22 ハンモックとひんやりデザート
三人に別れを告げ、転移魔法で風の森にある家に帰る。
ドサッとソファに腰を下ろすと、ふう。
「何だかいろいろありすぎて疲れたなあ。ちょっとお昼寝でもしようかな」
ソファの上にころんと横になろうとした瞬間、いつもの声がした。
『我のおやつは?』
「・・・」
『我のおやつは?』
「・・・もうっ!少しくらい寝かせてくれてもいいじゃないっ」
『我のおやつを用意してから眠れば良い。我のおやつはどこだ?』
「・・・はぁ。わかったわよっ。作るわよ、作ればいいんでしょっ。全くもう・・・」
何かあったっけ?と冷蔵庫の中身を考えながらソファから立ち上がる。
冷蔵庫を開けると、昨日のいちごがまだ残っていた。
これも食べなきゃね。
一粒手に取ると、サッと水で洗って口に入れる。
甘くて美味しい。
『サキだけずるいぞ。我にも食わせろ』
案の定、イヴァンの催促。
同じように洗ったいちごをイヴァンの口の中に突っ込んだ。
『何をするっ!・・・うむ、美味いな』
もっとと催促するイヴァン(子供かっ!)を横目にあちこちから材料を取り出していく。
ホットケーキミックスを使って簡単にできるいちごのパウンドケーキにしようと思う。
小麦粉を使って一から作ってもいいのだけど、今はとにかく早くイヴァンにおやつを食べさせて、昼寝がしたい。
多少、手抜きでもいいだろう。
昨日もパウンドケーキだったにしても。
バターをレンジで温めて溶かしておく。
オーブンを温めている間に、いちごをスライスする。
ホットケーキミックスに卵、砂糖、牛乳、溶かしバターを加え混ぜ合わせる。
この中にスライスしたいちごを入れ、サクッと混ぜる。
パウンドケーキの型に生地を流し込み、底を軽くテーブルに打ち付けて空気を抜く。
オーブンで三十分ほど焼けば完成。
焼き上がるまでの間、市場で狩ってきたモロコシの処理をする。
皮をむき、赤いひげを取り、きれいにすると中から薄紫色をした見事なモロコシが出てきた。
水洗いをして薄紫色の実を一粒取り出し、食べてみる。
柔らかくてほんのり甘みもあってトウモロコシそのものだったけど、思ってたのと違った。
「美味しいけど、これじゃあ、ポップコーンは作れないなあ」
紫色のポップコーンができたらかわいいと思ったんだけど。
普通、ポップコーンは爆裂種という種類のトウモロコシで作る。
お店で売っているトウモロコシと違ってとにかく実が固いのだ。
この実を乾燥させたものをフライパンに入れて火にかけるとポップコーンができる。
「しょうがないわね。夕食にこれでコーンスープでも作ろうかしら。あとは今日貰ってきた高級肉ね。・・・しまった。どう調理するのが一番美味しいのか聞いてくればよかった。さすがにネットで検索してもキングボアの美味しい食べ方なんて出てこないよねぇ。・・・とりあえずステーキにしてみてそれから美味しい食べ方探っていくしかないか」
パウンドケーキの焼きあがりまでまだ少し時間があるので、夕食用のデザートを作ることにした。
まだ、いちごがたくさん残ってるからね。
早く食べなきゃ傷んじゃうし・・・って、あれ?
もしかして冷蔵庫に時間停止魔法をつけてもらえば傷む心配しなくてもいいんじゃないの?
冒険者ギルドのアイテムボックスにだってつけられたんだから、冷蔵庫にだってつけられるよね。
ナイスアイデア!!
早速イヴァンに・・・と思ったところでふと浮かぶ疑問。
時間の止まった冷蔵庫って冷えるのかしら?
すでに冷えてるものは問題ないと思うんだけど、これから冷やそうと思うものも冷えるの?
物の時間は止まってるのに冷却は進むなんて、そんなご都合主義あるわけ・・・、
『問題ない』
あった!!
「そんなことできるの?」
『あぁ、我にとっては造作もないことだ。その冷蔵庫とかいう白い箱に時間停止魔法を付与すればよいのだな』
さすが異世界。
どんな原理でそんなことができるのかちっともわからない。
『夕食用のデザートは何だ?』
心なしか声が弾んでいる。
「いちごのムースよ。冷やして食べるデザートなの。だから今から作って冷蔵庫で冷やしておくと夕食のデザートにちょうどいいと思うの」
『冷たいデザートか。それは楽しみだな』
表情は変わらないけど、しっぽの揺れから機嫌の良さがうかがえるイヴァンを横目にムースを作り始める。
いちごを洗って水を切りヘタを取る。
耐熱容器に水を入れてゼラチンを加え、レンジで加熱して溶かす。
水気を切ったいちごとグラニュー糖、レモン汁を入れて、ミキサーで混ぜる。
生クリームを加えてさらに混ぜる。
出来上がったものを容器に流し入れて、冷蔵庫で冷やし固めれば完成・・・なんだけど。
ガラスの器に入れたらお洒落だけど、それではイヴァンが食べづらいわね。
あっ、そうだ。
流しの上の吊戸棚の中をガサゴソ探してお目当ての物を取り出す。
これでいいか。
取り出したのはふた付きのタッパー。
これに入れて冷やし固めて、固まったら取り出して切り分ければイヴァンも食べやすくなるはず。
私とシロの分は普通にガラスの器に入れて。
「よし、これで準備OKね」
冷蔵庫の前でガッツポーズをする私の耳にパウンドケーキの焼きあがりを知らせるオーブンの音が聞こえた。
オーブンを開けるとケーキのいい匂いが漂ってくる。
「美味しそうに焼けたわ」
『早く我に食わせろ』
「はい、はい。わかってるからちょっと待って」
本当にせっかちなんだから。
「待て」を教えた方がいいかしら。
思わず「待て」をするイヴァンを想像してしまって笑ってしまう。
するとすかさずイヴァンの不機嫌そうな声が聞こえた。
『意味はわからぬが、良からぬことを考えたな』
「あはは」
オーブンから美味しそうに焼けたパウンドケーキを取り出すと、少し粗熱を取る。
その間にお皿や飲み物の用意をする。
「うーん。今は何だかコーヒーの気分」
ということでコーヒーを入れることにする。
インスタントだけどね。
あらかた用意ができたところでシロに念話を送ってみる。
「シロ。おやつにするけど一緒に食べない?」
声に出している時点で念話と呼べるかどうか甚だ疑問だけど、ともかくシロには届いたようなので良しとしよう。
ふっと部屋の中に現れたシロは真っ先にリビングの大きな窓の近くまでにょろにょろ這って行くとサンキャッチャーの作り出す虹の海で遊びだす。
にこやかな気分でシロの様子を眺めながら、すでにリビングの椅子に座って今か今かと待っているイヴァンの前にどんっと切り分けたパウンドケーキを置く。
いただきますの声もそこそこにイヴァンが早速頬張った。
『美味いっ』
イヴァンの満足げな様子を見ながら、私も一口大に切ったそれを口に入れる。
少しいちごの酸味もあるけど甘くて美味しい。
のんびりコーヒーを味わっていると、ひとしきり虹の海を堪能したシロがテーブルの側までやってきてポンっと人型に変異した。
んーっっ。
あいかわらず小さくてかわいい。
ひょいとシロを手のひらに乗せてテーブルの上に連れて行き、シロのおやつが用意された所へおろすと、フォーク代わりに先が二つに分かれているフルーツ用のピックを渡す。
これでもまだ大きいけどミニサイズのフォークがないのだから仕方がない。
ホント、何これ、かわいすぎるんだけど。
あむあむとパウンドケーキを頬張るシロの姿に身もだえる。
『ふんっ。そんなふさふさした毛も持たぬやつのどこがかわいいのだ。甘やかすでない』
シロのかわいさにやられている私にイヴァンの一声。
「もう、イヴァンたら嫉妬なの?心配しなくてもイヴァンも大好きだよー。モフっていい?」
『ダメだ。それよりもおかわり』
「ケチ」
本当にイヴァンもかわいいな。
くぅー、モフりたい。
イヴァンの前に残りのパウンドケーキを置き、二人が食べ終わるまでまったり気分を満喫した。
後片付けを終えると、おもむろにリビングの隣にある和室へ行き、部屋の隅にそっと置かれているモノを運び出し、リビングの大きな窓の前にそれを広げた。
『何だ、それは』
「自立式のハンモックよ。このたゆんとしてる布の上に寝るの。気持ちいいわよ」
本当ならキャンプか何かに行ったときに木と木の間に吊るして使うのだろうけど、あまりアウトドア派ではないのでわざわざキャンプに行ったりということはなかったけど、使ってみたかったので、自立式のハンモックをチョイス。
天気の良い日に家の中で使ってみたり、本当に気持ちの良い日は庭に出してお昼寝してみたり。
ご近所さんの目があるからそんなに庭で使うことはなかったけど、ここならそんな心配することなく使えそう。
早速、ハンモックにころんと横になる。
久しぶりに使ってみたけど、やっぱり気持ちいいなあ。
そういえば洸大と和奏が家に遊びに来たとき、洸大は楽しいってはしゃいでいたけど、和奏はこの微妙な揺れが気持ち悪いって言ってたっけ。
なんて昔のことを思い出していると、
「サキ。我もそれにのりたい」
見ると、シロが人型のままジッと私の方を見上げていた。
かわいいわぁ。
シロへ手を伸ばすと、シロがぴょんと手のひらに乗ってきた。
そのまま運んでハンモックの上に降ろすと、揺れて少しよたよたしていたけど、逆にそれが楽しそうだ。
チラッとイヴァンを見ると、お気に入りのラグの上で目を閉じている。
寝ちゃったのかしら。
そんなことを考えていると、ふわあと大きなあくびが一つ。
今日はまだ終わっていないのに、いろいろあって疲れちゃった。
私も寝ちゃおう。
そう思ったら幾許もない間に意識が沈んでいった。
完全に意識が沈む前に「我も寝る」というシロの声が聞こえたような気がした。




