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錬金術師は人間観察がお好き  作者: 猫田 トド
六章 錬金術師
51/85

50 混沌

今週もブクマが増えてる!

めっちゃ嬉しいです!

これはもうあれですね!

トドなだけに、感謝の気持ちに、

仰向けに転がり、頭を持ち上げ、右手で腹を打ちつつ

「おぅっおぅっ」と声をあげるべきですね!(それは水族館のセイウチか?)

本当にありがとうございます!!!



 シンが指名の仕事に出かけて早二週間と少し。暗号は解けた。解けた、というより、半分ほど解いた時点で思い出した、というのが正しい。しかし、折角解き始めたので、と残りの暗号も怠惰に解いている。


 ああ己の素晴らしき頭脳が憎い、と普通に口にすれば周りから顰蹙を買い、袋叩きにされそうな事をつらつらと思いつつ、本を捲る。


 その様子を、普段ならシンが座るその場所に腰かけ、眺める男。


 細身のシンならば壁に近いその場所に座りつつも、カウンター前を占拠する事はないが、この男は違う。立派な体躯に、存在を主張するような立派な鎧。そして、負荷をつけるためか、と問いたくなるようなマントを羽織っている。一人でカウンター前をきっちり占拠し、座ってはいるが、本人的には邪魔にならないように小さくなっているつもりなのだから笑えるな、とユーリは相手を見た。


 聖騎士長カイン。


 女が好む涼やかな顔立ち。この国の兵士の中で、最も強く、花形でもある聖騎士の長。貴族ではあるものの、嫡男でない為兵士として身をたて、立派に出世した、所謂勝ち組。浮いた話一つなく、旦那にしたい人ナンバーワンの座に君臨する男。


 二日に一度はここにきていないか、と首を傾げる。しかも、来たからと言って何をするでも、買うでもなく、こうしてカウンター前に座るだけ。何がしたいんだろう、仕事してるの、と疑問に思うのも致し方ないだろう。普通なら。しかし残念かな。その役目を担うはずの、普通の人間であるシンはいない。となると、残るは混沌(カオス)


 カウンターの上には、何冊かの本と、メモ用紙。それから、何とも言えない黄土色とよもぎ色のマーブルをした、五ミリ程度の厚み。パッと見た印象は、一口サイズのクッキーとも言えなくないソレが、八つ程乗った皿。甘い香りのする、真緑色の液体が入った茶器。


 ユーリが、茶器を手にとり口をつける。それを見て、カインが皿の上の物を手にした。くるくると回しながら確認する様子を横目に、茶器を置くと、ユーリも皿の上の物を手にする。


 何のためらいもなく口に放り込み、咀嚼した。


 その姿を確認し、カインも口にする。丁寧に咀嚼すると、ふむ、と頷いた。


「不味いな」


 正直な感想に思わず笑う。


 そのまま茶器を手にし、中身を口にしたカインは、不味いな、と再び口にする。しかし、一度目も含め、その表情に変化はない。本当にそう思っているのかは不明だ。


 不味いと口にしつつ、カインはそのまま茶器に口をつけ、続いて皿の上の物をもう一枚、口にした。


「これは、なんだ?」


 咀嚼したカインが首を傾げる。それは食べる前に問うべきだろう、という言葉を突っ込む者はいない。錬金術で作る携帯食だよ、と答えが返る。こっちがカット前、と四センチほどの塊を取り出す。


「本来は毒消しなんだけど、食料として優秀。普通の人間ならこの一本とコップ一杯の水で腹の中で膨れて一食分になるかな。小麦粉と薬草の粉末を練り合わせて焼いたようなものだから、栄養価は非常に高いけど、小麦の飢饉さえおこらなければ、十本一セットで銅貨一枚程度。味が悪すぎて誰も買わないけどね。カイン聖騎士長は平気そうだけど、普通の人が食べると……」


 ばぁん、と音をたてて扉が開く。アンティークゴールドのベルが、全力で不満を音にして現した。


「にゃぁああん! ユーリぃっシンとバディ解消してにゃぁん。そしてっそして、アタシとバディ組んでくれるよう、お願いしてにゃぁあんっ」


 たゆんたゆんとご立派な胸を揺らし、スキップするような足取りでカウンターに近寄ってくる猫耳獣人、ミーユ。


 相変わらず能天気な笑みを浮かべるその眼は、カウンター前を占拠するカインを見ていない。王国において、カインに見惚れる事のない稀有な存在で、色んな意味で残念な女性。


 満面の笑みを浮かべたその口に、ユーリは素早く皿の上の携帯食を一つ、放り込んだ。


「なんにゃ? ぐっぎゃぁああっまずっにがぁっおぅぇえええっ」


 反射的に咀嚼した瞬間、喉の辺りを掻きむしりながらばたんと倒れ伏すミーユ。そのまま喉元を掻きむしりながらのたうつミーユを指さし、こうなる、と続けるユーリに、なるほど、と頷くカイン。


 どちらもミーユを心配する素振りはない。


 更にユーリは茶器を手にし、立ちあがった。


「こっちは薬湯。薬草を煎じたもので、ありとあらゆる病的な不調を治すけど、普通の人が飲むと……」


 のたうつミーユの頭を撫で、上を向かせると、そっと口腔に流し込んだ。甘くて美味しそうな匂いに、ミーユはほっとした顔をし、力を抜いていたが、流れ込んできたそれの、形容できないその味に、ぎゃぁと短い悲鳴を上げ、気を失った。ぶくぶくと泡を吹いて白目を向いたミーユを床に転がし、こうなる、と再び続けたユーリ。うむ、なるほど、とカインは頷きつつ、薬湯を口にする。


 シン(ツッコミ)がいないと、場はただひたすらに混沌(カオス)と化す一方。誰も収拾する者がいない。この店の平穏は、常にシンと共にあった。


 中身が空になった茶器を手に、ユーリはカウンター向こうの揺り椅子に戻る。ぎしりと音をたて、揺り椅子は主人を迎え入れた。


「なぜ、こんなものを?」

「シンがいないからね。僕は料理する気ないし、外に食べに行くのも時間の無駄。この二つは保存が効くから大量生産済みだったし」


 なるほど、と頷いたカインは、ふと首を傾げた。


「そう言えばいないな。どうした? ついに三行半を突き付けられたのか?」


 真顔で問うカインに、ユーリはムッとしたように眉根を寄せる。


「失礼な! こんな、どこからどうみても最高の男である僕がフラれるとでも? 僕がフるならありえても、フラれるなんてありえないね」


 やや大仰なほどの身振りで不満をあらわにすれば、え、とカインから短い疑問の声が上がった。それに片眉跳ねさせ、なんだい、と問えば、カインはゆっくりと首を傾げる。その顔は、いつもと変わらず無表情。


「ユーリ、お前、自分が良い男だと思っていたのか?」


 それはすごいな、と呟く声。


 無表情を除けば完璧イケ超人の男を前に、ユーリは口をひんまげ、しっ、と音をたてた。


 知っている。理解している。カインは、何か思うところがあって今の言葉を吐いたわけではない。ただ純粋に、人として、『自分かっこいい☆』と割と本気で口にしたユーリの自信に驚いただけ。そう思っていようがいまいが、その言葉を口にするには勇気がいる。それを自然に行えることを称賛したかったのだろう。だが、カインは自分を知らない。


 ミーユのような変わり者以外、殆どの女性がうっとりと見つめる涼やかな顔立ち。切れ長の目は、深く落ち着いた菫色。短く切りそろえられた銀髪。長身と、鍛え上げられた体躯。長い手足。騎士らしく男らしくも、貴族らしく優雅な所作。聖騎士の給料は平民には想像もつかないほど高い。そして上には上がいるが、軍事的な部分で言えば、カインはほぼ最高位の権力を持っている。


 見た目良し、金持ち、そのうえ権力もある。しかも嫡男ではないので、貴族の家を継ぐ必要もない。男性優良物件の頂点のような男に、お前、自分が良い男だと思ってんの? と聞かれた側であるユーリ。


 国を長い戦争から救った英雄。この国のどんな錬金術師も、足元にさえ及ばぬ錬金術師。中肉中背。素顔は凡庸極まりなく、シャツとズボンで南通りにでも行けば、誰の目にも止まらないだろう。けれども彼は普段から、まるで物語の魔法使いのようなローブを羽織り、フードを被っている。見えるところは、にんまりと弧を描く口許だけ。薬草や錬金術で作られたアイテムが並び、掃除用具が勝手に動き回る怪しげな店にいつもいる。要約すると、英雄や魔法使いと歓迎されてはいるものの、相対すると見た目も含め不気味な存在。有り余るような金は持っているのだが、その事を知る者はシンぐらい。


 物件としては底辺か、それより僅かだけ上か程度。


 カインとユーリ。そこにあるのは越えられない壁を頂く格差。顔をしかめ、色々な思いを吐き出すように声を出したところで、誰にも文句はつけられないだろう。


 だが、二人ともに気づいていない。いや、気にしていない。


 ユーリは男で、シンも男だという事。シンはユーリの嫁ではなく、想う相手が他にいる事――これに関しては、カインは知らないが。


 ツッコミ(シン)がいないため、誰もポンコツ(カイン)が誤解をしても訂正ができない。


「フン! シンは僕から離れられないのさ!」


 そして、誤解製造機(ユーリ)を止める者がいない。


「ふむ、シンはユーリにべた惚れだったのか」

「そうだよ~。シンは僕の事大好きだからね~」


 へらへらと笑いながら頷く。


 こうして残念な誤解は、本人がいない時に限ってもりもりと増えていく。帰ってきた際の周りの視線こそが、シンにとって真の試練かもしれない。それを分かっていてやらかすクズ(ユーリ)


 残念なポンコツ騎士は、城に帰り宰相ルルクに伝える可能性が高い。そう知っていて言葉を紡ぐ。


「そう言えば、どうしていないんだ?」

「ああ、指名の依頼が入ったんだよ」


 指名、と首を傾げるカインに、指名、と頷くユーリ。


「僕にダメージを与えたいどっかのバカが、シンを害そうとしたみたい」


 カインの眉根が寄る。


 切れ長の目が、鋭く光った。


 ユーリがこうしてゆったりとしているということは、シンに何の問題もないのだろうという事は理解ができる。しかし、万が一、という事もありえるのだ、と訴えたい。だがユーリは笑う。最低限はしたのだから、その程度は跳ねのける力を持て、と。魔法使いである自分のお気に入りが、それくらい出来ずにどうする、と。


 相変わらず、高いような低いような信頼に、カインは一つ、溜息を零した。


「シンが死んだとして、僕が傷つくわけないのにね」


 飛び出した言葉があまりにも酷い内容でも、カインは特に何も言わない。


 彼は知っている。ユーリがシンをとても気に入っていることを。これくらいできなくちゃ、と言いながらも、その難易度を下げる為、手を貸しているのは間違いない。護衛騎士ならではの観察力を活かし、この三年、ユーリという男を見てきたのだから。


 だから知っている。この、普通に戦えば、カインのデコピン一発で瀕死になる可能性のありそうな残念な男が、実は神や魔王と呼ばれたとしても何ら不思議のない実力者だという事を。


 この世界を暇つぶしに壊さないよう、その楔を自ら打ち込むほど、穏やかな人間。そこまで思考を巡らせ、いや違うな、とカインは内心、首を左右に振った。穏やかなのではない、目の前の人物は、何故だかは知らないが、人間に固執し、人間であろうとせんがために、楔を打ち込んでいる。そう、カインの本能が言っている。


 だからもし、自身が選んだ、シンという楔がなくなったら、目の前の化け物は、笑顔で世界を蹂躙しだすのだろうな、と畏怖した。


 ところで、と不意に声がかけられ、カインはユーリを黙って見つめる。


「君、何しにここにきてるの? 仕事しなよ」

「仕事はしている。宰相ルルク様より、君の保護観察を命じられている。それから、今日は陛下からの伝言もある」


 保護されてないよ僕、と呆れ顔を向けるユーリを無視し、話を続ける。


「『いつ遊びに来るんだ? 毎日茶菓子を用意して待ってるんだぞ』と、唇尖らせていた」


 三十四歳いかつい騎士風の男が唇尖らせている姿を想像し、ユーリはおぇっと顔をしかめる。そして、そうか(・・・)と頷いた。


 そのうちね、と笑う顔はいつもどおりのにんまり顔。準備が整わないんだ、と続く言葉にカインが首を傾げても、それ以上の答えは返らない。


 ユーリが謎だらけなのはいつもの事。カインもそれ以上は何も言わない。


 ふと窓の外を見ると、既に夕暮れに染まっていた。朝から居座り、もうそんな時間か、と驚く。普段から忙しいカインは、確かに一日があっという間に過ぎていく。けれども、この店にいる時は、いつだって時間はゆっくりと流れていそうな雰囲気。それでも気が付けばあっという間に時間は過ぎていて、驚いてしまう。もしやユーリという男は、時間さえも操れるのではないのだろうか、と疑惑の念さえ浮かんでくる。それくら、規格外だから。


 くだらない事をつらつらと考えつつ、席を立てば、もう帰るの、と声がかかった。それに肯定を示せば、ページを捲ろうとしていた指が、床を示す。


「それ、ついでに連れて帰ってよ」

「どうしろと?」

「西のハンター通りにある、宿屋の辺りに捨てておけば大丈夫だよ」


 言われた辺りの治安を思い出し、また、ミーユがハンターであることも知っているので、それもそうだな、と考える。時間的にも街を巡回して帰っても問題ないだろう、とむしろ街を見回る理由にもなる、などと思うあたり、カインは仕事人間だろう。本人は気づいていないが。


 できるだけ多くの場所を見回ることのできそうなルートを思案しつつ、カインはミーユを小脇に抱えた。以前罪人を抱えて扉につっかえた反省を活かし、身体を斜めに滑り込ませれば、多少窮屈ではあったが、すんなりとくぐれる。


 邪魔をした、と声をかけながら店を後にした。


ど う し て こ う なっ た!!


ミーユは……

ミーユは……お色気エロラッキースケベ担当だったはずなのに……!!

ただただアホの子に成り下がっている……orz

何をどう間違ったらこうなったんだろう……

誰か正解を教えてください……

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