犯人
私達は一人の生徒を多目的室に招いた。 三つ編みの、さっき手に銀色の何かを持っていた子だ。おかしくなった子はひとまず先生方に預け、秀さんに本物の護符を渡されたらしい。あの状況でもまだこっくりさんに呼びかけていた子は家に帰された。
秀さん曰く、憑き物落としは自分じゃできないらしい。でも一時的なものだったのか、祓わなくても今はすっかり元通りという。
で、一人残された三つ編みの子は秀さんに尋問(?)されている。名前は蝶田里穂。教室は3年1組で、部活は生物部。一緒にやっていたふたりも生物部らしいけど、蝶田さんは幽霊部員だという。
「ん、西園寺から電話……ちょっと明久出てくれ」
「はーい」
秀さんが色々聞いている側で、田中先生が秀さんのガラケーを耳に当てる。
「うん……、うん……。それで、名前は?」
その名前が誰なのか?
少しでも聞き取る為に全神経を集中させる。田中先生は電話越しに名前を聞いたのか「分かった」とだけ言うと、あとどれくらいで帰ってくるか聞いた。
「秀さん、本間先生言ったって」
「で、誰だったよ」
私は蝶田さんが「本間先生」と聞いた瞬間、表情を強張らせたのを見逃さなかった。
「三年一組の蝶田里穂」
「……そうか」
嫌な沈黙が流れる。この人が、本当に本間先生を突き落とした犯人なの……?
「あいつに聞いたの」
蝶田さんは死んだような顔をして淡々と言った。
「あいつが誰か言ってくれねえのに分かるかよ」
「本間良和」
「ああ。まあ、別にお前をどうにかするのはあたしらの仕事じゃない。……ひとまずこれから言うことで間違いがあったら言ってくれ」
蝶田さんは頷きもしない。
「お前は、何らかの事情があって本間良和を殺す――又は痛い目に合わせようとした。そして、そのカモフラージュにこっくりさんを使おうとした。思惑通り3年女子にこっくりさんが大流行する。ただ想像と違ったのは、本当に呼び出せる奴が出てきたこと」
蝶田さんは黙ったままだ。間違いはないということか。
「お前は幽霊の存在を信じていない。だから、まず信憑性を増す為に自分で十円玉を動かそうとした。それがこれだろ?」
秀さんが小さな銀色の何かを見せる。それをこっくりさんで使用した十円玉に近づけると、ぴったりくっ付いた。
「ご覧の通りこれは磁石だ。十円玉の方はマジックで使うギミックコインだろう。お前はあの時、唯一机に手を入れられる場所にいた。動画に映っていたお前は毎回同じ場所にいたな。なぜならそこじゃないといけなかったからだ」
秀さんは淡々と説明する。
「もう一つ予定と違うことがあった――本当に心霊現象が起きたことだ。それにより余計に生徒達は幽霊を身近に感じるようになる。これは想定外だとしても、お前の計画にはいい効果を齎した。……が、お前がせっかく計画を実行に移した日、うちの西園寺に姿を見られてしまう。これも想定外だったろ? これは痛かったな。
そしてあたかも本間良和が幽霊に突き落とされたかのような噂を流して、余計に自分の犯行をバレにくくしたんだ。更に今日のように、除霊のタイミングと合わせることによって、あたしらを追い出そうとした……合ってるな?」
「ええ、そうよ」
蝶田さんの返答に迷いはない。一切の動揺を見せない姿は、逆に恐ろしかった。
「全部合っているわ。それに、私はあいつを殺そうとしていた。ただ勘違いしないで欲しいのは、あいつが先にやったからよ。……聞きたい?」
「どーする」
秀さんが私達に振る。そんな急に言われても……。
「俺は聞きたいよ」
「私もです」
田中先生とエイプリルは即決。
「じゃ、お前は?」
「……じゃあ、分からないともやもやするので、聞きたいです」
「話してくれ」
蝶田さんは一瞬私達をぐるっと見ると、さっきとは打って変わって俯いた。
「あいつ……本間良和は、進路相談の先生なの。夏休みの前に呼び出されて……、何を言われるかと思ったら、胸を触られた」
誰も、何も言わない。
「その日の記憶はまだ曖昧だわ。ショックで忘れちゃって。でも多分触られただけだったと思う……。というか、それ以降記憶が少し飛んだりするの。後日、またあいつに呼び出されたからこの前のことを言ってやった。でも証拠がないだろって……。私の体には痣も痕も残ってないから。別にあいつを警察に突き出しても良かった。それにこの計画だって成功するとは微塵も思ってなかったの」
湿った悲しい声が響く。全員が蝶田さんの話に聞き入っていた。
「でもね、こんな意味の分からない計画なのに、とんとん拍子で進んでいったのよ。もちろん途中で失敗したらやめるつもりだった。それで皆にあいつがやったことを言うつもりだった……。でも、なんでかうまくいきすぎちゃったの。私は幽霊とか神様とか信じてなかったけど、誰かに『やっていいんだよ』って言われてる気がして……途中からは恨みとは違ったな。なんかこう、使命感みたいな……。でも、あなた達にバレたらまずいから追い出そうとしたのは本当。それに関しては迷惑かけちゃってすみませんでした」
最後に深々と頭を下げると、蝶田さんは何事もなかったかのような顔に戻る。
「……あの、すみません、質問してもいいですか」
「なんだよ園田」
「えっと……それじゃあ蝶田さん、最初に本間先生を突き落とした時、『本間先生が誰もいないのに突き落とされた』っていう噂が流れましたけど……あれも蝶田さんが?」
ぴたりと動きが止まる。蝶田さんは私の方をゆっくりと見た。
「……どう思う? あのね、あれは嘘じゃないの」
「嘘じゃない、って」
「もちろん私はあいつを突き落とそうとした。でも、手でね。足で蹴ったりなんて手荒い真似はしないわ。それであいつが階段に行ったのを見計らったんだけど、最後の最後で勇気が出なかった。……押せなかったのよ。あいつの背中はどんどん階段を下っていく。もう手が届かない場所にまで行ったわ。諦めかけた時、ふと気がついたらあいつが倒れていたの。その――倒れた背中に、くっきりと足跡を残して……ね」
嫌な沈黙。
「……あたしも疑問に思ってることがあるんだが」
「なによ?」
「お前、どうしてこの計画を考えた? そもそもお前は幽霊を信じていないんだろ? あたしとしては、幽霊を信じている奴が呪いの類で人を殺そうとして、そのカモフラージュの為にこっくりさんを広めたなら分かる。でもお前は自らの手で殺そうとした。これでカモフラージュになるか? それに、あたしらは警察でもなんでもない。心霊現象の原因を突き止めて……要は霊だけ祓えればそれでいいんだ。なのにあたしらを邪魔に思っていたのはどうしてだ……? 別にあたしらが除霊し終えていなくなって、その後に本間良和を突き落とすんでも良かっただろ。そしたらそれを霊の仕業に仕立て上げて、『この間来た霊能者達は偽物だった』っつー噂を流した方が美味しいはずだ」
蝶田さんは何も言わない。私も当然のようにこっくりさんが殺人のカモフラージュになるかと思っていたけど……。秀さんは続ける。
「北川は本間良和を突き落とした犯人を探そうとした。多分あいつは正義感とかでそんなことをする奴じゃない」
ここまで蝶田さんが認めているのに違う可能性があるのだろうか。確かに言われてみれば……そうなんだけど。でも秀さんの言ってることを繋げると、まるで犯人は幽霊のような……?
そのとき、教室の扉が開いた。




