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錬金術師は人間観察がお好き  作者: 猫田 トド
七章 砂の牙城
66/85

65 迫る

ほわっ!?

なんか、先週に引き続き、めっちゃブクマが増えてる!?

な、何があったのかしら!?

めっちゃ嬉しいです!

ありがとうございます! ありがとうございます!

五体投地で感謝します!



 音もなく、瞼が持ち上がる。


 眼球だけが左右に動き、自身の現状を確認する。


 奥まった立地に建つ店は、朝日の恩恵を直には受けない。ほんのりと明るいだけの室内。


 目が覚めたのか、とかかる声に、目が勝手に動く。声の主を見上げた。泣いたのだろう。腫れぼったい目の下には隈。普段は跳ね上がっている髪は乱れ、顔に影を落としている。見慣れた顔の、珍しい姿。


「おはよう、シン」

「ああ、おはよう」


 にんまりと弧を描く口元。その常と変らぬ表情に、シンは笑おうとして笑えず、不格好な顔を向けた。だが、それを指摘するほどユーリは無粋ではない。ただ起きるのを手伝って、と声をかける。


 いつもと変わらぬ声と態度。


 当たり前のように手を差し出すシン。その手を借りて起き上がると、ユーリの体がふらりと傾いた。慌ててシンが支えなおす。状態を問えば、ユーリは問題ない、と頷いた。


「毒は全て抜けた。まぁ少しばかりふらつくのはご愛嬌さ。杖があれば問題ない」

「杖? 杖なんかあったか、この家?」

「あるとも」


 僕を誰だと思ってるんだい、と笑うユーリに、まぁ、こいつならそれくらいの備えはあるのか、と頷く。


 言われるまま下階まで連れて行く。


 錬成室につくと、ユーリは迷いなく錬金釜へと近寄った。近くに立て掛けてある身の丈ほどの木べらを手にする。


「おいまて。それが杖、か?」

「そうだよ」


 さらりと返る答え。それが当然だと思っていそうな表情。シンは思わず左手で顔の半分を覆った。それは、杖じゃない。そうせりあがった言葉を飲み込む。


 ふぅ、と一つ息を吐き出し、ゆるく首を左右に振った。


 変わらない。


 常と、何も変わらない。


 それに安堵した。


 一度壊れてしまったシンの世界。それでも、変わらずあることに、心から、安堵した。そして、それをもたらすユーリに、感謝する。人を良く見ているユーリだ。おそらくシンが何を思っているのか知っているだろう。気づいているはず。だからこその言動。


 本当に、ふざけた奴だ、と笑うシンに、ユーリもにんまりとした笑みを深める。


 かつん、と木べらが床を叩く。


 シンの手を離れたユーリが、木べらを杖に歩き出した。壁に近寄り、シンの為に用意している予備のポシェットを取り出した。


 雇い主として、雇っているハンターが不便をしないよう用意している、というが、そんな雇い主、ユーリ以外に知らない。つくづく甘い男だ、と呆れつつも感謝する。心の中だけで。どうせ口にしたところで、ユーリはにんまりと笑い、僕の安全のために君の用意を完璧にしているだけだよ、としか言わないのを知っているから。


 店の方へ移動すると、当たり前のように商品棚から回復薬や癇癪玉を放り込む。その代金を、シンは今までに一度たりとも請求されたことがない。依頼料から引け、と言っても聞かない。


 ああ、本当に稀有な雇い主だよ、と笑ってしまう。


 普段シンが持っている内容を詰めると、シンに向かって差し出す。


「はい、中身確認して」

「いや、大丈夫だ。見てたから」

「そう?」

「ああ。ありがとよ」


 受け取り、腰に回す。


 新しい革のポシェットは、まだ馴染まない。それでも、無いよりもはるかに良い。


「さて、行くか?」


 問えば、諾の返事が返る。


 まるで物語の魔法使いのようなローブをまとい、身の丈もある木べら、という謎の杖をつきながら歩き出すユーリ。その後ろにシンは続く。傍から見れば奇妙な二人組だろう。けれども、誰かが気にすることはない。ユーリのローブにかかった呪いに、便利だな、と一人頷くシン。


 誰にも見咎められることなく城の前につく。流石に、城には簡単に入ることはできない。門番の兵士に止められた。一瞬ユーリの前に出ようとするが、それをユーリが手で素早く制したので、とどまる。


 ユーリは袖をあさり、目当ての物を取り出すと、兵士に差し出した。


「ご苦労様。はい、許可証」


 べろん、と取り出された書状。その署名者は国王。


 内容を確認した兵士は大慌てでユーリに平伏した。


「も、申し訳ありませんでした!」

「あぁ、いいよいいよ。君は仕事をしただけなんだから。むしろ呼び止められなかったらチクってたよ」


 あはははーと笑いながら言われた言葉に、兵士は顔を青くする。そして、責務を全うして良かった、と胸を撫でおろした。


 ユーリが取り出したのは、国王直筆の入城許可証。本来、これを持つのは高位貴族であり、ユーリのような一平民は持たない。そして、これを持つ者は、やたらと自分の顔が売れていないと不快感を示す。もしも今のように引き留められようものなら、理不尽に怒鳴り、貴族の特権を使い、門番の首を飛ばそうとする。もしくは、自分の顔も覚えていられないなんて無能だ。無能を雇うなんて国王もどうかしている、と飛躍したことを言い出す。そんな理不尽を知っているので、門番は顔を青くしたのだ。


 首がつながって、なのか、国王の足を引っ張ることがなかったことに、なのか、とにかく安堵している門番を横目に、ユーリは城内へと足を踏み入れた。


 警備している兵の一人を捕まえ、許可証を見せながらカインを呼んでくるよう頼む。


 明らかに平民ハンターを連れた、ローブの男に、兵は一瞬不審げな視線を寄越すが、許可証に目を通すや否や、大慌てで走っていった。


「すっげぇ効果な、それ」

「そりゃぁ国王陛下の署名があるからねぇ。僕の身元保証を、この国のトップがしているようなものだろう?」


 確かに、と頷く。そして、そんな相手に粗相があって良いわけがない。兵士たちの対応は当然のこと。カインが来るまでの間、と突っ立っているユーリに、他の兵士たちはそわそわと落ち着かない様子で視線を投げかける。


 かえって気になる、という言葉は飲み込み、シンはユーリの後ろに控えた。


 やがてカインが、呼びに行った兵士と共にやってくる。


「やぁ、聖騎士長。来たよ」


 不敬にもひらりと手を上げ、にんまり笑うユーリ。それにカインは一つ頷くと、自分を呼びに来た兵士に、宰相に『魔法使い』が来た旨を伝えるよう命令した。短く返事すると、急いでその場を去る兵士。それを見たユーリは、何度も往復させて悪いねぇ、とまるで思っていなように口にする。


「問題ない。こちらへ」


 一つ頷き、歩き出す。


 カインが案内したのは、中庭の見えるサンルーム。中庭に面した窓近くに置かれた机と椅子。そこで待つように告げる。遠慮も何もなく、当然のように椅子に腰かけるユーリ。木べらは机に立て掛ける。相変わらず黙ったまま、シンはユーリの後ろに待機した。


 けして共に座らず、いつでも動けるようにしている。


 三人の間に会話はない。沈黙だけが横たわっている。


 やがて扉が開き、国王クリストファーと、宰相ルルクが入ってくる。カインは騎士の礼をし、シンも一応頭を下げた。


 しかし、ユーリは立ち上がることもなく、ただにんまりとした笑みを向ける。それは、とてもではないが王族に対する態度ではない。クリストファー至上主義なルルクの片眉が跳ね上がるが、ユーリの態度が改まることはない。


 この男は、そういう男だ。


 やや達観の念を抱き、一つ息をつくと、ルルクは氷の宰相と呼ばれる表情を保った。


「やぁ、申し訳ないけど、立つのが辛いからこのまま失礼するよ」

「かまわないとも。何かあったのか?」

「いやぁ、昨日ちょっとシンに毒を盛られてね」


 ルルクが引いた椅子に腰かけ、問うクリストファーに、ユーリはなんてことないふうに応える。シンも特に反応はない。驚いたように目を見開くのは、クリストファーとルルク。信じられないものを見るように、二人を交互に見た。


 シンとユーリ。その関係は、二人が知る限り大変良好なもののはず。それが、毒を盛った盛られた、など平然と言うような奇妙な関係だなんて、誰も思わない。なんてことのないような二人の雰囲気は、常人には違和感しか覚えられなかった。


 困ったように眉根を寄せ、首を傾げる。


「すまん、君たちの間でそれは普通なのか?」

「まさか! まぁ、色々あるんだよ。それも含め、少し話をしよう。まず、君の影が僕を裏切った」


 毒を盛られた、裏切った、など不穏な言葉を、まるで世間話のような調子でさらっと口にするユーリ。控えるシンとカインに変化はないが、話を聞かされているクリストファーとルルクは目を白黒させる。とても、軽やかな調子で口にされるような内容ではない。


 何をどう反応すれば良いのかわからぬまま、ユーリの言葉を促す。


「そもそもあの影は君の影じゃない。あれは、真なる王家(・・・・・)に仕える者だ」

「っ! 流石は魔法使い殿……その存在をご存知か……」


 苦い表情を浮かべるクリストファー。ルルクも顔をしかめている。


「ユーリ。貴方はどこまで知っているのですか?」

「全部、さ。この国で、僕の知らないことはない」

「では、今更、この国の王と名乗るために現れたのですか?」


 ぎろりと睨み付ける目。向けられる敵意。その目は、雄弁に語っていた。あの、苦難の時代、お前は何もしなかった、と。


 ルルクの脳裏に浮かぶ、暗愚であった先王の時代。クリストファーが『簒奪王』などと誹りを受けねばならなかった事実。その時、確かにこの国にいたのに、自らは全く動くことのなかった存在。そんなものが、今更どの面を下げて、と睨み付ける。


 ひやりと冷たい視線に射抜かれても、ユーリの笑みが崩れることはない。


「勘違いしないでもらいたいけど、僕は王を名乗る気はないよ。僕は今も昔も錬金術師で、それ以上でもそれ以下でもないんだからね」


 ユーリは、錬金術師だ。いかに錬金術に飽きていようとも、己が錬金術師であることに誇りを持っている。彼の人生において、錬金術以外、何も求めていない。


「まて宰相。魔法使い殿が、王、とは?」

「……この方は、薔薇を背負っております」

「は!?」


 聞かされていなかったクリストファーが目を丸くする。


 慌ててユーリへと顔を向けるが、ユーリは軽く肩を竦めるだけ。もう一度ルルクへと視線を戻しても、ルルクは警戒するようにユーリを睨んでいる。一方的に室内の温度が下がる視線を寄越し続ける男に、ユーリは特に何を言うでもなく、クリストファーを見た。


「そんなことはどうでもいいんだよ。問題は、あの影は、誰かの命令で動いているってことだ」

「まさか、他にも薔薇を背負う者がいるのか!?」

「んー……まぁ、ちょっと違うかな」

「違う?」


 にんまりと笑ったまま、困ったように首を傾げる。それに、クリストファーも首を傾げた。彼が何を言っているのか、さっぱり理解ができない。そもそも、クリストファーはユーリとの付き合いが殆どない。ユーリと言う人間をあまり知らないのだ。彼の足りない言葉で全てを理解するのは不可能。


 困惑するクリストファーを前に、さて、どうしたものか、とユーリは右手で口元を覆う。少しだけ考え、すぐに口を開いた。


「始まりの王、について、王家にはどれくらいの情報が残っている?」

「金髪銀眼、背に薔薇を背負った男、ということくらいだな」

「あとはドラゴンを単騎で狩りとった、とか、活火山に行って、有毒ガスの中にしかないという宝石を持ち帰った、とか、眉唾な伝承がいくらかあります」


 クリストファーに続き、ルルクが答える。


 そっかー、と呟き、ユーリは腕を組んだ。そのまま考えるように黙り込むことしばらく。不意に腕を解くと、フードを取り払った。


 さらりと流れる金髪。不思議に輝く銀の目。ぎょっと目を見開く眼前の二人。知っていた控える二人は、相変わらず沈黙を保ち、空気のように存在がない。


「さて、質問だけど、君たちに僕はどう映る?」


 にんまりと弧を描いたままの口元。楽しげな声。けれども、その目はけして微笑んでいない。ぞっとするほど感情の見えない目には、青褪めたまま、驚愕に目を見開く二人が映っていた。


 二人からの答えはない。


 混乱と、疑惑に、思考の迷路に陥ったかのように凍り付いていた。


「ああ、もう一度言っておく。僕は王を名乗る気はないよ。僕は今も昔も錬金術師で、それ以上でもそれ以下でもないんだからね」


 それでも二人からの反応はない。


 情報過多によるフリーズ。


 国の中枢で、多くの者と腹の探り合いをするこの二人が、このような隙のある姿を見せること本来はない。それでも、そんな二人でさえ、凍り付くほどの問題が、目の前にあった。


 先に正気を取り戻したのはクリストファー。ゆるゆると息をつくと、片手で軽く顔半分を覆う。そこから苦しげにうめくような声を僅かに漏らした。


「何故、と問いたい」

「何が?」

「何故今まで黙っておられた? 何故、急に見せられた?」

「今までどおり喋ってくれないかな? それと、最初の問いに関してだけど、それは答える必要のあることかな?」


 僕、重ねて言ったよね? と首を傾げられ、クリストファーは黙り込む。


 ユーリに、王を名乗るつもりはない。彼は錬金術師として存在できていれば、それで構わなかった。必要がなければ、これからも黙っている予定だった。それは、王として立つクリストファーから見れば、とても無責任な発言のように思えた。では、今、王として存在している自分はなんなのか。まるで道化のようだ、と苦い思いが腹の底に沈んでいく。


 ぐっと眉根を寄せたまま黙り込むクリストファーに、ユーリはにんまりとした笑みを浮かべ続ける。


「今見せた理由は、僕の敵がね、あの影が仕える相手だからさ。君達がどう出るのかの確認だよ」


 ユーリの言葉にハッとする。


 ユーリの相手は、真なる王家に仕える影の主人。つまり、他にもいるのだ、という事実。突きつけられた問題に、クリストファーは何とも言えない表情を浮かべ、ただただ息を吐いた。


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