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83 エピローグ4

最終話前にブクマしてくださった方がいらっしゃる!

ありがとうございます!!

猫になれないトドが、猫の振りして鳴いて感謝を申し上げます!

ぬーん。(鳴き声)



 その後、血反吐を吐く訓練に、幾度と根を上げそうになったシン。それでもなんとか耐えきったきっちり半年後、ユーリは迎えに来た。そして、そのままあれこれ依頼を出され、西へ東へと奔走する日々。


 気が付けばあの日から一年経っていた。


 何もわからずに城への護衛として連れられ、言われるままカインに攻撃を仕掛け、やはり言われるまま店へと帰る。


 何をさせられていたのか、何が起きているのか、一切の説明はない。


 目の前のローブの男は、揺り椅子に背を預け、ゆらゆらと揺れている。


「君が見たままさ。『魔法使いユーリ』は僕であり、彼だ。そして、僕は彼のホムンクルス」


 それ以上でも、以下でもない。そう言ってにんまりと笑う。


「正確には『完全なるホムンクルス』」

「その、完全なるってのがついたらどうにかなんの?」

「なるよ。核となったモノと全く同一のモノになるのさ。例えば持病や寿命といったものもね。つまり、本人を一切傷つけることなく、人体実験をするために産み出された存在、ともいうね。むかぁしむかし、今よりもまだ、不老不死を求める者が多かった時代に産み出された存在さ」


 自分自身ではリスクの大きい人体実験。けれども、己と全く同じ存在なら、その効能が確かでも、自身にその薬が合うか合わないか、それらを含めて実験できる。


 繰り返し、繰り返し、己のホムンクルスを殺しながら、積み上げた屍の上で、できた薬に涙し続けた錬金術師たち。


 業だな、と顔をしかめてしまう。


「なんであの嘘吐き賢者はお前たちを造ってるんだ? だって、アイツは不老不死だろう?」

「だからだよ」


 さらりと返った答え。


 シンは首を傾げた。


「彼は、人になりたいんだ。不老不死でなくなる方法を探すため、僕らを造った。己の手足として、ね」


 人は不老不死を求め、不老不死の化け物は人を求める。


 ないものをねだるは性か。


「死にたいの?」

「死ぬだけなら方法はある。彼が求めるのは人として生きること」

「賢者なら知ってるんじゃないの? だって、全てを知るモノ、なんだろう?」

「その賢者の知識が言っている。その方法はない、と。だからこそ彼は足掻いているんだよ。己自身が全知全能でないことを証明するために」


 人が、己を求めぬように、と笑う男を前に、シンはゆっくりと首を傾げた。


「え? でも、アイツけっこうポンコツだろ? どの辺りが全能なの?」


 きょとん、と瞬くシンに、男は笑う。それは、君の前だからさ、と。


「彼は人でありたいんだ。そして君は、彼を限りなく人のようにするんだ。とても、稀有な能力だよ」


 目深に被ったフードの奥で、目を閉じ、ゆったりと微笑む。


 全てから心を閉ざし、本気を出してしまえば、賢者の石はまさしく全知全能の賢者となる。ありとあらゆる知識から、全ての先を読み解き、その全てを叩き潰して己好みに進められる。けれども、それをしないのは、シンというストッパーがいるから。辛うじて、人の範疇で収まるようにブレーキをかけている。


 君って意外と僕らにとってとても重要な存在なんだよ、と告げる声は、穏やか。


 そうか、とシンは少し困ったように、照れたように、ぶっきらぼうに呟いた。


 相変わらず、己の何がそうまでして彼にとって重要な役割を担うようになるのか、さっぱり理解できない。それを素直に告げれば、それでいいのだ、とフードの男は答える。だからこそ、いいのだ、と。


「随分楽しそうだね」


 ずるぅりと奇妙な動きで錬成室の方から顔を出す金髪の男。


 まるで物語の魔法使いが着ているようなローブを身に着け、金の髪と銀の目という、人間の中では豪華な色を持っている。銀色の目は面倒そうに細められ、口元はへの字に曲がっていた。


 不機嫌そうな、揺り椅子の男とは対照的な表情。


「おう、ユーリ。おはようさん」

「おはよう、シン」

「それで? これからどうするんだよ。宰相様動けなくなったから、大手振ってまたここで活動するのか?」

「いいや、しないよ。僕と君は隣に移動するよ」

「隣? なんで戦争してる国に行くんだよ」


 眉根を寄せ、首を傾げる。


 普段のにんまり顔が嘘のように顔をしかめたユーリは、ふ、と息を吐いた。


「なんでって……最初に喧嘩を売ったのが彼等だからさ。ちょっと叩きのめしに行くんだよ」

「喧嘩……?」


 何かあった? と記憶を辿るも、残念ながらシンの記憶に引っ掛かるものはない。腕を組みうーんと唸って終わる。そんなシンの様子に、がりがりと頭をかきながら、ユーリは再び息を吐いた。


「二年前にこの国の水を汚そうとした馬鹿な子がいたろう? あれを依頼した商人は、隣国と繋がりがあるんだよ。いや、正確には多分、いくつかの組織を経て、たまたまその商人が依頼を受け、更に彼女が商人から依頼を受けた、と言ったところかな」


 また面倒な、と思わず顔をしかめてしまう。


 何故そんな幾つも通して自分たちの痕跡を消そうとしているのか。どうせ戦争中の国同士じゃないか、と単純に考えたシンに、ユーリはあからさまに小馬鹿にした笑いを零す。


 たとえ戦争している同士であれ、あからさまに人道にもとる行動をとれば、その後世界から非難される。戦が終わったのち、世界から爪弾きにされては国として立ち行かない。この国と隣国が戦争を続けているのは周知の事実で、最早巻き込まれたくない国々は遠巻きに見ている。だが、それとれとは別、ということだ。


 説明を受けたシンは、めんどくせぇ、と顔をしかめた。


「何だそれ、すっげぇ自己中じゃねーか」

「そもそも延々と戦争を続ける国が自己中じゃないわけないだろう?」


 しかも休戦協定を一方的に破棄して、と吐き捨てれば、確かに、とシンも頷く。


「僕はただ戦争を続けるだけなら特に手を出す予定はなかったんだけどね」

「まぁ『魔法使い』に喧嘩を売ってしまったからねぇ」


 ローブの男が言葉を引き継ぐ。


 二人揃ってにんまりとした笑みを浮かべる姿に、思ったより本人たちは怒っていたようだ、と呆れた。


「悪い顔になってんぞ」

「そりゃぁ、なるよ」

「どうしてくれようか」


 まるで二重音声のように聞こえてくる声。


 双子かな、とシンは思う。


 確かに似ているけれども、シンから見れば別人にしか思えない。そう、まるで気が合う双子程度。けして同一ではなく、個でありながらも恐ろしく意見が一致するだけ。周りにそう求められたから、そうであるように努力したかのよう。


 おもしれぇなぁ、と口には出さず、思う。そうしたところでどうせ気づかれているのだろうが。


「で? 隣行って何するんだよ」

「青を滅ぼす。僕は人の思想を奪う気はないけれども、僕に喧嘩を売るなら組織だろうと個人だろうと滅ぼすよ。鬱陶しいからね」

「青? 隣行って青? 何? じゃぁ隣が青の総本山って本当なのか?」

「ああそうだよ。まぁ、あの国が獣人を迫害するのは、もともとこの国に対するあてつけなんだよね」

「ほら、この国、獣人亜人に寛容だろう?」

「え……? 何その理由。うすっぺら……」


 そんな薄っぺらい、どうでもいい理由から始まった迫害が、こんな世界規模になったのか、とどこか納得いかないように口をひん曲げる。


 それに、仕方がないね、とユーリは笑う。


 そもそも人は己と違う物に対して、異様なほど警戒心が高く、排除したがる傾向にある。そうすることで自己を守ろうとするのだ。それはまるで、進化の過程で手に入れた理性を、その部分だけ失い、野生の本能だけを剥きだしにしたかのようだ、とユーリは笑う。


 過剰な防衛本能は、人間の弱さに直結しているのではないだろうか、と続けてローブの男は提案した。それに、確かに、とユーリは頷く。


 そもそも人はか弱い。身を守るための鱗を持たず、爪や牙も持たない。武器を手に入れるまではただただ搾取される側でしかなかった。知恵という名の武器を手に入れ、搾取する側に回ったからと言って、本来の弱さは変わりなく、己の優位性を確かめる事で一定の安心を得、心を安定させるようだ。


 そうつとつとと語り始めたユーリに、すっとシンが片手を上げた。


「なぁ、その話、長くなるか?」

「君、毎回思うんだけど、もう少し勉強しなよ」


 うんざりしたように渋い表情を浮かべるシンに、呆れたような半眼を寄越すユーリ。ローブの男も、少々呆れたようにシンを見ていた。


「うるせぇ。俺はお前たちみたいに頭がいいわけじゃねぇんだよ。後、知りたいのはそこじゃねぇ。さっさと俺が知りたいことを話せ」


 どうでもいいところをべらべら語るな、と口をへの字にしたまま吐き捨てるシンに、全く、とどうしようもない子供でも見るかのように苦笑する。


「君が知りたいのは、何故自分が生き返ったのか、何故神父とシスターが生き返ったのか、でいいのかな?」

「ん、まぁ」

「大した理由じゃないよ。君が生きているのは、チコのおかげだ。彼女が僕に願った。だから僕は一度だけ、君を死から守ると約束した。それだけだ。神父とシスターは、いなくなると色々混乱するし、君が使えるようになるまで、必要だったから手持ちの素材でホムンクルスを造った。どうせもともとがホムンクルスだ。問題ない」

「……リリも、ホムンクルスだったのか?」

「そうだよ。彼女は実験用のホムンクルスだね」


 他よりも弱く、寿命も少し短い、という言葉を飲み込む。


 少しだけ考えるように黙り込んだシンは、すぐにそうか、と短く零し、一つ頷いた。


「この国の、どれくらいの人間がホムンクルスなんだ?」

「ま、大体三割から四割ってところかな。貴族関係は人を探す方をあきらめた方が早いかもね」

「じゃぁおっさんもなのか?」

「そうだよ」

「国王も?」

「そう」

「……俺は?」

「知りたい?」


 にんまりとした笑みが問う。それをぼんやりと眺め、シンはゆるりと首を左右に振った。


「どうでもいいな。俺は、俺だ」

「そのとおりさ」

「そもそも、人かホムンクルスかなんてそうたいした差ではない。ホムンクルスだって無理矢理記憶や性格を捻じ曲げられなければ、人と変わらない。まぁ、そういう意味ではこの国の貴族は人ではないんだけどね」

「でもアンタはおっさんは気に入っていたよな?」

「彼は特殊だね。タガが外れている。本来、ホムンクルスは創造主である錬金術師にリミッターをつけられている。創造主に反抗しないように。けれども、彼にはそれがなかった。おそらく、自ら叩き壊した特殊例だろう。まぁ、造った側からいえば失敗作だね」


 だからこそユーリは気に入った。彼はまさしく人間だったから。そして、だからこそ余計に期待した。カイン(ホムンクルス)が人になれて、自分(賢者の石)が人間になれないわけがない、と。


 シンはそんなユーリにアホだな、と呆れる。


 その執着心は人と変わらない。お前が人間でなければなんなのか、と。


「お前って、頭いいけど馬鹿だよな」

「急に何だい」

「いや、思ったから口にした」

「そういうことは思っても口にすべきことではないだろう」

「お前は平気で口にするじゃねぇか」


 酷いなぁ、と唇を尖らせる姿はいつものユーリ。


 ふ、と口角が上がる。


「よぅ、ユーリ。魔法使いとしてこの国に留まるんじゃなかったのか?」

「留まるよ」

「僕がね。口にしたのは僕だし」


 手を上げるローブの男に、だよな、とシンは笑う。


「で? 向こうにもいるのか?」

「そりゃぁ世界中にいるよ。人の記憶に残らない程度、細々と活動しているのがね」

「いつでもどこにでも混ざれるわけだ」

「そうさ。そのために世界中に拠点を置いてるんだから。いつでもどこでもどんな些細でもいい。どこで僕の求める情報が入るかわからないからね」

「いつ?」

「今からでも」


 足りない言葉に正確に返る答え。


 そう、これが自分が選んだ相手だ、とシンは笑う。そして、だから、君を選んだんだ、とユーリは笑う。


「行くか」

「そうだね」

「気を付けてね」


 ひらりと振られる手。


 塵一つない磨き上げられた床が、二人分の足音を立てる。


 扉が開き、アンティークゴールドのベルが鳴る。


 からんからんと鳴るその音は、かつてこのベルを取り付けた主人が好きだと、こだわったのだという音。立ち去る主人を見送る為に、その音を奏でた。


END


一応、本編終了。

来週、これと悩んだラストを番外編で上げて完結とします。

……多分、一話で終わるはずです……><;

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