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錬金術師は人間観察がお好き  作者: 猫田 トド
八章 結び解け行く縁
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79 選んだ先へ歩き出す

今週もブクマ増えてる!

ありがたや、ありがたや……

五体投地で感謝のお祈りを捧げます!!!



 毛が長く、分厚い絨毯。サバトンに包まれた足で踏み込んでも、その音の全てを飲み込む。そんな高級品の上を、何も気にせず歩く。


 艶やかな光沢さえ浮かべる鎧は、窓から差し込む日の光をきらりと反射するほど磨き上げられ、傷一つない。首より下、全身を覆うそれは、普通の騎士には着る事の出来ない、騎士の中でも国王に認められた側近中の側近、聖騎士にだけ許されたもの。ブレストプレートだけでも、ただの一兵程度では着用したまま動けないほどの重量を誇る。そんな超重量級をかっちりと着こなし、歩くその姿は、只の警備の兵たちにとっては憧れであり、恐れの対象。


 真っ直ぐに、その身長に見合った歩幅で、さくさくと歩いてくるその姿を視認するや否や、素早く壁と同化する勢いで道を開ける。そして胸元に手を当て、上位者への礼をとった。そんな兵たちに見向きもせず、カインは城の廊下を歩く。その足が不意に止まった。


 優雅で、重厚な扉の前に立つ兵に、己の到着を告げる。片膝をつき、左手を胸に当て、首を垂れた。兵の一人がカインの到着を、中へ向かって告げれば、しばらくの後、入出を許可する声がかかる。それに合わせるようにカインが立ち上がり、マントを払った。


 長身に相応しいマントは、常人の家ならばカーテンと見紛うばかりの大きさ。それを片手でただ払うだけでなく、宙に浮いた裾が優雅に足もとへと纏まるよう計算し尽くされた清廉さ。見ていた兵士は、これが聖騎士と呼ばれる騎士の優雅さか、と尊敬の視線を向けつつ、己の仕事を全うすべく、扉を開いた。


「失礼いたします」


 立ったまま、今一度左手を胸に当て、礼の形をとってから室内へと踏み込んだ。


 カインの姿が扉の向こうへと入っていくのに合わせるように、扉がゆっくりと閉ざされた。


 部屋の中央へ進み、再び膝をつき胸に手を当て、頭を下げたカインに楽にせよ、と声がかかる。それに返事を返し、直ぐに立ち上がった。


「よく来たな、聖騎士長」


 玉座に座り、にやり、と笑う姿は、まるで猛獣を思わせる男。カインが剣を捧げた主、クリストファー。その傍らに控えるはずの存在はない。


 カインの視線が僅かに動いたのを見たクリストファーは、くく、と喉奥で笑った。


「宰相には仕事を押し付けておいた。今頃執務室で怒り狂ってるはずだ」

「……ほどほどになさってください。宰相様は御身の次にこの国で重要な方。倒れられでもしたらどうなさいますか」

「その辺りは考えている。まぁ、先日の件で勝手をした罰みたいなもの、というより、あれは自業自得だな」


 呵呵と豪快に笑い飛ばす。それにカインも僅かばかり溜息を零すに留めた。


 そう、今ルルクが忙しいのは、ルルク自身が選んだことへの結果。だから、仕方のない事。


 この国の錬金術学校が、市民の手によって滅ぼされた。そして、教師たちは全員捕縛され、校長以下数名の教師は処刑済み。その後残った元教師達は、奴隷落ちさせ、首輪をつけた状態で働かせる予定だった。しかし、ここで問題が起きた。ユーリ達に付き合って戻ってきたあの日、牢に捕えていた元教師達が全員殺されていたのだ。その手際から、影たちの犯行と判断されたものの、クリストファーを含め、ルルク達の誰一人として、正式な影を知らない。何人いるのかさえ。


 目撃者もなく、ただただ使える錬金術師の全てを失っただけ。その穴を埋められる錬金術師は、自らの手で消し去った。


 この国には今、錬金術師はいない。


 錬金術師の卵だった生徒たちは、身の危険から、散り散りに逃げ出していたし、何よりもあの事件の後に、この国の為に働こうと言う者などいないだろう。外部から錬金術師を招きたくとも、この国は隣国と常に緊迫関係。好んで移ってくるのは、荒事や仕事を求めるハンターと、傭兵くらい。


 失ってしまったものはあまりに大きく、その穴を埋めるのは困難。クリストファーはその問題を、全てルルクに丸投げした。ユーリを排除したのはルルクの判断。ならば、その後の問題も全てお前が片づけよ。そう命じた為、彼は今、執務室で膨大な量の書類と格闘することとなった。


 カインは小さく溜息を零す。


「ただでさえ、あの方は帰る家にさえ味方がいらっしゃらない。もう少し優しくしてあげてください」


 あの日、ルルクは己の育った屋敷の真実を知った。そして、味方だと思っていた使用人たちの全てが、敵の駒だったことを知り、即座に全員を解雇した。いや、解雇どころか、兵を出し、捕え、自らの手で首を撥ねた。


 帰る家に、迎える者はない。領地の両親に関しては、カインが調べに出され、前ベルト公爵並びに夫人の死亡を確認。遺体はなかったが、あの場所に赴き、彼らの創造主たちとの会話から、二人が死んでいることを聞いた、と話したところ、使用人たちはあっさりと認めた。そのため、事実を隠蔽していた使用人たちを捕縛しての帰還となった。


 もともと血の繋がっていなかった両親。情の欠片もない相手とはいえ、ルルクが失ったものは多すぎる。


 だからだろう、とクリストファーは笑った。


「だからアレが帰らなくてもいい理由を与えてやってるんだよ」


 忙しい間は城に寝泊まりする大義名分ができる。その問題が大きければ大きいほど。


 そして何より、長い間味方だと信じていた者達を、自らの手で処刑しなければならなかったルルクが、そのことを考えなくて済むように謀殺しているのだ。あれでいて、彼が傷つきやすいのだ、とクリストファーは知っているから。


 思っていた以上に甘い主に、カインは小さく頷く。


「陛下の深い思慮に気づかず、差し出がましい真似をいたしました。どうかお許しください」

「かまわんさ。あんな顔にさせてるんだから、お前が心配するのも無理もない」


 多少の忙しさなら、と思った内容は思った以上に彼を忙殺し、冷たいと評判の顔に、思わず誰もが二度見してしまうほどの隈をつくらせている。そろそろ一度締め落として仮眠室にでも運ぼうか、等と腹の中で考えつつ、そんなことはおくびにも出さない。


「それにしても、お前が宰相に従い、魔法使い殿たちを手にかけるとは思わなかったな」


 クリストファーもルルクからの報告で、それなりにカイン達が良好な関係を紡いでいたことを知っている。それでなお、躊躇いなく振るわれた剣。一切の慈悲などなく、ただただ終わりをもたらした。


 友だと報告を受けていた。それにしては躊躇いがなさすぎる。


「私は……貴方に剣を捧げた騎士です。貴方とこの国を守る為に剣を手にしております。であれば、そのために身内をも手にかけることも厭いません」


 それは覚悟。カインがこの国の為にクリストファーを選んだその日から、捧げた剣に誓ったこと。


 真っ直ぐに見つめてくる目に、その意志の強さに、けれどもクリストファーはにやりと笑った。その意地の悪い笑みに、カインは僅かに目を細める。クリストファーがこういう顔をするときは、大概余計な事を思いついたとき。そしてその余計な事を口にして、ルルクにこってりと叱られる。そこまでがワンセット。しかし、今、お守り役のルルクはいない。ということは、止める者がいないということ。


 よく注意してもわからない程度、カインの眉根が寄った。


「なぁ、お前のその想いや、俺のこの国を想う気持ち、本物だと思うか?」

「私にはわかりかねます。ただ、私にとってこの想いは紛れもない真実。なら、例え誰かに植え付けられたものだとしても、本物で良いと思います。重要なのは、自分の中にある信念だと思っております」

「お前は真っ直ぐすぎて詰まらんな。もう少し悩んだりせんのか?」


 むむ、と眉根を寄せ、口を曲げるクリストファーに、カインは少しだけ笑う。クリストファーにわからないほど僅かに緩んだ目。そこに映る、戦場に出れば自ら剣を振るい、前線で戦いそうな――実際に戦おうとするので、けして戦場に出さないよう策がこうじられている――風体の主人は、背もたれに背を預け、つまらなさそうに溜息を零していた。その姿は、悪戯が不発に終わった子供のよう。


 不遇の王と知られるクリストファーが、こうして甘えるのはルルクとカインだけ。国と言う巨大な組織を動かす立場にありながら、ただ二人だけの味方しか持たない王。だからこそ、カインはクリストファーを絶対に裏切らない。


 額に手を当て、口をへの字にひん曲げていたクリストファーが、不意ににやり、と笑った。


「宰相は怒るかな?」


 突然の言葉。カインは少しだけ思考を巡らせ、思い至ったのか、一つ頷いた。


「まぁ、怒るでしょうね。怒って、怒って、怒って、それから結局許されるでしょう」


 あの方は、貴方に甘いですからね、と紡ぐカインの声は優しい。表情に一切の変化が見られないことを残念に思うほどに。これで微笑みでもすれば、今の数倍の女がこの男に殺到するのだろうな、とクリストファーは内心笑う。そうなった時、相手によっては無碍にできず、とはいえ、関わりたくないことを隠しもせずに自分を頼ってくる、その顔がまざまざと想像できて。


 額に当てていた手を下ろすと、ふむ、とクリストファーは頷いた。それから困ったような、それでいて楽しそうな、複雑な笑みへと変える。


「お前も同罪だぞ? 一緒に怒られろよ?」

「承知しております」

「ならいいさ。ところで、魔法使い殿の店の方はどうだ?」

「残念ながら、私は前もって切り捨てられていたようです」


 ごそりと取り出されたもの。ガンレットに覆われた大きな手には不釣り合いなほど、繊細なペンダント。ユーリの店に行くために必要だったはずのアイテム。それを持っていてなお、彼の店に辿り着けなかった。おそらく、ユーリは知っていた。カインがけして味方ではないことを。そして、いつか己に害成す存在となることを。そのいつかが、今回であることを。


 自分に何かがあった時、己に害成した者に、己の何かを、塵一つさえ与えない。


 清々しいまでに警戒心が高く、他者を信じない。彼の唯一になるモノなど、きっとこの世に存在しないのだろうな、とペンダントに視線を落としたまま思う。


「流石は魔法使い殿だな。人の心の内も、未来も、まるで魔法のように見通す、か」


 惜しかった、と素直に悔やむクリストファーに、カインもまた、惜しいと素直に思う。


 ユーリは素晴らしい錬金術師。この国の誰もが彼を頼るほどに。彼の造るアイテムを当てにしていた者は多く、その多くにハンターが含まれる。この情勢が不安定な国であってなお、ハンターがとどまる理由がユーリの造るアイテムだった。それがなくなった今、どうやってハンター達をとどめ置くか。


 次から次へと上がる問題。その全てを抱えるルルクに、心の中だけでそっとエールを送る。


「今頃早まった、と嘆いているだろうか?」

「いえ、どちらかというと、面倒を起こして、と魔法使い殿に対して更に怒髪天をついていることでしょう」


 笑うクリストファーに、カインはゆるりと首を振った。


 簡単に後悔するような生易しい性格をしていない。己の計画に沿わない者に怒りながらも、その問題を全て片づけ、薄らと笑って見せる。だからこそ、余計な事しかしない貴族たちの足を鈍らせることができるのだ。


「自分で殺しておきながら、何とも勝手な男だな」

「だからこそ、宰相様なのだと思いますが?」


 当たり前のように返すカインに、クリストファーは息を吐いた。そうだな、と諦めたように呟きながらも、口元の笑みは変わらない。


「今後、どうしますか? 魔法使いがいなくなった、と隣国が知れば、彼らは再び攻めてくるでしょう。ただでさえ、暴動で錬金術師が一掃されたことは知られています」

「困ったものだな。場合によっては帝国も動いてくるやもしれんしな」

「我が国に有利なあの貿易協定の件がありますからね」


 昨年に結ばれた協定。帝国出身の青の教団員が王国で犯した事件。あれを解決したのはユーリだった。そしてユーリの名を使い、帝国を脅してフィンデルン王国に有利な契約をもぎ取ってきた。


 ユーリありきの契約。


 ユーリが居なくなってなお、その契約が履行されるのかと言えば、ありえない。即座に帝国側が協定を結び直そうと動き出すだろう。そうなったとき、王国は強く出られない。ただでさえ、隣国との問題を抱えている今、帝国まで敵に回すわけにいかない。となると、今度は逆に帝国側に有利な条件で結び直されるおそれがある。


 良くも悪くもユーリと言う存在はとても大きかった。けして、その存在の消失を隠し通せるものではない。


「早急だった、と嘆くのは俺だけか?」

「陛下が嘆けば宰相様の立場がなくなります」

「だよなぁ」

「せめて御心の内でとどめておいてください」

「わかってるさ」


 にやりと笑う獰猛な獣の笑み。


 クリストファーは苦難な時代を耐え忍び、父王を弑して玉座を掴みとった王。逆境には慣れている。むしろ、逆境に立てば立つほどに覇気を見せる。


 きっとこの国はこれからますます良くなるのだろう、とカインは思う。そして、そんな王を主君に戴けたことに心から感謝した。自分の選んだ道に後悔などない。これからもこの王に剣を捧げ、この国を守護するのだ、と決意を新たにした。


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