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第59話 エンドオブザワールド

「となると、鍵は忍君にある。対オーディン戦では忍君のスキルリッパーの威力をどれだけ上げられるか…というのが重要になってくるね」

「魔剣で『ソニックドライブ』を使った状態から『スキルリッパー』を発動してようやくグングニルによる攻撃を相殺できるくらいだったから…」

「相手が補助魔法で強化されているとしたら押し負けてかなりダメージを受けることになるね」


 そうだ。それほどまでに補助魔法というものは効果が高い。

 通常パーティーならバッファーの有無で戦力が倍近く変わったりもする。


「って言っても、装備で筋力は限界まで上げてるし、武器もオリハルコンで強化されてるからこれ以上強いものは望めないんだけど…」

「確か忍君のスキル構成は覇王剣、轟脚、スキルリッパー、戦舞、ダッシュ、そしてチェンジウェポンだったね?」

「そうだけど……」


 すごい記憶力だ……まさか討伐メンバー全員のスキル構成を覚えてるんじゃないだろうな…。


「ならチェンジウェポンを外して、筋力の上昇するExスキルに変えよう」

「でも筋力がちょっと上がったくらいじゃ……まさか!」

「そのまさかだよ。黎明の保持するExスキルの一つ…『始祖巨人の力の残滓ざんし』を提供しよう」

「それって確かアースガルドのユニーククエストで黎明が獲得したっていう噂があったExスキルよね?本当に実在したんだ…」

「ああ、これを装備すれば筋力のステータスを永続的に10上昇させることができる」

「すげぇ……」

「ちょっとまって、永続的ってどういうこと?」

「言葉の通りだよ。このスキルは筋力を補正値としてじゃなくて基本値として上げることができる。でも一つだけ欠点があってね。一度スキルにセットすると外すことができなくなってしまうんだよ」

「つまり…筋力を上げる代わりに一生スキルスロットが潰れるわけね。でもいいの?それを忍が装備したらもう返すことができないわよ?」

「ああ、元々黎明は有事の際を想定してこれと同じような切り札をいくつか持っている。これはその中の一つだ」

「有事の際って?」

「例えば同盟が割れたり……忍君のようなプレイヤーが裏切ったり…ね」

「いやいや、俺が裏切るなんてありえませんよ?」

「このゲームの攻略には長い時間がかかることは分かりきっていた。デスゲームという特殊な状況下であればその間に何が起こってもおかしくはない」

「そうね……でも今は忍のことを信じてくれてるんでしょう?」

「まぁね。これで忍君の筋力はハイパワーブースト(筋力+5)と鬼神化がかかった状態で69。そのステータスに合わしてワールドデストロイ…だっけ?その超重量級武器をさらにオリハルコンを使って重量を増やせばオーディンの攻撃にも対抗できるようになるんじゃないかな」

「なるほど、確かにそれなら何とかなるかもしれないわね」

「後は……ボスの大技に合わせて忍様にタイタンパワーとオーガパワーをかけられる人員を増やしてみてはどうかしら?」

「そうだね。その二つに関しては高額での買い取りを呼びかけると共に、ドロップすると思われる狩場に数パーティーを手配しよう」

「零、無理に呼び出したりしてごめんな」

「構わない。また何か分からないことがあればいつでも連絡するといい。答えられる内容には答えよう」

「そっか、助かる」

「零……」


 姫もその場で零に何か言いたそうな素振そぶりを見せていたが、結局最後まで零に声をかけることはなかった。

 その後俺は黎明から『始祖巨人の力の残滓』を受け取り、それに合うように武器を調整してもらうために、マイスタークリスの店を訪ねた。


「今日はどうしたのでありますか?」

「武器を鍛えなおして欲しくてな」

「まだ鍛えなおすのでありますか!」


 クリスが驚くのも無理はない。武器は二つともボスからドロップしたユニーク材料で製作されているし、既にオリハルコンによる強化も完了している。

 しかし今回まだ伸ばす余地ができた。ネームレスさんたちのおかげで。


「ああ、最後の戦いに備えて」

「でもおねーさんの武器は既にこの世界最高の金属であるオリハルコン製なのであります。これ以上どうするのでありますか?」

「ワールドデストロイの必要筋力を69まで上げてくれ」

「65では…ダメなのでありますか?」


 確かに65から69へ増えてもそれほど目立った強化はないかもしれない。でも…。


「ダメってわけじゃない。それでも最大限強くなるための努力はしておきたいんだ」

「そういうことでなのでありますか。分かったのであります。オリハルコンの原石は持っているのでありますか?」

「もちろんだ。これを使ってくれ」


 そう言って俺はワールドデストロイと委員長に預けていたオリハルコンの原石三個をインベントリより実体化してクリスに手渡した。


「これで……最後なのでありますね」

「ああ、今まで随分と世話になったな」


 思い返して見ればクリスには随分と世話になったものだ。

 初めて剣を作ってもらったときも。

 秘策であったオーガパワー用の大剣を作ってもらったときも。

 そして魔剣を作ってもらったときも。

 クリスの作ってくれた剣はいつも俺を…いや、俺たちの命を守り続けてくれていた。


「それはお互い様なのであります。最前線で頑張っているおねーさんの剣を任せてもらえるのは鍛冶屋冥利に尽きるのであります」

「もうクリス以外に俺の剣を任せるつもりはないよ」


 それは本心だった。

 アタッカーである俺の命は武器にかかっていると言っても過言ではない。

 自分の命を預けることができるマイスターはクリスをおいてもう他には考えられないのだ。


「そんなことを言いながら実は他に武器職人の知り合いがいないだけなのであります」

「うぐ…手厳しいな」


 そう言いながらもクリスはオリハルコンの原石からインゴットを抽出し始めた。


「スペリオール武器を成功させて目指せ夢の攻撃力500台なのであります」


 スペリオール武器とは、生産する際に武器の性能が一定確率で上がってできあがった武器のことだ。確率はおよそ十分の一と言われ、法則性などはないらしい。


「そうは言っても確率なんだろ?」

「確かにシステム的には確率なのであります。でも成功させるためのジンクスを持ち、ここ一番っていうときに成功させてこそプロの鍛治屋と言えるのであります」


 そういうものなのか。もしかして…。


「クリスもジンクスがあったのか?」

「当たり前なのであります」


 知らなかった。もう二年以上もの付き合いになるっていうのに、もしかすると知らないことがまだまだあるのかもしれない。


「確率に頼らなければいけない職業ほどそういったものに縋るのであります。私の場合は…」

「クリスの場合は?」

「最後に叩いた瞬間。その瞬間に持ち手がその武器を振っている姿を頭の中に描くことができればスペリオール武器ができる……気がするのであります」


 なるほど。ジンクスと言っても必ずしも物理的な法則性ってわけじゃないのか。

 クリスの場合はきっと製作するときの気持ちが武器に表れると信じているんだろう。

 なら俺にしてやれることと言えば…。


「この場で剣を振るおうか?」


 そうだ。これくらいしかしてやれない。しかしそれをクリスは首を振ってめた。


「必要ないのであります。おねーさんの戦う姿は私の目の中に焼き付いているのであります。後はそれを…」


 そう言ってクリスは剣にハンマーを振り下ろし始めた。


「イメージするだけなのであります!」


 ハンマーを振り下ろすたびに剣が光を帯びていく。

 激しい衝撃に脈を打つかのように剣が震え上がり、これから戦うであろう敵を見据えて鋭さを増していく。

 インゴットは剣の中へと溶け込んでいき、さらにその輝きを増した。


「これが私たち職人の…、私の……戦場なのです!」


 ひときわ高く金属音が鳴り響くと、そこには美しい輝きを放つ一本の大剣が横たわっていた。

 真っ直ぐに伸びた純白の刀身は今まで見たどんなものよりも混ざり気がない。

 そしてそれと相反するようにデザインされた漆黒の鍔と柄。

 刀身は刃渡り二メートルほどで、今まで使っていたドラゴンデストロイやワールドデストロイほど大きくはないが、その存在感は遥かに上回っていた。



 「()()()



 初めて……名前を呼ばれた。


 クリスは出来上がった剣を手に取ると、俺の目の前に立った。



「この世界に負けないで」



 クリスの手から俺の手に剣が手渡される。



 エンドオブザワールド 攻撃力500。



 クリスは自分の言ったことを守ったのだ。

 だったら今度は俺が約束を果たす番だ。



「ああ、後は任せろ。この剣で絶対にみんなを解放してみせる!」



 そして俺は鍛錬場を後にした。


 クリスの店から外に出ると、そこではジークが俺を待っていた。


「忍…」

「ジーク…」

「歯痒いな…。クリスと同じ生産職でありながら忍にしてやれることがないなんて」


 ジークはそう言って顔を伏せる。


「そんなことはないよ。ジークの作ってくれたこの鎧のおかげで自由に身体を動かすことができるし、今まで何度命を助けられてきたか数え切れない」


 俺がそういうとジークは多少なりとも気を持ち直したように見えた。


「そう言ってくれると多少なりとも救われた気がするよ」


 ジークは右手でシステムウィンドウを操作してインベントリを開き、アイテムを実体化させた。


「そ、それはまさか…」

「そうだ…」


 俺は震える手でジークからアイテムを受け取った。

 これは……これは間違いない。


「姫の十分の一スケールフィギュア!?」


 なんてことだ……こんなものが、こんなものが存在していいのか!


「ああ、忍のために作った一点ものだ。本来であれば成熟した女性のフィギュアは作らないんだが、忍にはこれ以外考えられなかった。もちろん間接部は可動し、鎧は脱着可能、さらにその下の神秘領域も手抜かりはない。さらにお色気たっぷり黒い下着と清楚全開純白の下着、そしてボンテージと鞭までもが付属品として付いている」


 ボンテージ…だと…!?

 ジークの手をがっしりと取ると目から熱い水が滝のように流れ出た。


「ジーク!」

「忍!」

「グッドジョブだ!」


 俺は今、涙を流しながらも満面の笑みを浮かべていることだろう。


「満足してくれたようで何よりだ……しかしそのフィギュアはただのフィギュアではない。もしお前が致死ダメージを受けてしまったらそのフィギュアが持ち主の身代わりに砕ける効果が付与されている。これは稀少石である生きたダイヤを使用した結果だ。この意味が分かるな?」


 生きたダイヤだって!?超レアアイテムじゃないか!

 そんなものを使ってまで伝えようとしていること…。それはきっと…。


「守れ……ということか」

「そうだ。もし死ぬようなダメージを受けてしまったら、そのアイテムは付属品ごと消滅してしまうことだろう」

「分かった、約束するよ!俺はこのゲームをクリアするその瞬間まで姫のフィギュアを絶対に守り続けると!」


 そう、ボンテージ姿の姫を!


「分かってくれたか!心の友よ!」

「ああ!俺はお前のような心友を持てたことを誇りに思うよ!」


 そうして俺たちは拳を突き合わせた。


 これで俺の方は準備が整った。

 後は神話同盟全体の準備が整うのを待つばかりだ。


 この日から約二ヶ月間、俺たちはレベル上げと魔法スクロール集めに奔走した。

 その甲斐あって、討伐隊のバッファー全員がオーガパワーを習得し、その中で委員長を含んだ3割近くの者がタイタンパワーを習得することができた。

 そして俺たちはログインしてからちょうど1000日目の今日、ヴァルキリーヘイムのラストボス『主神オーディン』の討伐を決行した。


 タンカー一斑は姫と師匠、そしてバッファーが一人とローズさんを含んだヒーラーが三人。

 タンカー二班は俺と美羽と委員長と、そしてヒーラーが三人。

 近接アタッカー全二班はシュバリエ(美羽と同職)一人、近接アタッカーorタンカー三人、バッファー一人、ヒーラー一人。

 弓アタッカー全5班は弓職or弓持ちタンカー四人、バッファー一人、ヒーラー一人。

 魔法アタッカー全7班はメイジorサマナー職四人、バッファー一人、ヒーラー一人。

 そして窮地に陥っているPTを立て直すために結成されたシュバリエ一人とヒーラー五人人による救護PT。

 リザレクション持ち十一名。

 オーガパワー持ち二十名(ヒーラー含む)。

 タイタンパワー持ち六名。

 この百二名が主神オーディン討伐のために神話同盟より選び抜かれた討伐隊だ。


 なぜ百二名しかいないかというと、予想される敵の強化具合を考えた場合、そう簡単に死なないメンバーを選出した結果、ここまで絞られたのである。

 残酷な選択ではあるが、ある一定の強さ、そしてプレイヤースキルを持っていない者がこの討伐に参加した場合、リザレクションの乱用による再使用時間オーバーとヒールの過剰使用によるMP不足に陥って討伐隊全体を追い詰めることになりかねないから…ということらしい。


 そして討伐隊は姫と俺を先頭に、三ヶ月ほど前にオーディンと戦った『主神の座する天上の間』へと足を踏み入れた。

 相変わらずの広さだ。

 オーディンが巨人族との間に生まれた神であるため、部屋はまるで巨人サイズのような大きさで作られている。

 天井も非常に高く、八艘跳びを使って天上を利用することは現実的ではない。

 そして玉座に座っているオーディン。

 六メートルはあろうかという巨体は白いころもに包まれ、右手には俺たちを苦しめたあの神槍グングニルが握られている。

 俺たち全員が部屋の中へと入り終えると、オーディンがゆっくりと立ち上がり、口を開いた。

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