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錬金術師は人間観察がお好き  作者: 猫田 トド
四章 死に行く村
31/85

30 錬金術師の依頼1

ブクマありがとうございます!

不定期更新で申し訳ないですorz

一週間に一度は更新できるよう、頑張ります。



 王都一の目抜き通り。その南にあるハンスの酒場横から一本路地裏に入り、長くうねる道を道なりに進むと不意に開けた場所にでる。その場にそびえる木は、妖精が宿ると言われ、昔から伐ることを忌諱されていた。その木を中心に、十メートル四方の僅かに開けた広場を右に曲がり、更に細い道へ。そこから真っすぐ進んだ先にある一軒の店。そこは錬金術師の店。


 不思議な事に、その店には特定の人物しか辿り着くことはできず、一説には、店の主人に客として認められた者のみが複数回訪れることを許されているのだという。もしもその場所に辿り着きたいのなら、本当に主人の助けが必要となり、純粋な心で願わなくては、けしてたどり着けない。普通に聞いただけの道を歩いてきても、けして辿り着けないその店は、いつしか『魔法の店』と呼ばれていた。


 そこに辿り着くには、店主が重ねた条件を満たし彼の『客』になる者、もしくは、店主のお眼鏡に適い、店主が来店を許可し、とあるアイテムを授けた者のみ。あまりに厳しい条件に、その店の来客を知らせるはずのベルが、来客を知らせることは滅多にない。


 そんな店に住まうは薬と名がつけば、劇薬から爆薬までなんでも取り扱う錬金術師の青年。この王国では珍しい存在ではないのに、彼の存在は国王でさえ一目置いていた。


 塵一つない綺麗な店内。勝手に動き回る掃除用具。壁に掛けられた棚に並べられた瓶は常に磨かれ、中の液体がきらりと光る。吊るされた薬草達は、たった今採ってきた、そういわれても納得するほど瑞々しい。


 無造作のようで、その実特定の法則をもって並べられた危険極まりない爆弾各種。吸い込まれそうな輝き誇る宝石たち。所狭しと置かれた商品棚の全てに、空き一つなく並べられた商品の数々。その商品が尽きるのを、長くこの場に通うものでさえ、見たことはない。


 店舗の奥、扉のない区切りの向こうには大きな錬金釜。原初の火と呼ばれる、燃料もなく延々と燃え続ける謎の火により、中の液体は常にゆるく沸き立っている。


 カウンターに足を投げ出し、大きな揺り椅子にだらしなく身を持たれかける青年こそ、この店の主人。ユーリ、としか名乗らず、それが本名なのか、偽名なのか、誰も知らない。いつもどこかつまらなさそうな表情を浮かべ、ぼんやりと中空を眺めたり、本を読んでいる。


 十一月も終わり、そろそろ木枯らしから雪へと変わりそうな冷え込みを前に、店内には七輪が一つ、増えていた。それだけで店内は程よく温かい。


「ユーリ。今年もあれ売ってくれ」

「いーよー。今年も五つかな?」

「ああ」

「毎年毎年優しいねぇ」

「うっせ」


 五つすべて孤児院に寄付されているのを知っている。自分の宿はどうせ寝る時以外いないからいらない、という謎の考えの下、買っていない。確かにシンは一年の大半をユーリと共に過ごしている。シンの借りている宿に行くより、ユーリの店に来た方が会える確率は遥かに高い、とはカイン談だ。もっとも、カインがシンに用事がある事はないので、シンの借宿に行ったことはないのだが。


 しかし、そう言われる程ユーリの店にいることが多いが、寝る時は自分の借宿で寝るので、あった方が良いのではないかと思う。だがそれを言ったところでシンが頷く事はない。自分に関する出費はとことん抑えるのが彼の生活スタイルなのだ。もう少し自分を甘やかしてもいいような気がする、とユーリは思うのだが、シンからすれば、ユーリが十分に甘やかしてくるので、これ以上は堕落を招いてしまうらしい。何とも難儀な性格をしている。


 シンがいらないと言う以上、ユーリが無駄に準備する事はない。きっちり五個、準備していた分を渡す。


「銀貨五十枚ね」

「ああ」


 革製のポシェットから金を入れた布袋を取り出し、金貨を一枚渡す。レジを開け、中から銀貨の束になった紐を一本取り出し、シンに渡した。


 銀貨はこうして五十枚で一本になるように束ねるのが基本。常にお釣りの為に五十枚で一本にした束を数本、用意している。これは錬金術師の店や武器屋等、金貨の支払いがある店では当然の準備。というより、これがされていない店は、庶民向けの飲食店ぐらいだろう。


 ココはユーリの店だ。その数に疑いはない。しかし、店主であるユーリも促すし、それをしない習慣がついても困る。シンは銀貨を数え、五十枚、確かにある事を確認した。銀貨五十枚、とは結構な重さだ。それをポシェットに入れると少々違和感を覚える。今日は帰りに教会にでも寄り、寄付でもしていくか、と帰りの予定を決めた。


 普段と違うけれど、普段と同じような静けさが店内に訪れる。


 七輪の入った箱を足元に置き、シンはいつもどおり、カウンター前の丸椅子に座る。カウンターに片方の肘を乗せ、その手に顎を乗せる。ユーリは揺り椅子に座り、読み飽きたはずの錬金術に関する書物を読んでいた。


 勝手に動き回る掃除用具。たった今採ってきた、そういわれても納得するほど瑞々しい薬草達。奥の方ではこぽこぽと微かに音をたてる錬金釜。時折ユーリが捲る紙の音。


 静かで心地よい静寂が辺りを包んでいる。


 目の前には、物語に出てくるようなローブに身を包んだ男が一人。


「本当に魔法が使えないのか?」


 気が付いた時には、言い慣れたその言葉を口にしていた。


 特にそのことに気にせず、シンは慣れたように来客用の椅子に腰かける。


 返ってきたのはいつもどおり、気の抜けたようなふは、という笑い声。


「僕は魔法は使えないよ。使えるのは錬金術だけだ。そもそも魔法なんてこの世にあるわけがない」


 聞きなれた言葉が返ってきた。


 すっかりいつもどおり。だからシンはいつもと変わらぬように店内を見渡した。勝手に動き回り清掃をする掃除用具達に、じゃぁこれはなんだ、と言わんばかりの視線を向ける。そうすればユーリは、いつもどおりの微笑みを浮かべ、ゆるく首を左右に振った。


「それは錬金術で仮初の命を与えられたものだ。一定時間経過するとパタッと動きを止める。そうだね、大体一月くらいだよ。この程度の錬金術なら、この国の錬金術師養成学校を首席で卒業した錬金術師なら、朝食用のスクランブルエッグでも作っている間の片手間にできるよ」

「アンタは主席様なのか?」


 わかっていて、問う。


 まさか、と彼は笑った。


「僕は独学で錬金術を学んだ。ちょっと本を読んで、ちょっとあの釜で錬金術を試しただけさ」


 嘘だ、といつもどおり思わず言いたくもなったが、相変わらずそれを否定するほどの何かを、シンは持たない。だから同じように、口をへの字に曲げて見せるだけだ。いつかそう感じる自分の感覚が正しいのか、間違っているのか、知りたい。けれども未だ答えは遠いところにあって、届かない。


 ユーリがそうするように、シンもまた、ユーリを探って視線を向ける。


 読んでいた錬金術の本から顔を上げ、シンの方を見たユーリが微笑んでいる。その微笑みは優しい。まるで親が子供を見守るかのように。そう、シンにとっては父親同然の神父と同じように。成長を見守っている、そんな視線。


「難しい事じゃないんだ。この世の全てを理解する必要がないように、錬金術の全てを理解する必要はない。必要なのは素直ささ。できる、ということを難しく考える必要なんかないんだよ。ただ素直に受け止めればいい。それだけで錬金術は応えてくれる」

「悪ぃ。意味わかんねぇ」


 素直に口にすれば、ふふ、と小さく笑いが返った。


 不意に、店の扉が開き、来客を知らせるベルがカランカランと軽やかに音を奏でた。あれは、ユーリが一番好きな音なんだ、と言っていたな、と思い出し、客ではなく、扉の上に取り付けられたベルを眺める。


 これはシンのくせかもしれない。特定の来客時、一瞬ベルを見てしまう。シンは優秀なハンターだ。耳が良く、たとえ静寂に愛され、外の音も殆ど聞こえないこの店にいても、外からくる者の足音を聞き分ける。


 以前、ユーリが呆れながら笑っていた。良く聞こえるね、と。


 ユーリの店は、錬金術のアイテムを用いて外からの雑音をいれないようにしているらしい。そのせいでシンでも、店の扉三歩程度の音しか聞こえない。それでもそれだけの音が聞こえれば、大体の事が分かる。相手の歩幅から大体の身長が、足運びから一般人なのか、訓練されたものなのか。呼吸音からは感情が。その他にも色々とわかる。だからだろうか、一瞬、ベルの方を見てしまうのは。


「にゃーん」


 軽やかな音の合間に聞こえた声。少し高く、甘えたような音色のその声。


 白と黒の髪は短く、ピンピンと元気よく跳ねている。その髪に同化するような白色のミミがピン、と立っていた。少々幼さを残した顔立ちに、愛嬌のある笑みを浮かべている。その鼻は三角形で、可愛らしいピンク色。上げた手は、服に覆われ、肩から手首付近までは人間のようにみえるが、手首から先、長袖のシャツから覗くその部分は、真っ白い毛でおおわれていた。ピンクの肉球が魅力たっぷりに晒されている。長い尻尾がズボンの穴から飛び出し、その先端にはリボンで結わえられた鈴が、ちりんちりんと可愛らしい音をたてている。


「やぁ、いらっしゃい。どうしたの、ミーユ」

「うにゃーん。助けて欲しいのにゃーん」


 にゃ、にゃ、と声を上げ、とても助けてほしそうな人間の姿には見えない、そんな様子で軽やかに近寄ってくる。


 明るいその姿に、シンは小さく笑った。


 この国では獣人は珍しくない。様々な獣人のハンターがいる。彼女もその中の一人。そして、この店に来ることを許された者の一人。この店の、シンの、顔なじみの一人。


 獣人、トカゲ人、所謂亜人、と称される彼らは、地域によってその扱いが大きく異なる。フィンデルン王国では正式な国民の一人と数えられるが、隣国では奴隷扱いとなる。場所によっては、見つけ次第モンスター同様『駆除』される場所もあるのだとか。そのせいか、このフィンデルン王国に住み着く獣人は多い。広い森の中、険しい山脈、霧深い沼地。そう言った場所に小さな集落が点在している。


「最近アタシの故郷の村の資源が枯渇してるにゃーん。急に土地もやせ細って、今年はまだ何とかだけど、来年は冬もこせなさそうにゃーん。ユーリ、助けてにゃー。今度護衛代安くするからー」


 にゃーにゃーにゃーと声を上げ、カウンターに縋り付いてガタガタと揺らす。


 言っていることは中々に重大そうなのに、本人の能天気な表情と、緊張感のない態度に、思わず笑ってしまう。ぴこんぴこんと揺れる尻尾が、可愛らしい音をたてているのも問題かもしれない。


 僅かでも尻尾が動けば、その先端についた鈴が、ちりんちりん、と音をたてているのだ。あまり他人の装備にあれこれ言いたくはないが、その飾りはハンターには向かない、何度シンがそう言ったことやら。けれども彼女はおしゃれとしてつけていて、また、彼女の愛らしい姿には似合っているので、強く言い切れない。そのせいか、あまり真剣に受け取ってもらった事はない。


「護衛はシンがしてくれるからいいや。それより、お願いごとの方を安くしてよ」

「にゃ? 依頼かにゃ? 珍しいにゃ。内容にもよるにゃー」


 頭の上にピンと立っていた耳が、困ったようにぱたりと折れて倒れる。


「大丈夫だよ。南西に古城があるのは知ってるよね? まぁあれ、城ではなくて館なんだけどね」


 王都から南西に十日下った先にある『古城』それは有名な、いわくつきスポットである。その昔、高位貴族が避暑地として館を建設。あのあたり一帯は、あそこでしか咲かない美しい花が年中咲き乱れ、大変美しい場所だった。夏でもひんやりと涼しい風が吹く為、当時はさぞうらやましがられたことだろう、あの場所を領地として持っていた高位貴族は。噂では、王弟が臣下となる為、継承権を放棄する際に興した家らしい。


 あの場所に館を建てたのは、それから数代後の当主だったらしいのだが、あの館を建てた後、その家は突然傾いた。領地全体に飢饉が起き、追い打ちをかけるように災害が起き、そして病が流行ったとか。その為、領地を立て直すため奔走する間、妻と娘を館に追いやった。いや、本当は火事場泥棒的にあふれる様々な悪人から、天災に見舞われただけなのに領主のせいだと騒ぐ暴徒化した民から、逃がすために安全な場所に隠した、というのが正しいらしい。しかし、ようやく領地を立て直した領主が、妻と娘を迎えに訪れた時、誰も彼を迎えることはなった。


 そこには、変わり果てた彼らの姿があった。


 妻子は当然ながら、つけた使用人、護衛の騎士達も含む、全ての生きとし生けるものの惨殺死体があったそうだ。縋り付いた遺体は温かく、死後数分と経っていなかった。にも拘わらず、何一つ証拠もなければ、訪れた領主が不審者を目撃することもなかった。館は普段どおり、静まり返っていたのだ。


 以来、その館は殆どの者が忌避し、近寄らない。そして、朽ち果てた、というのがこの国で知られている伝説。実際のところは不明だ。ハンター達が館の探索を行ったことがあるらしいのだが、普通に朽ち果てた館で、血の跡も何もなかった。不気味なほど静まり返った館だったという。


 静まり返りすぎていたせいか、却って、誰も住んでいないのに夜に明かりが、とか、メンバーが知らないうちに増えたり減ったりしていた、とか、誰もいない部屋から音が、とか、所謂怪奇現象的な話が飛び交っている。


「知ってるにゃ。呪いの城にゃ」

「そこに行ってくれない?」

「いいにゃー」


 ユーリは猫の獣人。猫はアンデットを払う力を有している。貴族たちも必ず一匹は猫を飼っている。死んでも、猫だけは絶対にアンデット化しない。獣人であろうとも、猫に属する者はその力を有していた。その中でも彼女の力はずば抜けているらしい。ゆえに、彼女はこの手の話を一切笑い飛ばせる稀有な存在なのだ。


 彼女が力ある言葉を放つだけで、アンデットはことごとく浄化されてしまう。本人がもう少し落ち着いた女性なら、その姿を見た人々から聖女と崇められたことだろう。しかし残念な事に彼女の印象は、能天気でお気楽で子供っぽい為、ちょっとお払いが得意なハンター止まりである。


「行くだけでいいにゃ?」

「貴族の館なら書庫があると思うんだ。そこに、もしこれと同じような本があったら、全て持ってきてほしい。無ければ無いでもかまわないよ」


 立ち上がり、本棚から一冊の本を取り出すユーリ。


 それは、小豆色よりも暗い色をした本に、金の装飾が施された本だった。タイトルはなく、中身は古代文字らしく、覗き込んだシンにも、ミーユにも、何が書かれているのかは不明。しかし、あの本棚から取り出したのなら、間違いなく錬金術に関するもののはず。


 大きな目で興味深そうに眺め、本を閉じたりひっくり返したり、偶に逆さまにしたりするミーユ。


「中身は古代文字のもののみにゃ?」

「いや。似ていれば、全て、だ。錬金術に関していなくても構わない。日記とか、料理とか、恋愛小説でも構わない。とにかく、これに似ていれば『全て』持ってきてほしい」

「わかったにゃー。書庫にある分で構わないにゃ?」

「ああ。書庫にある分で構わないよ。ただし、書庫の見取り図をとって、どこにどの本があったかはわかるようにしてほしいな」

「わかったにゃ! お安い御用にゃ!」


 すぐにでも駆け出しそうなミーユの服をつまみ、行動を止める。


「はいはい。僕の依頼は後回しね。先ずは君の故郷に行こう。様子を見ないと何もできないよ」


 案内宜しく、と笑うユーリに、ミーユは自分が何故この店にやってきたのかを思い出し、おお、と口を開き、間抜け顔を晒した。



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