表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/67

第57話 エンゲージ

「終わったな」


 マーダーライセンスを壊滅させ、俺たちはエルセダの森に出て来ていた。

 これでPK問題は解決か。


「零たちはこれからどうするんだ?」

「これまで通りレベル上げやクエストをこなしながら目についた赤ネームを狩っていく予定だ」

「そうか、もしよかったら…」

「攻略に参加するつもりはない」


 零は俺の言葉を遮るように言った。


「そうか…」


 零たちのような前衛アタッカーがいてくれたら心強かったんだけどな。


「だが、困ったことがあれば連絡するといい」


 そう言って、零はシステムウィンドウを操作した。


《『零』があなたにフレンド申請をしています。承諾しますか?(Y/N)》


「え、いいのか?」

「ああ。イージスの奴らの頼みを聞くつもりはないが、お前個人の頼みなら聞いてやってもいい」


 相変わらずツンデレだなぁ。

 いや、俺には素直だからデレデレなのか?

 それはちょっと遠慮したいところだ…。


《『バレル』があなたにフレンド申請をしています。承諾しますか?(Y/N)》

《『エリー』があなたにフレンド申請をしています。承諾しますか?(Y/N)》

《『三途御前』があなたにフレンド申請をしています。承諾しますか?(Y/N)》


 目の前にシステムウィンドウが一斉に開いていく。


「うおっ!」

「色々と迷惑かけちまったし、何かあったら俺も手を貸すぜ」

「兄貴の罪滅ぼしにね」

「忍様の生存情報を確認しとうございます…」


 ちょ、最後何のためにだよ!

 まぁいい。


「よーし、こうなったらお前らみんな友達だ!何かあったら遠慮なく声かけるぜ!」


 イエスイエスイエスイエス!

 片っ端からイエスを押していく。


「あ、そうだ。零、最後に一つだけ聞いていいか?」

「なんだ?」

「零は昔のイージスのこと嫌いだったのか?」

「……」


 零は空を見上げて答えた。


「ああ。一番嫌いで…一番好きな場所だった」


 そうか。あの場所は零にとっても特別なところだったんだな。

 共感……とでも言うんだろうか。

 なんだか嬉しいな。


 とぅるるるるるるん。とぅるるるるるるん。


 委員長からプライベートコールが入った。

 タイミングがいいな。

 コールを承諾すると委員長の声が聞こえてくる。


「忍さん、斥候から連絡が入りました。約10分後にヘルの軍勢が侵攻してくるようです」

「了解。というわけだからちょっとこれから防衛に…」


 顔を上げると既に零たちの姿はなく、ただただ青々とした森が広がっていた。


 全くあわただしい奴らだ。


 俺はさっきまでのことを思い出して深いため息をついた。


 しかしそこで悪寒が走る。

 俺は咄嗟に空へ向かって剣を振り上げると、金属音が鳴響き、何もないところから短刀が弾かれたように飛んでいき、木に突き刺さって止まった。

 そしてそこから一人の女が姿を現す。

 想像通りスパイだった三途御前だ…。


「さすがは忍様、いつかその柔肌が血で染まる日が来るのを一日千秋の想いでお待ちしております…」


 そう言って三途御前は再び姿を消した。木に突き刺さったはずの短刀と共に。


「あんなのヤンデレじゃない……ヤンデレじゃないよ…」

「ああいうのを何っていうんでしたっけ。残念美人?」


 ちょっと違う気がするが、残念であることには激しく同意だ。


「あ……そういえば『神隠れ』返すの忘れてた」

「いいんじゃないですか?赤ネームにされたお詫びということで」

「そうだな。零たちも返して欲しかったらまた連絡してくるだろう。フレンド登録もしたことだし」

「それよりものんびりしていていいんですか?今頃防衛の準備をしている頃ですよ」

「そうだった!急ごう!『ソニックドライブ』だ!」


 『ソニックドライブ』を発動させて、木と木と間をすいすいと縫うように走り抜けた。

 だが何だか移動速度が遅い気がする……。

 ……そうか、分かった!

 PKを倒したせいでドロップが入りすぎて重量オーバーになってるんだ!

 インベントリを開くとそこそこに強化された武器や防具…それに消耗品が大量に入っている。

 PKたちが人を殺して集めた装備品……か。さて、どうしたものかな。



 …そうだ。いいことを思いついた。



 システムウィンドウを操作してフレンドリストからマイスタークリスにプライベートコールを送る。


「クリス。今から急いでニヴルヘイムの転移門に来てくれないか?」

「突然どうしたのでありますか?」

「すぐに防衛が始まるから詳しく説明している暇がない。今重量オーバーになってて、とりあえずアイテムを渡すから全部インゴットにしておいてくれないか?」

「よく分からないけど分かったのであります。今お客さんもいないのですぐに向かうのであります」


 スタミナポーションを飲みながらニヴルヘイムの転移門に飛ぶと、クリスが既にスタンバイしてくれていた。


「じゃあちょっとこれ頼むな」


 トレード申請をして、PKからドロップした装備を片っ端から渡していく。


「お、多すぎるのであります!これじゃあ動けなくなるのであります!」


 そういえば、筋力がかなり高い俺でさえ重量ペナルティーを食らってたんだった。

 クリスに渡せば、完全に動けなくなってもおかしくはない。とはいえ、もうすぐ防衛が始まるわけで…。


「すまん!防衛まで時間がないんだ!ジークでも呼んで運ぶのを手伝ってもらってくれ!」


 ジークならクリスのために客をほっぽり出してでも来てくれるだろう。


「分かったのであります。リースを呼んで少しずつ運んでもらうのであります」


 リースとはクリスの鍛冶屋で店番をしているフェアリーのプレイヤーのことだ。

 ジークおつ……と言わざるを得ないだろう。


「それじゃあ、ちょっと行ってくる!」

「頑張るのであります。眼帯のおねーさん」


 クリスが手を振って見送ってくれる。


「おう!」


 俺も手を上げてそれに応えると、再び神話が防衛陣を敷いているだろう場所を目指して走り始めた。

 身軽になったおかげで、風を切るようにしてフィールドを駆け抜ける。

 そして程なくするとイージスの敷いた防衛陣が見えてきた。

 そしてその先頭に立つ姫の姿も。


「ひめえええええええ!!!」


走りながら声を上げて姫に呼びかけた


「ギリギリよ!一体どこまで行っていたのよ!」

「いや、ちょっと零たちと一緒にマーダーライセンスを壊滅させてたんだけど…」

「「「「はぁ!?」」」」


 ギルドメンバー全員が信じられないと言った顔で俺を見る。

 み、皆さん。そんなに口を開くと顎が外れてしまいますよ?


「忍さん……危険なことはしないって約束しましたよね?」


 委員長が怒ったように上目遣いで睨んでくる。


「だ、大丈夫だって。余裕だったから」


 うん、マーダーライセンスの相手は余裕だった。それは嘘じゃない。

 その代わりもっと危険な奴に目を付けられることになっちゃったけどね…。


「とりあえず話は後で聞くわ。みんな、今は防衛に集中しなさい」

「「「お、おう」」」


 よし、これで心置きなく敵を蹴散らすか!っとその前に。


「姫!」

「……なによ?」

「ご褒美にデレてください!」


 あんなに頑張ったんだからちょっとでもいいからご褒美が欲しいな。

 とはいえ、こんなことを言ったらきっとお叱りの言葉を頂いてしまうに違いない。

 だけど、それすら俺にとってはご褒美です!


「いいわよ」

「え!?」


 ……………………………………………………え?

 ちょ、ちょっとまって!今何って言った?

 …い、いいわよ?「いいわよ」ってもしかして肯定の言葉ですか?

 これがまさか幻聴という奴なのか?テンションが上がりすぎて俺の頭がおかしくなっちゃったのか?


「ただし、あのときの……神殿で言ってくれたあの言葉を現実リアルあらためて言ってくれたらね」


 あのときの言葉……神殿で言った言葉?……それってもしかしてアレですか?

 『禁書 愛の技巧(Love・Claft)』に書き記した俺のソゥル?

 神殿で姫に誓った命よりも重い契約?

 どういうことだ?

 ちょっと待て。落ち着け。落ち着くんだ、ビィクールだ俺!

 あれを現実リアルで姫に言ったら姫がデレてくれるってことはつまり…………。



「ヒィィヤッッッホオオオウウウウウウウウウウウウウ!!!」



 ああ、もう無敵だ。

 例え塾長が相手だろうと今の俺であれば負ける気がしない。

 ごめん、ちょっと今のは言い過ぎた。

 だが、気持ちはそのくらい突き抜けている。

 羽があったらどこまでも羽ばたいていけそうだ。

 とにかくじっとしてはいられない。

 そして目の前にはお誂え向きにヘルの軍勢が迫ってきている。

 気が付けば俺はその場を駆け出していた。


「し、忍!?」

「『チェンジウェポン(換装)!』」


 魔剣を殺戮のドラゴンデストロイに持ち替え、戦舞を発動させて自分が回転する遠心力を使って剣をぐるんぐるんと振り回す。

 『オーガパワー』も『鬼神化』もかかっていないため、初動が遅く腕に凄い力がかかってくる。

 しかしその回転は速さを増し、やがて駒のように素早く回りはじめる。


「我流投擲奥義!!イ゛ヤ゛アアアアアアアアアアア!!!!」


 回転速度が最高潮に達した瞬間武器から手を離した。

 投擲スキルがあるわけでもないのにドラゴンデストロイが凄まじいスピードに乗って敵の胴体を真っ二つに切り裂いていく。


「『チェンジウェポン(換装)!』『鬼神化(覚・醒キターー!!!)』」


 魔剣が再びこの手に戻り、血煙のような獅子が身体に宿る。


「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!『ソニックドライブ・エタニティ!!!』」


 そしてそこから一方的な虐殺劇が始まった。

 ソニックドライブを永続使用しながらただひたすらに剣を振るっていく。

 一瞬ドッペルゲンガーを見た気がしたがすぐに剣の露と消えた

 音速並みに流れ続ける視界の認識に脳が焼き切れそうだ。

 だがそんなことは関係ない。

 いや、むしろこのくらいの負荷が身体にかからないと姫の言葉に胸が張り裂けそうだ。


「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!(ィヤッホオウウウウウウウウウウウウウウウ!!!俺と姫の幸せのために死ね!今死ね!すぐ死ね!そしてオーディンを連れて来い!!!今すぐにだ!!!)」

「お兄様が壊れた……」


 俺は無我夢中で剣を振り回した。

 しかし気が付くと敵の姿を見失っていた。味方の姿も。

 後ろに振り返るとみんな遠く離れたところに待機している。

 あ、あれ?

 そしてその中から俺のよく知る人物、俺の天使、いや、俺の女神様が降臨して(ちかづいて)きた。


「忍……」

「姫!敵はどこに行ったの?早くこのデスゲームをクリアしてしまおう!」

「お座り!」

「ワン!」


 あれ?

 反射的に地面に正座してしまう。


「何で一人で敵を全滅させてるのよ!」

「ご、ごめんなさい!」


 お、俺一人で倒しきっちゃったのか……全然気が付かなかった……。


「忍、落ち着きなさい。あなたがそんなことだと仲間たちに死人が出るかもしれないのよ」

「うん…」

「もし、私の発言のせいで仲間が死んでしまっのだとしたら、現実リアルに帰ったとしてもあなたの言葉を受け入れることなんてできないわ」

「そ、そんな…」


 それは困る。そんなことになったら俺の人生は天国から地獄へさかさまだ…。悔やんでも悔やみきれるものじゃない!


「だったらどうすればいいか…分かるわよね?」

「はい!自重します!命をかけて仲間を守ります!」


 俺は即答した。そう、全ては姫との幸せな結婚いちゃらぶ生活のために。


「よろしい。それじゃあ行くわよ」

「え、どこに?」


 防衛は終わったし……も、もしかして宿屋ホテル……とか?


「せっかくあなたのおかげで全員無傷のうえ消耗なしなんだから、このチャンスを逃す手はないわ。今度はこちらが攻める番よ」


 で、ですよね。

 ダメだ。頭を切り替えよう。

 結婚いちゃらぶ現実リアルに戻ってから。結婚いちゃらぶ現実リアルに戻ってから。結婚いちゃらぶ現実リアルに戻ってから。よし!


「イージス特攻隊長忍!了解しました!」

「どう?まだ戦える?」



 姫の力強い瞳。そして挑戦的に笑う唇。その表情は確かに俺への期待で満ち溢れていた。

 ならば答えは一つしかない。


「もちろん!一番槍は俺がもらう!」


「そう…だったら……」




《『セシリア』からPTに誘われています。承諾しますか?(Y/N)》




「あなたは私が死なせないわ」

ここまで読んでいただき本当にありがとうございました。

まだ最後まで書けてはいませんが、ヴァルキリーヘイム編は60話で完結する予定です。近日中に投稿予定です。

後3話ではありますが、引き続きプレイヤーたちの活躍をお楽しみください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ