港湾大学伝奇…いえ、郷土史研究会+1です
港湾都市、鉄船市からそれ程遠くない国道沿いの少しファンシーなファミレス。
BOX席に座る四人の男女、その内の一人は、恐らくは休憩時間中で客も少ない時間帯で有るので許されているのだろう。
メイド姿の娘に、少し懐疑的な響きを匂わせながら質問する長髪の男は円谷正人、港湾大学郷土史研究会の、一応代表と言う事になっている。
「えっと…美咲ちゃん、て呼んでも良いかな?本当にその尾形さん?って人が、そんな貴重な資料持ってるの?俺達だって足を棒にしてさ、ヤンキーに絡まれながらフィールドワークを続けて来たけど、結局どこも由来も定かじゃ無い中途半端な伝説ばかりで、一般に知られている以上の情報は得られなかったってのに。」
研究会の代表としては新たな情報に本当は喜ぶべきなのだろうが、どうにも素直に喜べない。
理由はいくつかあるが、最も大きいのは情報を持って来た東短大の伊東美咲は…
彼女いない歴✕年齢の仲間だと思っていた郷土史研究会の仲間である、田中英二の彼女だと言う事、しかもそこそこ可愛いと来ては、やっかんでしまうのも仕方が無い。
もう一つは彼女が元ヤンで有ると言う事も関係しているかも知れない。
散々ヤンキーに睨まれ、絡まれながらフィールドワークをしてきた山間市の元…不良娘。
とはいえ、彼女は進学率の相当に高い山間第二高校の出身ではあるらしい。
本人の話では嘘か誠か、この地域で相当に幅を利かせている不良学生のグループ山間連合の幹部だったらしい。
正人は意味もなく周囲を恫喝して練り歩く、その手の人種に対して心の底からの嫌悪感がある。
このフィールドワークを始めてから余計に拍車が掛かったかも知れない。
しかも…最近、尾形市のヤクザ事務所に向かって山間市のチンピラが発砲事件を起こしたで有るとか、東京出身の正人でもそんな物騒な話を滅多に聞かない。
(この地域は、そんな物騒な話ばかりで本当に嫌になる、都内の大学に進めなかった俺の責任だけど…さ、田舎ってみんなこうなのか?)
「……だからね英二とか……他の県の話を涼夏ちゃんに聞いて……アタシも流石におかしいなって…だって中学の時は…だから、もしかしたらって思ったのよ……それでね………………でバイト先も居心地良いから………でもやっぱり…就職先…タウン誌の………編集長が尾形姓って……討鬼伝…ってワケ♪」
美咲が何か語ってはいるが、正人の頭の中にはこの地方の不満ばかりが頭に残り、ほぼ耳に入って来ない。
「……い…おい!正人聞いてるのか?!美咲ちゃんが話してるのに!」
サークルメンバーの英二が怒鳴り気味に正人に声を掛ける。
◆ ◆ ◆
田中英二は港湾大学では数少ない、この周辺地域出身の学生である。
尾形市南中学から港湾高校、それから港湾大学に入った地元生え抜きのオタク学生。
そんなヲタクが何故に、こんな可愛いチョイ悪彼女をGET出来たのか?
オタクとヤンキー、普通ならあり得ないカップリング…
それは…ほんの数ヶ月前。
このファミレスでバイトをしていた、港湾大で噂の逆玉野郎と名高い高桑という先輩が、就職活動の為にバイトを辞める事になった。
何でも高校時代の制服を貸した事が切っ掛けで?(理由は英二も聞いていない)それ以降何かとその先輩に可愛がられていた縁も有り…
バイトの穴を埋めるべく、ファミレスバイトの後任を頼まれた事に端を発する。
正人はそれ程詳しい話は知らないが、ざっと聞いた話では…こんなところだ。
英二は美咲と同じ中学出身で昔から憎からず思っていたのだと言う。
残念な事に美咲は全く覚えられてすらいなかったらしい。
それでも奇跡的に再会し、バイト先の教育係になった美咲に運命を感じ、かつての恋心は日々募り、とうとう告白をしたのだと言う。
しかし…何故OKが貰えたのか?英二から美咲を紹介された時に彼女に馴れ初めを聞いてみた。
「あ〜ね…愛されるのも悪く無いって思ったの、高桑さんと浜野、アタシの友達なんだけどさ、見てたら羨ましくなっちゃってさ…」
その友達は高桑と言う男の彼女らしいのだが、正人はその先輩と接点も無くキャンパスで見掛けた程度でしか無く、事情も知らない為に、美咲の話にもあまり共感出来たとは言い難い。
そもそも皆が逆玉野郎と呼ぶのはその彼女によるものらしい、と…その程度しか知らない。
兎も角…今の英二は、以前は黒縁眼鏡に肩迄の長い髪を真ん中分けにした暗い男で、まさしくザ・ヲタクであったのだが。
現在の風貌は美咲に相当な改造を施され、茶髪に染めた髪を短く切り揃え、眼鏡も黒縁から軽い雰囲気の銀縁に替えて、以前とは別人の様な雰囲気に変わってしまった。
◆ ◆ ◆
「んぁ?一応聞いてるよ?その尾形さんの先祖が尾形市近隣を治めていた小大名だったんだろ?明治政府に楯突いて取り潰された家だっけ?その先祖が、この地方の歴史を編纂しようとしてアチコチの村で伝聞を集めて史料として残したのが【山間討鬼伝】…と…ほら…ちゃんと聞いてるだろ?」
そこで会話に割り込んで来たのは…
全身ジャージ姿に履き古した運動靴、度の強い眼鏡、納まりの悪い髪を頭頂部で雑ゴムで縛っている、全く化粧っ気の無いモッサリしたオタク女の鈴本涼夏。
「なんで尾形さんは郷土資料館に寄付しなかったの?歴史的に大変価値の有る物てしょ?ちゃんとそう言った資料は世に出すべきだと思う、それとも信憑性に欠けるってだけで偽書扱いされてるとか?そんなの、これだからこの国の研究者は、例え眉唾、或いは気に入らない物であってもちゃんと向き合って精査すべきでしょ?!あ~あ!権威ある研究者ってのは!ホントに!これだから………」
勝手に何か状況を想像して、脳内で作り上げた架空の権威ある研究者に悪態を付く、この娘は少々暴走しがちな性格なのかも知れない。
だが美咲は、そんなお偉い研究者などどうでも良く、山間市の高校で過ごした三年間の自分自身に何やら違和感が有るらしい。
涼夏の言葉を真剣に受け取らず、冗談混じりに返答する。
「さぁ?何でだろうね?内容自体が呪詛とか呪い、怨念に纏わる荒唐無稽な話の寄せ集めで、あんま信憑性に欠けるってのも有るとは思うけど、それか尾形姓ってこの辺いっぱいあってさ、家が取り潰される時に沢山いる親族が蔵から価値の有る物みんな持ち出して、本家に唯一残ってるのがその資料だけなんて言ってたし、単に外に出したくないのか、スケベそうなおじさんだから興味を持つ女の子が食いつくの待ってるとか……ね…涼夏ちゃんみたいな♪……」
「うへぇ!私オジサンなんか興味無いですぅ!そもそも三次元の男に関心無いもん!」
◆ ◆ ◆
この時代の少し前、バブルが弾ける以前で有れば、世間はジュリアナ東京…お立ち台…ワンレンボディコン…メッシー君…アッシー君…
女として産まれて来たので有れば、男にチヤホヤされてナンボの時代にあって。
多くのこっそりとヲタク趣味を楽しむ女の子はいたであろうが…
涼香の様ににド直球でそれを隠しもしない女の子は、相当に珍しかった。
他県の、長野県出身の涼夏は周囲の雑音など一切気にせず、己の道をひた突き進み…
中学時代や高校時代は、アニメ雑貨やらお気に入りの伝奇小説の発売日に本屋へ駆け込み、アニメ雑誌を小脇に抱えて町中を疾走するその姿から………
【走るヲタク】
の二つ名で呼ばれていたのだとか?
ヲタクで有るだけでイジメの対象とされる時代に於いて、相当にレアな生き物で有ったのは間違い無いだろう。
勿論、彼女は伝奇小説やアニメが好きなだけで無く、日本が誇る御長寿オカルト雑誌…
月刊アトランティスの定期購読者でも有る、だがそれは正人や英二も同様で有り…
港湾大の先輩方が立ち上げ細々と存続してきた、郷土史サークルを実質乗っ取り、オカルト伝奇研究会の様な集まりにしてしまったのは、この三人なのだ。
突然ホール側から声が掛かる。
「美咲!休憩終わりだよ!仕事に戻って!」
赤茶色の髪のメイド、年は三十前後のウェイトレスから声が掛かった。
「はぁ〜い!メイド長に怒られっからアタシ行くわ〜みんなはゆっくりしてってね♪」
そそくさと奥へ向かった美咲と入れ違いに、先程のウェイトレスから英二に声が掛かる。
「あ、田中…オフなのに悪いんだけど…ちょっと来週のシフトの相談あっからぁ…後でバック来てくれる?」
「あ、はい、すぐ済むなら今、行きますよ?」
「あら?そう?じゃあ頼むわ、ああ…お友達はごゆっくりどうぞ♪」
英二は席を立つとメイド長と一緒に店の奥へ行ってしまった。
「あのメイドさんも結構巻き舌だよね、どうせ元ヤンとかなんだろうけど、コレだから田舎は嫌になるよね、鈴本さんもそう思わん?」
「あ、正人君やっぱり美咲ちゃんの話聞いて無かったんですね、多分この地方にああいうタイプの人が多いの田舎だからってわけじゃ無いと思いますよ?周りの環境でそうなっては居るんでしょうけど、この地方がそう言った環境になったのは全く別の理由が有ると思うんですよね…」
「はい?そりゃまぁ東京にだって不良はいるけどさ、こんな犬も歩けばなんてのは田舎ならではなんじゃ無いの?」
「正人君、田舎バカにしてるでしょ?そんな事は全然無いよ?私の住んでいた田舎町も山間市とそんなに規模の変わらない田舎町だったけど、ヤンキーなんて少し大きい近隣の都市でちょこちょこ見掛けたくらいで、殆どいなかったよ?、そう…普通は人口も多くて栄えてる場所の方が荒っぽい連中は多いのよ…あんな小さな都市が荒れてるのも不可解だし、この前行った赤縄神社の由来と御神体の事は覚えてるでしょ?」
「赤い注連縄だろ?あの大きいのね?珍しくは有るけど、まぁ…確かに注連縄ってのは悪い物を封じる、外に出さない……オカルト的な事を言えば神を降ろして外に出さないなんて解釈も有るけど、あれで怨霊だの厄を封じてるってなら全く役に立って無いじゃん?みんなガラ悪いしさ、有名な夏祭り何かさぁ、アレだぜ?ナンパの聖地扱い、欲望にまみれてるよ…」
涼夏が度の強い眼鏡をクイッと上に上げて、不敵な笑みを浮かべる。
「あら?正人君?それで私にマウント取ってるつもり?そんなの月刊アトランティスの読者なら既に履修済み、私は山間東部に有る市民図書館に行って新聞記事まで調べて来たのよ?古い文献だけ探し回っててもねぇ…オカルトマニア失格よ!」
「ほう…言ってくれるじゃん♪鈴本さんの調べて来た情報で、その考察した事を聞かせてくれるんだろ?」
◆ ◆ ◆
涼夏の考察はこんな感じであった。
赤縄神社は昭和初期に一度焼け落ちている、それまでに何度か建て替えは行われて来たが、全て焼け落ちたのはこれが初めてで…そう全て、御神体で有る赤縄も焼け落ちている。
そもそも御神体の赤縄とは、現在社内に飾られているのは大きな飾り…イミテーションでしか無い、現在は祭りの際に毎回新しく作り直され奉納される様になってはいるが…
元々のサイズはもっと小さく、それは人の髪の毛で作られた細いロープの様な物であったらしい、何故に赤縄で有るのかと言えば、素材になった人の髪が赤毛であった事に由来する。
この日本で赤毛?少々不思議ではあるが、そもそも金髪碧眼は遺伝子異常の結果誕生した色で有る、肌の色などは七、八百年も有れば居住していた土地の環境によって変わってしまう。
遥か昔に遺伝子異常を起こし、赤毛で産まれてきた人間がいたとしてもおかしくは無い。
突然にそんな子供が生まれれば神の使い、或いは悪魔憑き扱いされるかも知れない。
赤縄神社の御神体の主の場合は神の子、とでもされたのだろう。
その…本物の御神体は虫除けの処置を施されており、煙で燻されニカワで塗り固められた頑丈な物であったらしいが…
昭和初期の大火事によって、敢え無く焼失してしまったらしい。
その火事が起こる前は山間市もどこにでも有る田舎町だったらしいのだが…
兆候が現れ始めたのは戦後である、当時山間市には二つの任侠組織が存在した。
博徒一家の華礼一家テキ屋一家の一条屋、この二つの組織は家業違いでも有り、キチンと棲み分けてお互いの領分を侵す事無く共存していたのだが…
戦後の貧しい時代、若い帰還兵や地元の不良少年達によってこの小さい都市に数多の愚連隊が誕生し、二大組織の領分を圧迫して行った。
そこでやむなくこの古参の二代組織は手を結び、愚連隊との抗争が始まった。
これは裏社会に於いて山間愚連隊統一戦争と呼ばれている。
街中では日々銃弾が飛び交い、数多の死人が出る凄まじい物であったと当時の新聞は記す。
その抗争が終わった時に誕生したのが現在は広域指定暴力団、成楼会系に吸収された地元組織の礼条組なのだとか?
そんな不良少年と、ヤクザ者の抗争は無くなっても、少年犯罪や非行に走る少年少女は後を絶たず。
ここからは涼夏の私見も多分に入る、十数年前に山間都市の西部地域の農地から縦穴式住居の跡が見つかった。
相当古い物で有るかと思いきや、それは意外と新しく一千年代〜一千三百年代頃の物であったとか?
関東以北にはこの年代頃まで、縄文の文化を継承する縄文人達が、細々と生活していた痕跡が残っているので、然程不思議な事では無い、が…
当時…今の尾形市を治めていたのは朝廷から領地を貰った地方貴族であった。
生き残りの縄文人達から土地を奪うべく、何か諍いが起こり、それが呪の元になっているのでは無いか?そして美咲の主張の裏付けに、精神的に安定している大人には然程の影響は無く、情緒が不安定な思春期の少年少女に、より影響する類の呪詛であったのでは?と言うのが彼女の考察であった。
だが、正人はその考察には懐疑的であった。
港湾大学の学生の中には、発掘現場でアルバイトをしている者もいた。
彼らの話によれば、他の地域はどうか知らないが、少なくともその遺跡から当時の西の人間が使っていた貨幣や道具なども見つかっており、戦闘の痕跡も無かった。
恐らくは取り引きを通じて徐々に同化して消えて行ったのでは無いかと考察されてもいたからだ。
遥か昔の神話時代の東征、荒覇吐征伐の遺恨が当時まで残っていたとは考え難い、時薬と言う言葉も有る。
だが…オカルトマニアの直感で呪詛や怨念なのか?あの都市には欲望や執着を刺激し…人を昂らせ或いは変容させる、【何か】があると思わずにはいられないのだ。
これは…実は美咲が語っていた事でもあったが正人は話半分しか聞いていない…それは…
「アタシが通ってた学校…他とは違ってエリート思考なんだけどさぁ…落ちこぼれると過剰にゴミ扱いされてさぁ…トップシックスなんて呼ばれてる成績上位の連中なんて…王様、女王様、支配者気取りでさ…本当に嫌な奴らでさ、アタシが暴れたくなる気持ちも分かるでしょ?」
その進学校…山間第二高校は県知事肝いりの有名校では有るが、陰湿なイジメも多く、成績上位の者は過剰に居丈高に振る舞う、そんな校風であったらしい。
あの土地には…山間市には一体何が有ると云うのだろうか?
◆ ◆ ◆
後日…尾形市東区の高級住宅街。
元々東区は尾形氏が統治していた時代には武家屋敷が立ち並ぶ場所であったらしい、今は大型店やショッピングモール、高層マンションや若干の高級住宅が立ち並ぶ、だがそれは中央区よりの場所であり、東の外れは少々柄の悪い地域となっている、潰れたボーリング場や企業関連の倉庫が多く、住人も少ない、尾形市の高校の中ではやや柄の悪い、公立尾形東高等学校も有る、この学校は不良達の間ではトン校などとも呼ばれている。
その辺の情報は兎も角として目的の中央区よりの場所は…比較的新しい、筑二十年は経っていないだろう、一般庶民の家にしては大きいが、それでもかつての大名の子孫の家、と言うにはあまりに小さく感じる。
チャイムを鳴らすとインターホンから初老の男性の声で問われる。
「はい…どちら様?」
「あ、編集長♪伊藤美咲です♪少し約束の時間より早いけど良いですかぁ〜♪」
男の声のトーンが変わる。
「ああ!美咲ちゃん♪待ってたよ♪今玄関開けるからちょっと待っててね〜♪」
尾形進五十八歳、職業はタウン誌の編集長、バツイチ子無し。
趣味は…混浴温泉で他のカップルに混ざる事、小柄て痩身、やや頭頂部の薄い、どこにでもいそうなエロ親父。
「美咲ちゃん♪おじさん首を長くして待ってたよん♪いやぁ~楽しみ♪文献以外にも色々教えてあげ…………………コホン…いらっしゃい…よく来たね……で…美咲ちゃん……いや…伊藤君……こちらの三人は?」
他の三人を見て取り繕う尾形進は、あからさまにがっかりしていた………
ちょびっと加筆しました☆




