表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
錬金術師は人間観察がお好き  作者: 猫田 トド
八章 結び解け行く縁
76/85

75 禁忌を犯す者

ブクマありがとうございます~><!

増えてると気力がわきます!

本当に、本当に、ありがとうございます!



 離せと暴れる男を、数人のホムンクルスが抑え込む。ユリウスに似せたため、ハンターのように戦闘を生業としていない。同じように戦闘を主にしていない者でも数人寄れば簡単に抑え込める。


 何十年も父親として接してきた娘の裏切り。いや、それよりも、そうあれ、と望んだから、そうあるように努力してきたというのに、あっさりと廃棄しようとする創造主への怒り。それに身を焦がし、何故だと問わずにはいられない。


 ずっと怖かった。


 自分を生み出された理由が、他人になれ、という理不尽なもの。それだけならホムンクルスである以上、創造主の命令になんの違和感もなく受け入れた。けれども、それだけではなかった。


 創造主である女は『ユリウス』と全く同一になれと望んだ。そして、本来ならばけしてはずしてはいけないタガを外したのだ。


 『ユリウス』らしく、マリアを従える振る舞いを行えるよう、女に反抗できるように創られた。だからこそ、彼は女の命令を無視できた。そう造ったのは女だ。それなのに今更自分を責める女に怒りがわいてくる。


 ずっと怖かった。本物が現れる事が。ずっとずっと。産まれてからずっと、お前は代わりだ、と言われ続け、女の望むまま、女を愛するように洗脳され、けれどもその女は別の男を求めている。いつか本物が現れればあっさりと廃棄される。それがわかっていてなお、愛さずにはいられないように造っておきながら。


 自分勝手な女。


 愛しい、愛しい、女。


「シン」


 聞こえてきた声に、男は笑う。


 女は見つけてしまった。ずっと隠してきた本物を。気づかれる前に消してしまおうと思ったのに。何年も、何年も、幾度となく手駒を用いてきたのに、ことごとく潰された。全くもって忌々しい。


 そうあれ、と望まれ、そうあるように、男の思考の全てを記憶してきた。おかげでその全てで先手を取れたはずなのに、一度も成功しなかった。忌々しい存在。


 ああ、と男は笑う。


 抑え込まれ、床に顔をこすりつけたまま。


「でも残念。君がそうであるように、僕も君の考えがわかるんだよ」


 ふいに、視界いっぱいに広がるにんまりとした笑み。いつの間に、と驚くことこそ無粋だと言わんばかりに。


 まるで物語の魔法使いのようなローブを羽織り、フードを目深に被った男が、身の丈ほどもある木べらにもたれかかりながら、目の前にしゃがんでいた。これだけの距離にありながら、フードの下の目は見えない。見えるのは、にんまりと弧を描く口元だけ。その横には、子飼いのハンター。男の口に、ナイフの刃を突っ込んでいる。もしも男が口を閉じれば、口の中が大変なことになるだろう。


「まいったなぁ、僕って結構ヤバいやつなんだなぁ」

「今頃気づいたのか?」

「酷いな。僕まともなつもりだったんだけどさぁ、こう客観的に見せられると、ヤバいよね」


 楽しそうに紡ぐユーリ。呆れたように答えるシンも、けして男から目を離さない。


「いやぁ、自爆を平然とできちゃう神経ってどうなのかなぁ」

「安心しろ。俺の知っているお前は絶対にしないから」

「お、シンちゃんってば、僕に対する信頼かな、それは?」

「残念なことに、俺はお前が生きることに貪欲な事を知っている。お前は最後の瞬間まで生きようと足掻くさ。そういう意味でも、こいつはお前じゃないし、その女は、お前を理解していないんだな」


 路傍の石でも見るような、なんの感情も持たない目が、男を見下ろす。


 あっさりと言い捨てられた言葉。それに、ユーリの笑みが深くなった。実に満足げにその顔に刻まれる。そのとおりさ、と告げる声は、思いのほか弾んでおり、その楽しげな声に、女が嫉妬に顔を歪めた。


「流石はシン。僕のことを良く理解している。流石は僕の嫁なだけあるね!」


 煽るように、わざとらしく言い放ったユーリに、シンは盛大に顔をしかめた。勿論、背を向けている女に見えるわけもなく、ただただユーリの言葉に、驚く気配が後ろから伝わってくる。


 混乱したような、そわそわと落ち着かない気配が押し寄せてくる様子に、シンの渋面がますます深くなった。


「お、お父様……あ、あの、お父様は、そちらに趣旨替えをなさって……?」

「え? 僕女の子大好きだよ。でもシンは特別」


 だって可愛いだろう? と言い放つ。その笑みを、もしも女が見ていれば、言葉の意味を正確に理解しただろう。けれども、残念なことに女はユーリ達より後方に立っていた。その笑みを見る事はなく、楽しげに紡ぐ声に、その言葉どおりに受け取る。愛する父親の寵愛を一身に受けた目障りな存在、とシンの事を認識した。


 ぞわり、とシンの背に悪寒が走る。部屋の空気が一瞬で重くのしかかってくる。


 肌が粟立つほどの殺気に、お前、と思わず呻いてしまうのも致し方ないだろう。当然、その程度の事でユーリが何かを感じる事もなく、むしろ、ますます楽しげに笑みを深めていくばかり。


 くそったれ、と口の中で小さく零し、シンは男の口に差し込んだままのナイフを揺らした。


「それで? どうすんだ、こいつ?」


 どうしよっか、とユーリは笑う。


 ほんの少し、頭の角度を変える。ただそれだけで、普段どれだけ風が吹こうとも、微動だにしないフードがさらりと揺れ、隠れた金糸と銀の目が見えた。うっすらと開かれた銀の目。フードの影を映し、鈍い輝きを放っている。


 下から覗き見た男は、ヒ、と小さく息をのむ。それに、ユーリは不愉快そうに眉根を寄せた。


「ダメだなぁ。ユリウスはそんな反応はしないよ。彼なら、無言で見つめ返すよ。ねぇ、シン。僕そいついらないや。不良品も甚だしい。よくこんなので何年も満足してたなぁ」


 全然似てないじゃないか、と唇を尖らせるユーリ。よっこらせ、などと掛け声をかけ、木べらを頼りに立ち上がった。


 当たり前だろう、とシンは口に出すことはせず、胸中で溜息一つ零す。何しろ、己の隣にいる男は、並の人間には理解ができるような存在ではない。人に命の重さを説く癖に、自分は考えない。人が自分の言葉に一喜一憂し、その掌の上で無様に踊るさまを眺めてはほくそ笑む。どこか破綻した人物。そんなものが量産された世界を想像すると、ゾッとする。そういう意味では、女がユーリを理解していなかったことに感謝する。それからなんの感情も込めぬまま、短剣を奥まで押し込んだ。


 ぶつり、と肉を抉る感触。苦しげに零された声に、不快気に眉根を寄せたまま、押し込んだナイフを捻ってから、引き抜く。汚れた刀身を払い、逡巡したのち、無言でユーリのローブを使って拭き取る。


「げっ何するんだい!? あいつの涎が付いたじゃないか!」


 気にするところはそこだろうか、という突っ込みをするほどシンは愚かではない。ふい、と視線を逸らしたまま、ナイフを鞘に戻した。


「さっさとしろ。もう、十分をきってる」

「……はいはい。それじゃ、行こうか」

「お、お父様、どちらへ……?」

「決まってるじゃないか。僕の研究室さ」


 歩き出したユーリに、慌てる女。けれどもユーリは気にしない。


「シン。来るかい? それとも、待っている?」

「特典は?」

「君はどちらか一人しか連れてこれない。連れてこなかった方は、処分されると思うよ」

「じゃぁ待ってる。あと、十分ないからな」

「わかってるよ」


 念を押す姿に苦笑し、軽く肩を竦める。


 やれやれ、信用がないな、とぼやきながらも、どこか楽しげに口元を歪めながら、木べらをつきつつ奥へと歩いていく。クリストファー達は少しだけ迷うようにユーリとシンを見比べ、直ぐに決断したようにユーリの後に続いた。


「お、お父様、け、研究室に、どうして……?」

「煩いよ。僕はそう呼ぶな、と言っただろう。僕は、二度以上言わせる馬鹿な娘を持った覚えはないよ」


 追いすがる女の手を払い、迷いなく歩いていく。女は振り払われても必死にユーリについていく。どうにか研究室へ行くのを止めようとするが、ユーリは聞かない。細い体を押しのけ、歩く。


 流石に女性への扱いとしてどうかと思うのだが、一度口を開こうとしたルルクは、ほんの一瞬向けられたユーリの視線に、口を閉ざした。フードで隠れていて見えなかったが、僅かに首を巡らせたユーリは、間違いなく口を出そうとしたルルクを睨み付けた。口元だけはいつものようににんまりと弧を描き、しかし、刺すような鋭い視線。まるで、ルルクが、いや、ユーリ以外の誰かが、女の意識を向けられないようにするかのよう。


 一瞬で理解した。おそらく、ユーリはユーリなりにルルク達の身の安全を確保しているのだ、と。


 女は『一騎当千』『戦場に出れば相手の兵が嫌がって逃げ出す』とまで言われるカインでさえ震える化け物。自分たちがユーリにとって、庇護すべき存在であったのだと理解できただけで良しとしようと、思い至る。化け物はこちらを歯牙に掛けない。その間は、主人であるクリストファーの安全が確保されるのだから。


 ルルクはそっと辺りを伺った。


 奇妙な建物。千年もの時間、存在しているとは思えない。朽ちることなく、痛むことなく、当然のように在る。これも錬金術の何かを用いたのだろうか、と想像する。だとすると、それは是非復活してほしいアイテム。城の補修費だって馬鹿にはならない。そこを浮かすことができれば、税率を少し下げられるかもしれない。そんなことを計算しているうちに、ユーリの足が止まった。


 ちらりと後方を振り返り、自分たちが歩いてきた廊下を確認するも、先ほどの部屋からそう遠くはない事がわかる。


「あ、あの……」


 もうユーリは女に応えない。それどころか視線一つ寄越さない。無言の圧に女は委縮しきり、ユーリを呼ぶのも戸惑っている。ユーリの白い手が扉にかかるのを、そわそわとしながら見守るだけ。


 ゆっくりと扉が開いた。


 埃一つない部屋。天井から吊るされたランプに照らされ、明るい。おそらく呼ばれるまで、先ほどシンに殺された男は、ここにいたのだろう。そう判断付く人のいた気配。壁一面を棚が覆い尽くし、本棚部分にはびっしりと本が詰まってなお、本が床や机に何か所もうず高く積まれている。散らばった用紙にはこれでもかと書き記された何か。その一枚を、ユーリが摘まむようにして拾い上げた。


「随分と散らしてくれる。僕は、綺麗好きなんだけどね」


 呆れたような呟きを漏らしながら、ユーリの目がゆっくりと、その部屋の異物に吸い込まれる。


 壁を覆い尽くす棚。収まりきらない蔵書。作業台。みっちりと液体の入った、巨大な四本の試験管。そこから伸びる管は中央に置かれた平皿に繋がっている。そこまでは、自分の知っている部屋だ。問題は、散らかった本の間から見える物体。


 麻袋。


 ムームーと奇妙な声を上げながら、まるで芋虫のような姿でびったんびったんと上下に跳ねている。


 くぐもってはいるが、聞き覚えのある声に頭痛を覚え、ユーリはそっと額を押さえた。中身に想像がついたので、どっと疲労が押し寄せた、とも言う。


「一応、聞いてあげる。アレは、何?」


 溜息と共に問えば、女の肩が大きく跳ねた。それだけで、女が隠したかったのがそれだと分かる。そして故に、女がそれをここに運んだ理由も想像がついた。


 ぴりりと空気がひきつる。


 にんまりとした笑みを浮かべたまま、ユーリが再び怒りを顕にした。


「そ、素材の、サンプルに、影に、連れてこさせました……」

「君は、もう二度と錬金術を名乗るな。僕はマリアに人を素材とする錬金術は禁じた。いや、マリアだけではない。アリアにも禁じていた」


 君はそれを破った。そう、告げたユーリの顔から、にんまりとした笑みが消える。


「君は、アリアとマリアの名を汚し、その身を汚し、魂さえも汚した。とんだ不良品だ」


 振り返り、女の腕を掴む。そのまま引きずるように平皿の前まで連れてくる。その姿は、とても杖頼りに歩いている人間のものとは思えないほど、力強い。


 目深に被ったフードのせいで、ユーリの目は見えない。ただそこに闇があった。それに直視された女は、引き攣ったような声を漏らすも、ユーリはにこりともしない。


 木べらから手を離し、袖を探る。支えを無くして倒れる木べらになど、目もくれない。袖から水差しを取り出すと、コルクの蓋を外してその中身を平皿にひっくり返す。平皿はあっという間に縁まで水に満たされ、水は渦を描き出す。そこでようやく、ユーリがいつものにんまりとした笑みを浮かべた。


「君に、僕の錬金術を見せてあげよう。アリアにも、マリアにも見せたことのない錬金術。ただし、素材は君だけどね」


 白い手が、女を平皿の中へと突き飛ばす。まるでスローモーションのようにゆっくりと見えた。金の髪が宙を舞い、碧の目が驚きに見開かれたまま、女の体が平皿に向かって倒れこむ。


 ばしゃりと大きく水が跳ねるも、平皿は平然と女を受け止め、渦は瞬く間に飲み込んでいく。どう考えても、人一人が沈んでいくような造りではないのに、女は渦の中へと消えた。そしてユーリはそれに見向きもせず、床に転がした木べらを拾い上げ、棚の方へと歩いていく。ごそごそと棚をあさり、目当てのものを見つけるとすぐに戻ってきた。


 部屋から立ち去ろうとし、思い出したようにカイン達を振り返る。


「ああそうだ。そこの麻袋。一応この国の国民が入ってるんで連れてきてくれると助かるよ」

「開けないのか?」

「今開けると煩そうだからね」


 素朴な問いかけに、何てことはないように返す。


 耳は正常に機能しているらしい。麻袋の中のうめき声と、びたんびたんと跳ねる勢いが強まるのを見、カインは肯定を返した。それから剣を仕舞い、麻袋を担ぐ。


「説明をいただけますか?」

「時間がないから後で」


 僕、この部屋にシンを連れてきたくないの、等と自分勝手なことを口にし、ユーリは出て行く。ついてきただけのクリストファー達は、困ったように顔を見合わせ、一つ溜息を零すと、大人しくユーリの後に従った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ