけて殲滅すべきだが、問題は、第三隊の団員の九割が州連合南西部出身で、「外来種」というべきヴァンパイアと戦った経験には乏しいことと、エリザベスタウンの警察組織――エリザベスタウン警邏隊が、何かと邪魔をしてくることだった。
夜間の戦闘中にはさすがに割って入ることはないが、昼間、町の探索や失踪者の捜索を行おうとすればそれは警邏隊の仕事だの、この場所は立ち入り禁止だの、煩わしいことこの上ない。
警邏隊の妨害をかわしつつ、今いる団員たちでも戦える工夫をしてはいるが、殲滅戦となれば人員の質も数も厳しい。
人員、特にヴァンパイア討伐に長けた戦力が必要だと思った時、ヒルダの脳裡に聖騎士団長と姪の顔がよぎった。
聖騎士団長も姪も、旧大陸西側諸国でのヴァンパイア討伐実績がある。姪の方は先週末に魔物に呑まれたが無事に救出され、そろそろ職務に復帰すると聞いていた。そこで彼女はヴァンパイアが活動出来ない日中に聖騎士団本部に赴くことにした。
部下たちに留守中のことを指示すると、ヒルダは自身の使い魔、猫型妖精のオシアンに妖精の輪を作らせた。
この輪を通って異界にある猫型妖精の王国に入り、そこから聖騎士団本部に続く輪を通れば、州連合南西部から聖騎士団本部まで、ほんの数分で着く。
こうして聖騎士団本部に着いたヒルダは、姪のヴィーナス・モリー・ターナーと、かつての教え子である聖騎士団長ハワード・キャンベル卿に会い、事情を伝えた。
そして聖騎士団本部での協議の結果、二級守護者のヴィーナス・モリー・ターナー、一級守護者のメグシコ・コガ、そして聖騎士団長ハワード・キャンベル卿を含む援軍が送られることが決まった。
アーケイディアからエリザベスタウンまでの直通の鉄道はないが、代わりに州連合には整備された道路が巡らされている。援軍と追加物資の輸送は聖騎士団技術部が開発した最新のガソリンエンジン式大型輸送車で行うこととなり、三日後の午後にはエリザベスタウンの第三隊と合流する予定だった。
しかし援軍到着予定日の未明、思いがけない事件が起きた。
――第三隊長、人型ヴァンパイアとの戦闘終了直後に負傷。怪我の程度は重く、作戦参加は不可。
移動中の大型輸送車の中でコマドリ型の魔物――ロビンを通して報告を受けたハワード卿は、第三隊が拠点とする建物に到着すると、第三隊副隊長のケイン・カーター以下百名の団員を集めた。
彼らにハワード卿が伝えたことは、エリザベスタウンにいる全ての聖騎士団員の指揮を取りつつ、自らも戦闘に参加することだった。
まず彼は第三隊の団員たちと、援軍として来た団員たちの混成チームを作った。チーム数は全部で十。AからJまでのチームの人員はそれぞれ二十名。
混成チームにしたのは、戦闘中に流れる血や聖騎士団員の魔力が他の魔物や悪意ある精霊まで惹き寄せるからだ。
「外来種」と相性の悪い第三隊とは逆に、援軍の団員たちはこの地に元から棲息する魔物や精霊への対処に慣れていない。故に互いの弱点を補い合う必要があった。
本部から同行した守護者二名には、第三隊の守護者たちが拠点に張った魔法障壁の上に、ヴァンパイアや悪霊に効力のある魔法障壁を重ねるように張らせた。
「トミー率いる小隊は、守護者四名の護衛を担当してほしい。このエリザベスタウンという町は不穏な場所だ。敵は魔物や悪霊ばかりではない」
ハワード卿の指示にトミーは頷いた。大抵の守護者は戦闘に向かない。それ故に護衛の人員は必要だった。
「速やかな報告、連絡、相談のために、各チームにロビンを同行させる。どれほど些細なことでも構わない、異変があればロビンを通じてすぐに伝えるように」
ハワード卿の肩に乗っていた一羽のコマドリが瞬く間に十二羽に増え、それぞれのチームリーダーの肩に止まった。ロビンはハワード卿の使い魔で、伝令を得意としている。電話や無線通信機と違って悪意ある精霊や魔物に干渉される心配もなければ、設置や運搬の手間もない。
「私はチームAに入り、Aブロックを捜索する。次に、チームBは――」
こうして、各チームの役目を割り振った後、ハワード卿は椅子に座った黒猫に眼差しを向けた。
「今夜はこのように動きます。どうかフォスター先生は治療にご専念ください」
――了解。ハワードも皆も、くれぐれも用心してくれ。敵は魔物だけじゃないからな。
黒猫――猫型妖精のオシアンが、ヒルダの声でそう返した。彼は魔法でヒルダの耳目と自身の耳目を繋げ、自身の口を通してヒルダの声を伝えたのだ。
「心して任務にあたります」
ハワード卿がオシアン――正確には彼と繋がっているヒルダに向かって敬礼すると、他の団員たちもそれに倣った。
打ち合わせ後、守護者たちが厨房で用意した二六〇名分の軽食の包みが、団員一人一人に手渡された。
「こんなにすぐ用意出来るなんて、まるで魔法のようですね」
そう感嘆する第三隊の団員に、モリーが「ええ、魔法ですよ」と微笑むと、多くの団員たちが頬を染めた。
戦闘担当チームはリュックサックを背負い、それぞれが得意とする武器を携え、日暮れまではまだ余裕のあるエリザベスタウンへと次々に出て行った。
軽食を短時間で用意出来たのは、ブラウニーのエラが家事五倍速の魔法をかけたおかげなのです。




