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錬金術師は人間観察がお好き  作者: 猫田 トド
八章 結び解け行く縁
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73 父と子と



「まぁ、つまり僕はまた間違えたわけだね」


 にんまりと笑う顔。


「魔神と人間。秤にかけてより重いのは魔神だと思った。僕は、魔神であるアリアを最優先した」


 ユーリは紡ぐ。失われた過去の話を。


 ああ、なるほど、と誰もが理解した。


 彼はシンと変わらない年頃に見える。それなのに、時折ひどく老齢に見えた。それは請われるまま語る時、それはあの店で揺り椅子に腰かけている時、それは採取先でのんびりと夜空を見上げる時。ふと、気づけばずいぶん遠くにいるように感じる。そう、まるで老人が子供に接するように。


「どちらか片方ではなく、両方をとる、という選択肢を持つべきだったのにね」


 僅かな悔恨をのせて。


 にんまりとした笑みは、欠片も歪むことない。


「僕は徹底してアリアについた。その間、マリアが一人除け者になるなど露ほども考えつかずに」

「ち、違います! お父様は間違っていないのです。マリアは、マリアはあの時、研究に夢中で……!」


 腕に抱かれた女が慌てて声を上げる。


 金髪碧眼。姉の姿をしているものの、ユーリ曰く妹のマリア。何がどうなってそのような事が起こり得ているのか、クリストファー達には理解ができない。ただ、魔法使いと呼ばれ、神と呼ばれる男が目の前にいる。禁忌と言われ、伝説と言われるアイテムを宿して。


 錬金術。


 自分たちは知らない。それは錬金術師と呼ばれる、特殊な職業を極めた者達のみが知るものだから。


 それは、本当に正しい考え方なのだろうか。初めてその疑問を抱いた。


 ずっと、専門の者が居れば良いと思っていた。王室錬金術師さえいれば、それで良いと思っていた。しかし、その甘い考えで学んでこなかったせいで、今目の前にある謎を理解することができない。理解できないソレが、どれほどの脅威となるのか、わからない。


「君は錬金術の才はあったけれど、研究はしていなかった。君がしていたものは全てアリアの研究だ」


 恐怖に震えるクリストファー達に目をくれず、ユーリは紡ぎ続ける。腕に抱いた女を見つめ、優しく、追いつめていく。


 美しい碧の目が、見開かれた。桜色の唇が、どうして、と小さく慄く。


 ゆっくりと、ユーリの目が細まる。


「僕はアリアを見ていた。それはもう、うっかり一人の女性として見るようになるほど」


 そうすれば見えてくる。アリアの才能。能力。


 ユーリが、否、錬金術の神とまで呼ばれたユリウスが、本気で目に掛けた相手の、錬金術の才能に気づかないわけがない。


 傍らで『ユリウス』の研究を見ている。それだけで錬金術を理解し、自ら新たなアイテムの研究さえも着手する。そこまでいくほどの能力。ユリウスの研究の手伝いをしながら、マリアに形にした研究内容を渡す。自分よりも遥かに錬金術の神と呼ばれるべき存在。


 『ユリウス』は尋ねた。錬金術は好きか、と。アリアは少しだけ困ったように微笑み、是と答えた。だから、更にユリウスは尋ねた。何故、己の功績にしないのか、と。アリアはそれに柔らかく微笑んだ。


「彼女は言ったよ。君には才能がある。錬金術の。けれども、君には想像する能力が欠落している、とね」


 それこそ、マリアの弱点。才能はあっても、自ら生み出すことはできない。それでは研究者である錬金術師にはなり得ない。ただただ先人を模倣するだけの者。


 そう育てたのはアリア。彼女は恐れていた。『家族』が失われることを。離れていくことを。だからそうならないよう、妹を洗脳した。


 保護者代わりのユーリは問題ない。何しろ彼は研究の邪魔さえしなければ問題ない。錬金術を彼の基準で冒涜せず、誠意を見せていれば、彼は基本的に甘い。それほど錬金術を愛しているから。そして、彼がそれほど愛するものを、アリア自身愛した。初めは理解しようと手を出して、そのうちその面白さ、楽しさに魅了される。のめりこむのは早かった。けれども、それだけだと妹が置き去りにされる。


 マリアが余計な事を考えないように、考える力が伸びないように、自分たちの下から離れて行かないように、そう、教育していたことが仇になったのだ。


 アリアは考えた。『家族』が一緒に居られる方法を。同じ空間にいて、取り残されない方法を。そして見つけた。それが、己の研究をマリアに渡し、己は助手に徹すること。『ユリウス』が錬金術にしか興味がなく、とくに他人に一切の興味がなかったからこそ、できた。彼女の誤算は『ユリウス』が彼女に目を掛けたこと。


 目をかければすぐに気づく。指摘されたアリアは、あっさりと白状した。


 己の研究を他者へ渡す。なんの価値も持たせず。それは、人によっては錬金術への冒涜だろう。けれども『ユリウス』は強く否定できなかった。彼女たちの歪みは、己の怠慢さが生んだものだから。


 突きつけられた現実に、顔色を変え、震えるマリア。


「その証拠に、君は千年近くもの時間がありながら、新しいものを生み出していないだろう?」

「そ、それは……その、私は、お父様のホムンクルスを、子供……別の人間からつくる方法を探していて……そう! その研究をしていたのです!」

「千年かけて答えが出ないなら、それが答えだ。そのことにさえ気づかないなら、君はやはり想像する能力がないよ」


 優しい声で否定する。


 冷たい言葉をかけるユーリは、にんまりとした微笑みを浮かべたまま、冷たい目で見下ろしていた。そこに優しさは存在していない。それを見上げていた綺麗な顔が、みるみる歪む。碧眼が涙に潤み、光を反射して輝いた。


「君は錬金術師ではない。大人でさえない。愛を語るけれども、それは刷り込まれた思いだ。上位者のように振る舞うけれど、ただ人形遊びをしているにすぎない。君は、大人になれなかった子供だ」


 ただ淡々と告げる声。


 マリアに否定の言葉は紡げない。否定する言葉が思いつかないから。


「ああ、ところでね、マリア。君のところの子が、僕と、僕の大事な観察対象を殺そうとしたよ。相手が僕でなければ死んでいた。どういうことか、説明してほしいんだけど?」


 ふと思い出したように、朗らかに告げられた言葉。意味が分からず、腕の中で瞬きを繰り返す。その表情に嘘はない。


 マリアにとって、姉アリアと、父であり想い人である『ユリウス』は絶対的存在。彼ら失くして彼女の世界は成立しない。だからこそ、姉の体を手に入れ、父のホムンクルスを造ろうとしていた。その命を脅かそうとするなど、考えもしない。


 わかっていて、ユーリは問う。


「しかもね、その相手は影に命令できる立場にあるみたいだよ? 僕と同じ思考で、影に命令できるモノ、君なら知ってるんじゃないかなぁ?」

「……No.3510……」

「僕の子から造り出した、ホムンクルスだね?」


 名前さえなく、番号を呼ぶ姿に呆れつつ、確信を持って問う。真っ青になったまま、マリアは小さく頷いた。


 アリアが生み出したホムンクルス。錬成方法を研究し、必要な素材を狩り殺し、生み出す。初めは核にしたマリアと同じ顔の男女ばかりだった。家の中で身の回りの世話をさせるだけならそれで十分だったが、やがて施設の周りに村を造るほどに産み出した。なぜなら施設の周りで一定の生産がなされれば、素材も、食糧も、採取しに行く必要が無くなる。老いた『ユリウス』が研究に没頭できるようにするための、人手。


 村ができてしまえば、いつか人の目に止まる。その際に、同じ顔だけでは奇妙だという理由で姿形を変える方法を見つけ出し、性格を変える方法をも見つけた。


 その研究結果を千年近く弄繰り回し、ようやく『ユリウス』の性格を模したホムンクルスを生み出せた。けれども、どうしても『ユリウス』にはならない。見た目を寄せても、性格を似せても、ホムンクルスはホムンクルス。何より、マリアにとって『ユリウス』の証であるあの背の痣は、一度も現れなかった。


 何度も繰り返し、素材を変え、種類を増やし、分量を変え、錬成方法を変え、痣だけならつける事が出来ても、あの大輪の薔薇を背に咲かすことはできない。仕方なく、最も似た痣を持つモノを傍に置き、残りの失敗作は棄てた。特に痣のないモノは、成長させることなく、赤子のまま。


 その一人が、ルルク。


 全て孤児院に投げ捨てても良かった。そのために延々と戦争を続けさせていたのだから。親を失った戦争孤児。そう言って孤児院に放り込めばいい隠れ蓑になる。時折適当に休戦させながらも、けして隣国を滅ぼさなかった理由。


 貴族の中にも放り込んだのは、戦争を続けさせるため。ただただ平民を増やすでは、孤児院がパンクするし、国庫も圧迫されるだけ。ならば有効活用しようと、貴族の中に混ぜた。洗脳して、国を望むように動かす。本来の赤子は、処分して。


 ルルクは、今回の戦争を一時休戦に持ち込むための存在。そのため国を慮り、民を憂う性格になるように環境を整えた。彼が味方だと信じたのは、敵だと排除したのは、造られた紛い物。


 二人の会話に、知らずにその手で踊っていた事実を知り、愕然とする。


 ふと、領地に押し込めたまま、報告だけで会う事のない両親についてルルク考える。彼らは、今どうしているのか。その報告は正確なのか。いや、と小さく首を振る。そして、おそらく生きてはいないのだろう、と理解してしまった。己が子を入れ替えられるほどの数、使用人として潜り込まされている。そんな家で、領地に押し込められる、つまり、駒の自分にとって不要となったものを、いつまでも存在させているだろうかと問われれば、否だろうと理解してしまった。


 自分が親だと思っていた人物たちは既に殺され、存在しないにもかかわらず、彼らがしそうな行動をしたため、報告されていた。もしくは、殺した後、万が一にもルルクが会いに来たり、他の貴族との付き合いをさせるために、そっくりそのまま動けるホムンクルスを派遣してあるのだろう。


 ルルクの思考を読むように、ユーリは尋ねた。


「彼の両親は殺したの?」

「処分しました」


 ユーリの言葉の意味が理解できず、小首を傾げるマリア。ユーリは、何度目かわからない呆れをのせた溜息を、小さく零した。


「殺したんだね」

「?」

「わからないの? この国の祖先はホムンクルスかもしれないが、ここはもう人の国だ。この国の人間を殺したのなら、君は人を殺したんだ。自分で作ったホムンクルスを処分したんじゃない」

「意味が、わかりません。ホムンクルスは、ホムンクルスでしょう? ホムンクルスから生まれた子はホムンクルスでしょう? この国の人間の多くはホムンクルスのままです。私の造ったホムンクルスから生まれた、新しいホムンクルスなのですから、不要なら処分して当然ですよね?」

「違うね。もう彼らは君の手を離れた人間だ。君が命を理解していれば、そんな簡単なこと、わからないわけがないのにね」


 ごめんね、とユーリは困ったように微笑む。


「だから言ったのにね。お人形遊びしかできない君は、他と関わるな、と。楽しかったかい? 僕と愛し合った人を殺すのは。僕の子を殺すのは。その後、素材にするのは。……僕が、後でどれほど悲しむか、考えたかい? どれほど傷つくのか、想像したかい? どれほど怒るのか、理解していたかい? 君を、嫌いになる、と思わなかったかい?」

「で、でも、お父様が好きなのはお姉様で、だからっあの女はお父様を誑かした悪者なんですよね!?」


 ユーリの言葉に、必死に言い募る。自らの世界の崩壊を食い止めるために。けれども、ユーリは慈悲深い性格をしていない。ただただにんまりと笑って、告げる。


「命を軽んじる子は、嫌いだよ。命のありがたさを知ってこそ、錬金術師だ。錬金術は命を扱う。だからこそ、命の重さを知らねばならない。そして、僕は錬金術師だ。錬金術師として生きている。他の誰がなんと言おうと、たとえ僕自身が錬金術に飽きていようとも、それでも僕は錬金術師だ」


 錬金術師なんだよ、と言い含めるように囁く声。


 自身は平然と敵対した者を追いつめ、死へといざなうくせに、当たり前のように命を説く。その姿に、反論する者は、誰もいない。それほどまでに、ユーリの腕の中にいる女の価値観は異様だった。


 絶望に目を見開き、青白かった顔を真っ白にし、震えるマリア。


 最愛の父に、嫌いだ、と真っ直ぐに告げられ、足元ががらがらと音をたてて崩れる。その衝撃に膝が震え、ユーリがしっかりと抱きこんでいなければ、床にへたり込んでいただろう。無意識にぼろぼろと涙を零し、何か言おうとしてか、唇は僅かに開いたり閉じたりしていた。


「お、とう、様……」

「そう呼ぶのは、やめてくれないか? 僕は、僕の言いつけも守れないような娘は、持った覚えがないんだ」


すみません。

スイ〇チのロトエディシ〇ンが届いてタネ集めが忙しいので、次回更新はお休みします><;

ゴリアテ様が呼んでるのです!

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