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錬金術師は人間観察がお好き  作者: 猫田 トド
六章 錬金術師
58/85

57 化ける粉



 指折り数える。


 シンが戻るまでに整えねばならない条件。片付けなければならない案件。その一つ一つを。それからくしゃり、と前髪をかきあげた。銀の目に宿る光。弧を描く口許。堪えきれずに零れた低い笑い声は、普段とはかけ離れた雰囲気。


 愉しみだなぁ、と呟くも、そのおぞましい音を聞く者は誰もいない。


 勝手に動き回る掃除用具。柱に据えられ、時を刻む時計。原初の火にくべられた釜の中で煮える水の音。他には何もない。ユーリという存在を拾うものがない店内。何を思おうとも、呟こうとも、ユーリの自由。


「さぁて、そろそろあの邪魔な奴らを潰さないと、と僕は考える。ということは、僕の敵は予測済みで、罠があるに違いない。かと言って放置するにはちょっとリスクが高いんだよな。錬金術学校、か。面倒だなぁ」


 錬金術学校はこの国に根付き、人々の生活にもかかわる。単純に潰すわけにはいかない。だからといって、放置するには少々危険が伴う。錬金術師としての実力はユーリの半分以下、とユーリ自身が判断していても、それで全てではない。何が作れるか、でその評価は大きく変わる。錬金術とは、単純に技量だけではない。得意の種類でも大きく変わる。


 いかにユーリとて、全てを把握するのは難しい。ましてや、自分を毛嫌いし、目の敵にしている集団。付き合いもなければ、伝手もない。それでもどうとでもなるから、と放置したツケが今、ここにきて響いている。


「厄介なのとセットになったなぁ」


 いやぁ困った困った、と呟く声は、愉し気。一つも困った雰囲気がない。


 さてどうしてやろうか、と思考を巡らせる。生かさず殺さず。力はそぎ落としつつも、今後とも是非とも民衆の為に研究を頑張っていただきたい。


 そう、考えていることは筒抜け。ならば、どうするか。


 揺り椅子に深く腰掛け、手すりに右肘をつき、手に頬を乗せる。左手は手すり部分を爪で弾く。目を閉じ、機嫌よさげに口許を歪める。まるで鼻歌でも歌い出しそうなほど。


「ああ、そうか、流石は僕だ。その手があったね」


 突然呟くと揺り椅子の背もたれから体を起こし、カウンターの下に手を入れた。ごそごそと中を漁り、目当ての瓶を引っ張り出す。


 手のひらにすっぽりと収まりそうな、小さなガラス製の小瓶。その中には液体。残念なほど目に痛いピンク色。それを、なんの戸惑いもなく口にした。喉が動き、小瓶の中身は全て消える。


 再び揺り椅子に背を預けた。


 目を閉じ、しばらくの時を過ごす。


 ゆるゆると変化していく身体。薄く骨ばった男の身体が、丸みを帯びた女の身体へと変わっていく。


 身体の変化が完全に止まると、ユーリは目を開けた。荒れた手を眼前へとかざし、その変化を確かめる。かざした手を軽く握ったり開いたりし、その変化に満足げに頷いた。揺り椅子から立ちあがり、ローブの裾を払う。くるりとその場で回り、もう一度満足げに頷いた。


 さて、次の薬を、と動こうとしたとき、派手な音をたてて店の扉が開く。近頃こんなことばかりだ、と言わんばかりに、アンティークゴールドのベルが、不平を音にする。


「にゃぁーんっユーリぃっ! 帰ってきてるみたいだにゃーぁんってぅおおおっ!? にゃんだお前! ユーリのローブとか着て! ハッ!? ユーリの彼女にゃ!? アイツ、シンとバディ組んでる上に、彼女家に連れ込んでるにゃ!? とんだたぶらかしにゃ!? 男も女もバンバンにゃ!?」

「いや、僕だよ」


 やってくるなり騒ぎだすミーユ。思わず手を上げ、素で声をかける。ぎゃぁぎゃぁと騒いでいたミーユは、目の前の女から聞こえた、聞きなれた男の声にぴたりと止まった。ぎょっとしたように目を見開く。そこから零れ落ちそうなほど目を見開いて固まったミーユは、ほんの少し間を空け、人差し指で指さす。


 頭部の耳も、尾も、ピンと立ちあがっている。毛はぶわりと逆立ち、二倍の太さに見えるほど。


 ハクハクと口を動かすも、言葉は出てこない。


 驚きのあまり、間抜け面を晒し続けるミーユに、相変わらず美人なのに勿体ない子だなぁ、と感想を抱きつつ、ユーリはやぁ、と声をかけた。その途端、既に二倍に膨れ上がっていた毛が、更に膨れ上がる。


「ゆぅううりぃいいっ!?」

「うん、そうだよ」

「ど、どどどどどうなってるにゃ!?」

「時間制の性転換の薬を飲んだんだよ」

「じゃぁ、これは本物にゃ!?」

「ちょっまっ」


 ユーリの制止も虚しく、ミーユは恐ろしい機敏さで近寄ったかと思うと、ローブの胸元を押し上げる部分を両手でわし掴んだ。そのまま無遠慮にもにゅもにゅと揉みしだく。


「ふぁああ……柔らか肉まんにゃぁ……」

「いやぁん、えっちぃん」


 自分にもあるはずの柔らかい感触に、至福の表情で破顔するミーユに対し、揉まれている側のユーリは楽し気に笑いながら、顎のあたりに人差し指を当て、軽く腰を捻る。


 この店の平穏は、常識人(シン)と共にあった。今ここに、ツッコミ(シン)はいない。在るのは、アホ(ユーリ)アホ(ミーユ)による混沌(カオス)だけ。


「これ、どうなってるにゃー」

「えっ!? ちょっぎゃっ」


 体を離したと思ったら、さっとしゃがみ込み、ローブを下から一気にたくし上げる。ウキウキと目を輝かせ、楽し気に左右に揺れる尾。突然ローブをたくし上げられるユーリの衝撃など、気にも留めていない。しかし、その目から輝きは消え、尾はしんねりと下がる。


 ローブを持ち上げた先にあったのは、シャツとズボンをしっかりと着込んだ身体。確かに女性特有の体つきではあったのだが、ミーユの望んでいたものとは違う。


 深い深い溜息を零しながら、そっと手を離した。


 ゆるゆると首を左右に振る。


「残念にゃー。ローブの下にはすっぽんぽんを期待したにゃー。ぽろりするべきだと思うんだにゃー」

「いや、裸ローブとかどこの変態? 僕は紳士ではあるけど、変態ではないんだよ」

「ユーリは自分が変態だって自覚するべきだと思うにゃー」


 少なくとも、紳士は平然と性転換薬を飲んだりしない、と胸を張るミーユ。ユーリは確かに、と頷いた。それから、ぽん、と掌を打つ。その顔は名案を思い付いたと言わんばかりに輝いている。


「よしわかった。じゃぁ間をとって変態紳士って事にしよう」

「それがいいにゃー」


 にへっとお互いに笑い合う。


 この店の平穏は、常にシンと共にあった。


「ああ、それにしても良いタイミングで来てくれたね。ちょっとお願いがあるんだけどいいかな?」

「何かにゃー?」


 親指と人差し指をくっつけ、輪を作りながら首を傾げるミーユ。代金次第、というミーユのジェスチャーに、ユーリは一つ頷く。


「僕の顔に化粧をして。印象としてはそうだなぁ……世間知らずなお嬢さんっぽく見えた方がいいな」


 レジを開け、銀貨五十枚の束を一つ、取り出す。それを躊躇いもなくカウンターに置いた。


「あと、顔に合わせた服も一着お願いね。できれば男を誘いそうな感じだけど、錬金術師感があるのがいいな」

「にゃー……またなんか変な事考えてるにゃ?」


 カウンターに置かれた銀貨の束を受け取る。


 一度の、それも、たかが化粧と買い物の依頼料としては破格の代金。その中に化粧道具代と、服代が含まれていたとしても。それを躊躇いもせずに受け取るミーユは理解している。この中に、口封じ代も含まれているのだ、という事を。


 ユーリがやたら多い金額を支払う時は、大概悪だくみの時。誰かが不幸になる時。だから、ミーユは笑顔で受け取り、依頼をこなした後は、依頼の事を忘れる。


「ハッ!? も、もしかして、シンとユーリはそーゆーぷれいをしてるのかにゃ!? シンが帰ってきた時のさぷらいずの準備にゃ!?」

「うん、違うよ。違うけど、それはそれで楽しそうだなぁ。いい案をありがとう、ミーユ」


 くだらない軽口で好奇心を抑え込んでいるミーユの、戯言。それに光明を得たと言わんばかりにユーリは微笑んだ。


 この店の平穏を支える者がいない今、面倒な計画がちゃくちゃくと積み上がっていく。帰ってきた時のシンの胃を心配する者は、今、いない。むしろ、煽るだけ煽る者しかいない。きゃっきゃっと二人で『さぷらいず』について案を出し合う。


 しばらくして飽きたミーユが、服を買いに一度店を出るが、すぐに戻ってきた。その手には紙袋。案を出し合う間もユーリを観察し、どんな服にするのか考えていたのだ。


 紙袋の中身を広げる。


 淡いピンク色のワンピース。それと薄い黄色のカーディガン。そして上から羽織る、ワンピースの裾と同じになる膝上丈のマント。全体的にゆるふわ清楚系の印象を受ける色。それでいながら、隙を見せるような膝が見える丈で揃えてある。


「あっはっは。流石はミーユ。いいセンスしてるね~。こんな感じの子がいたらアホな男はちょろそうってすぐ引っかかるよ~」

「で、本音は?」

「んーここまで計算づくの女の子、逆にこわぁい」

「言うと思ったにゃー」


 けらけらと笑い合いながら、ユーリは服を手に錬成室へと消える。ローブごと服を脱ぎ捨て、真新しいその服に、さっと袖を通し、戻った。


 普段はシンが座る、カウンター前の丸椅子に腰かけるミーユ。カウンターにはいつの間にか化粧道具が広げられている。その量に、流石は女の子、と頷きつつ、ユーリはミーユに見せるように前に立ち、くるりと一回転してみせた。


 スカートの裾を軽く摘まみ、小首を傾げる。精一杯可愛いさを演出するあざとさを見せながら。


「どう? 僕、可愛い?」

「声がそのままで気持ち悪いにゃぁ。せめて裏声出してにゃー」

「それは色と一緒に後ほど変えるよ。今は目を瞑っててほしいな~」

「はいはいわかったから座るにゃー」


 立ちあがり、丸椅子を譲る。遠慮なく座るユーリの頬に手を当て、自分の方を向けると、化粧道具に手を伸ばした。


 ゆらゆらと楽し気に揺れる尻尾。


 不摂生と不規則な生活のせいで荒れた肌に、丁寧に塗りこめられていく化粧水とクリーム。肌を整えると、白粉を叩く。荒れた肌を隠すように。


「色は何色に変える予定にゃ?」

「銀と紫。この国特有にするよ」

「おっけーにゃー」


 眉を描き、目の周りを縁取る。けして勝気な印象にならないよう、垂れ目気味に見えるよう。頬紅をいれ、生白い肌に生気が見えるように、けれど不自然に濃くならないよう、指ではたき、馴染ませる。薄い唇に淡い色の紅を差しつつ、気を付けてみないとわからない程の濃さの紅を上手く馴染ませ、ふっくらと見せる。


 凡庸すぎるほど凡庸な顔立ちのユーリ。裏を返せば、化粧でどうとでも変わる顔。普段とは全く違った印象になっていくその顔に、ミーユは満足げににんまりと笑った。


「完成にゃ~清純派っぽくなるようにしたにゃー」


 さっと小さな携帯手鏡を見せるミーユ。それを覗き込んだユーリは、口角を上げる。同時に鏡に映るふんわりとした美女が微笑んだ。


「いいわねぇ」

「わぁ、声がそのままで最悪にゃ~」


 折角美人に仕上げたのに、と唇尖らせるミーユ。それに苦笑を浮かべ、立ちあがると商品棚を漁る。中から目当ての薬瓶を二本、取り出した。


 試験管のように細長いガラス容器。その中に入った液体は、薄緑色と鮮やかな紅色。それをユーリは飲み干した。金の髪がゆっくりと根元から銀色へと変わっていく。銀の目がゆるりと煌めき、紫が混じった。


 移ろう。


 身体の変化の時のように、ゆるりと、けれどもはっきりと認識できる姿で変わっていく。


 やがて変化が終えて、ユーリはゆっくりと声を出した。


「あ、あー……んんっうん。どう?」


 その声は、高く、鈴が鳴るように転がる甘い声。どこからどう聞いても、女性のもの。くるりと振り返り、先程同様スカートの裾を掴み、小首を傾げる。


 完璧にゃ、と手を叩くミーユ。その目に映るのは、どこからどう見ても女性。身長が百七十センチメートルと、平均よりやや高い事をのぞけば。


「身長はどうにかならないのかにゃ?」

「残念ながらないのよねぇ」

「うっわ。ユーリと話してる筈にゃのに、女の子と話してるみたいで気持ち悪ぅっ」

「結局気持ち悪いんだね、君」


 粟立つ肌を隠しもせずにバリバリと首の辺りを掻く様子に、思わず口をへの字に曲げる。


 素直なところは彼女の美徳だが、時にごりごり心を抉る。しかし、だからこそユーリは嫣然と微笑んだ。ならばとことん女になってやろう、と。


「もぉ、ミーユちゃんたら意地悪ねっ」

「ぎゃー止めて! 気持ち悪すぎて笑えるにゃ!」


 頬を膨らませ、ぷん、と効果音が付きそうな怒り顔を作るユーリに、ミーユは腹を抱えて笑う。それはつまり、本性がどれほど酷いのかを知っている知り合いの男が、それほど女に見えるという事。


 ユーリの脳裏にきらりと閃くナニカ。


「ねぇ、これでシンちゃんに迫ったらどうなると思う?」


 くねっと身を捩り、顎に人差し指を当てる。


 少し想像したミーユはにやりと笑った。その笑みは薄ら暗いものが含まれていて、その意図に気づいたユーリもまた、にやりと笑う。


「今度もう一回化粧してよ」

「おっけーにゃ」


 交わされる約束。にたぁと笑い合う二人の後ろに、見えてはいけない暗い色の炎が躍っていた。



だから……!!

ど う し て こ う なっ た!!


みぃゆぅうう!!

君はどうしてそう残念なの!?

折角、獣属性、美少女、巨乳、と夢と希望を詰め込んだのに、全然活かせてないの!?

もうちょっと頑張ろうよ!?



あ、ところで、パソコンさんの調子が宜しくありません。

どうやらハードディスクを入れ替えねばならないようです?

今現状は漢字変換にもたいへん時間がかかり、文章を書くにも色々と問題が生じており、来週は更新できるか不明です。

ブックマークしてくださっている皆様にはたいへん申し訳ないです><;

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