37 このうさぎ、ナルシストにつき
「うわ、何やここは!?見たことないもんばっかりや」
家の中へ入ったヴォルカンはキョロキョロしながら私たちと一緒にリビングまで来ると、ある物に目を留めた。
「おいっ。あれは何や」
ヴォルカンの指差す先にあったのはチェストの上にちょこんと飾られているうさぎの編みぐるみだった。
編みぐるみとは毛糸などを編んで作ったぬいぐるみのことだ。
私は編みぐるみを手に取り、そっとヴォルカンの目の前に差し出す。
手のひらサイズのそれはもちろん私が作ったものだ。
編み方さえ知っていればかぎ針一本で簡単に作れるし、このサイズならすぐに編めてしまう。
テレビを見ながらでもできるお手軽さがいい。
「うさぎの編みぐるみよ。毛糸で編んで作ったぬいぐるみ。私が作ったの」
驚きに目を見開くヴォルカンを見て、
目付きの悪さも大きく目を開けると怖さが和らぐのね。
なんて考えていると、
「わしとそっくりで、めっちゃかわいいやんけ」
・・・。
今なんて?
自分で言うのもなんだけど、確かにうさぎの編みぐるみはかわいくできてると思う。
うさぎの編みぐるみは。
で、そのかわいいうさぎの編みぐるみに自分はそっくりだと。
・・・どこが?
この極道うさぎは自分のことを本気でかわいいと思っているの?
鏡を見たことあるのかしら。
「お前やっぱりわしに喧嘩売っとるやろ。ええ度胸しとるな。わしみたいにかわいい生き物、他にはおらんやろ」
本気で言ってるのかしら。
胸を反らしてふんぞり返るヴォルカンを見ながら、私は首を傾げた。
もしかして目が悪いとか。
「わしの目は悪くない」
ということはナルシストうさぎってこと?
いや、それは本当のナルシストに失礼だわ。
「・・・ホンマにお前は顔だけか思うたら性格も悪いねんなあ。少しはわしを見習え」
・・・はあ!?
「ブサイクで悪かったわねっ。あなたの方こそよっぽどだと思うけどっ。昔からうさぎはかわいいって決まってるのっ!それなのに・・・」
(どうしてあなたはかわいくないの?)
口にこそ出さなかったけど、私の言いたいことがわかったようで烈火のごとく怒り狂った。
やっぱり火の精霊かも。
ヴォルカンはそれはそれはドスの聞いた声で、
「お前死にたいらしいな。望み通りにしたるさかい覚悟しとけっ」
自分の周りに火の玉をポコポコ出現させながら、私を睨みつけた。
『いい加減にしろ、ヴォルカン』
「喧嘩を売ってくるなら我が相手になろう」
「だから心配だったのよっ。そんなに火の玉ポコポコ出して火事になったらどうしてくれるのっ。こんな所まで消防車は来てくれないんだからねっ。あっ、でも消防車は無理でも水魔法があるから何とかなるか・・・」
魔法って便利ねえと感心する私に、三人の精霊は何とも言えない顔をして『何を呑気なことを言っておるのだ』と呆れたように言うイヴァンに同調するようにシロとヴォルカンが頷く。
いつの間にか火の玉もなくなりピリピリした空気も消えていた。
「だって、イヴァンとシロがいるんだからヴォルカンが私に危害を加えるなんて無理でしょ。だったら次に心配するのは火事かなあって思って」
そう。
私は二人に対して心から信頼しているので自分のことは少しも心配していなかった。
むしろ家が燃えてなくなる方が心配だった。
この家には思い出がいっぱい詰まっているから。
感傷に浸りそうになる私に、イヴァンの偉そうな声が聞こえた。
『我の偉大さをわかっておるようだな』
「お前、何でそんなに偉そうやねん」
ドヤ顔で言うイヴァンにヴォルカンが横槍を入れる。
『サキは少しも我の偉大さを理解しておらぬゆえ、時にそれを理解させることが必要なのだ』
「はあ!?」
呆れ顔のヴォルカンにイヴァンは、
『ヴォルカン、お前こそ人のことは言えぬであろう。さっきからサキにあれこれ命令しているではないか。だいたいお前にサキに命令する権利はない』
「じゃあ、お前はこいつに命令する権利があるっちゅうんか?」
『もちろんだ。我はサキの従魔となりサキを守っている。当然、命令する権利がある』
「普通、従魔っちゅうんは主人より下の立場にあるんちゃうんか?」
ヴォルカンの言葉に思いっきり頷く私。
イヴァンはどっちが上かわかってないっ。
『確かに主人の方が従魔より立場は上であろう。だが我は精霊。人間より上の存在だ。ゆえに我の方がサキより立場が上であり、命令する権利がある』
じゃあ、なんで従魔契約なんかしたのよっ。
「なるほど。確かに言う通りやな」
そこは同意するの!?ヴォルカン!
腕を組んで頷くヴォルカンと偉そうに胸を張るイヴァンを見ながら、私はそっとため息をついた。
わかってたけどね。
イヴァンは美味しいものが食べたいだけだって。
するとシロが私の足元まで来て、ペットが飼い主にするようにすりすりと顔をこすりつけた。
まるで元気を出せと言っているようだ。
私はシロの頭を撫でながら、
「ごめんっ、シロ。見た目で判断した私が悪かったわ。一番優しいのはシロだった」
しっぽをふりふりするシロに、
「シロのために何か甘くないおやつを作るわね」
何を作ろうかしら。
冷蔵庫の扉を開ける。
さすがにお煎餅とかあられは作ったことがないからなあ。
粉チーズを手に取る。
これでチーズクラッカーを作ろう。
ホットケーキミックスを使えば早いし。
『まだか』とか『早くしろ』ととにかく外野の声がうるさいのだ。
材料を揃えてすぐに作り始める。
ホットケーキミックス、バター、粉チーズ、卵白をボウルに入れて混ぜる。ひとかたまりになったらラップの上に広げ、麺棒で薄く伸ばす。
表面に霧吹きで水を吹きかけ、少し粉チーズを振りかける。
一口大に切り分け、フォークで穴をあける。
クッキングシートに並べてオーブンで焼く。
粗熱が取れれば完成。
焼き上がったものを一つ口に入れて味見。
うん、チーズの塩気がきいてて美味しい。
まあ、おやつというよりおつまみみたいな感じだけど。
ペーパーナプキンを敷いたお皿の上に盛りつけるとテーブルの上に置く。
いただきますと言うが早いかイヴァンはクラッカーを食べ始める。
人型になったシロはのんびりクラッカーに手を伸ばす。
そんな二人を見ていたヴォルカンもクラッカーを手に取り、口に入れる。
『サキ。確かにこれはこれで美味いが、やはりおやつは甘い方が良いな』
そう言いつつも次々とクラッカーを口に放り込んでいくイヴァン。
「これが甘くないおやつか。確かに甘くない。とても美味いぞ」
「なんやこれ。手が止まらんのう。ついつい食べてまうなあ」
シロもヴォルカンも気に入ってくれたようでホッとする。
案外この二人は酒飲みなのかもしれない。
夕食後のデザートも催促されるんだよね、きっと。
何にしよう。
そうだ、プリンがいいわ。
私とシロの分はシンプルに、イヴァンとヴォルカンのにはたっぷりの生クリームといちごをのせてプリンアラモード風にしよう。
冷やす時間も必要だから今作っとけばちょうどいいわね。
鍋に砂糖と水を入れ火にかけ、茶色くなったらお湯を入れる。
できたカラメルをカップに入れる。
ボウルに卵と砂糖を入れ泡立てないようによく混ぜる。
鍋に牛乳と砂糖を入れ人肌になるまで温める。
卵と砂糖をいれたボウルにゆっくり入れて、バニラエッセンスを適量加える。
茶こしで濾しながらカップにプリン液を注いでいき最後にアルミホイルでふたをする。
鍋に水を入れ、沸騰させたらプリン液の入ったカップを入れ、弱火で二十分ほど蒸したら完成。
できたプリンを冷蔵庫に入れると、後片付けを始める。
チーズクラッカーとプリンを作ったときに使ったものをまとめて食洗器へ。
食洗器が使えないものは手早く洗い、元の場所へ片付けた。
そしておもむろに後ろを振り向くと、身を乗り出して私を見つめる三人と目を合わせた。
「何なの?」
さっきから無言の視線には気づいていたけど、集中していないと失敗しそうであえて無視していたのだ。
理由も何となく想像がつくし。
『何を作っていた?甘い匂いがしていたからおやつであろう?何故すぐに食べぬ?』
「あれはプリン。卵と牛乳で作る冷やして食べるおやつよ。今作っとけば夕食後のデザートになるでしょ」
『この間のいちごのムースみたいなものか?』
「そうね。ムースとはまたちょっと違うけど冷やして食べるってとこは同じね」
『おお。それは楽しみだ』
嬉しそうなイヴァンとシロを見ながら、よくわからないといった顔をするヴォルカンに夕食まで楽しみに待っててと告げた。




