17 そんな食べ方、見たことも聞いたこともないんだけどっ
気分よくユラの頭を撫でていた私に、モリドさんが恨めしそうな声を上げる。
「サキばっかりずるいぞ。俺だって精霊と仲良くなりたい。よろしくされたい。できることなら一緒に住みたいくらいだ」
やけに重々しい雰囲気を醸し出しながら、ジトっと私を見つめるモリドさん。
なんだか目が据わっていて怖いんですけどっ。
イケメンなのに精霊が絡むと残念な人になるのは何故だ?
モリドさんの恨めしそうな視線に怯みつつ、
「よければモリドさんも一緒にここに住みますか?部屋ならありますし」
私の言葉を聞いたモリドさんは、口をあんぐり開けたまま私を凝視している。
「モリドさん?どうかしましたか?」
私がモリドさんの顔の前で手を振りながら言うと、ハッと我に返ったモリドさんは慌てて大きな声で叫んだ。
「な、何を言ってるんだっ、サキっ。結婚もしてない男女が一緒に住むなんてっ。・・・いや、まあ、俺はサキさえよければ一緒でも・・・」
少し顔を赤くして焦った声で叫んだかと思うと、後半はよく聞き取れないほどの小さな声でぼそぼそつぶやいたので何を言ったのかわからなかったけど、モリドさんはいたく真面目な青年のようだ。
「冗談ですよ、モリドさん」
カラカラ笑いながら言う私に、モリドさんは「冗談・・・。危うく本気にするところだっただろっ」なんてそっぽを向きながら少しムッとしたような声でつぶやいた。
おっ。
本日二度目のモリドさんの拗ねた顔です。
やっぱりかわいいな。
親戚の子を可愛がるおばちゃんのような気持ちで思わずモリドさんの頭をよしよしと撫でそうになり、でもモリドさんの方がはるかに背が高いので私の手が届くことはなかったけれど。
挙げた手をバレないようにそっと戻し、拗ね顔のかわいいモリドさんに、
「代わりにいつでも遊びに来てください。ユラもきっと喜びますよ。今度、私の手料理でよければご馳走しますから一緒にどうですか?ほんのお詫びと家探しに付き合っていただいたお礼代わりに」
と告げると今まで拗ねていたモリドさんは一瞬で笑顔になり嬉しそうに言った。
「本当か?来るっ。絶対に来るからっ。いつならいい?」
何故かやたらとテンションの高いモリドさんに少し引きつつも、
「しばらくは無理ですよ。大掃除が先ですから」
「よし。俺も掃除を手伝うぞ」
「モリドさん、怪我が治ったんだからお仕事があるんじゃないですか?」
「はっ!?そうだった。先日の件で今はどこも人手不足で大変だったんだ。明日からはきっと俺も休みなしで働かされるな。くそーっ。しばらく無理だな」
見るからにしょんぼりしているモリドさんだけど、案外立ち直りも早いようで、次の瞬間には笑顔で、
「よし。サキの手料理を励みに仕事を頑張ることにするよ。楽しみだなあ」
言葉尻にハートマークでもつきそうなほど上機嫌で、鼻歌まで歌っている。
あまりにも嬉しそうなので、何か勘違いしているのかと思い、
「モリドさん、私の作る料理ですよ?ただの家庭料理ですよ?プロの料理人が作るご馳走じゃないですよ?」
と念を押しておいた。
期待外れだとがっかりされてもたまらない。
「うん?わかってるって。サキの手料理を精霊と一緒に食うんだろ?精霊と知り合えるなんて俺の人生にこんな奇跡が起きるとは想像もしてなかったよ。ホント、人生って何が起こるかわからないもんだなあ」
はじけるような笑顔を見せるモリドさんに、
「そっちかいっ!」
一人ツッコミをする私だった。
まあ、モリドさん言うこともわかる。
私だって異世界トリップして、若返って、精霊と一緒に住んで、冒険者やって、治療師になるなんて、そんな人生私の予定にはなかった。
予定通りにいかないから人生はおもしろいのかもしれないけど、これはちょっと想像の範疇を超えすぎだ。
人生八十年として、残りの三十年は穏やかに過ごせればそれでいいと思っていた。
アラフィフにしてスリルもサスペンスも求めていなかったけど、こうして人生やり直せることになったのなら、前のような穏やかな人生ではなく多少冒険じみた人生も悪くない。
体が若いと考え方も若くなるのか、最近はそんな風に考えるようになった。
そんなことをしみじみ考えていると、突然グーっとお腹の鳴る音が聞こえた。
モリドさんだ。
「す、すまんっ」
照れ笑いするモリドさんにつられて笑いながら、
「もうお昼ですね。さすがに埃だらけのここじゃ料理もできないので、外へ行きますか?私、屋台を覗いてみたいです。あと、市場も。ユラはどうする?ここから離れられないの?」
ユラにも尋ねた。
『離れられないわけではないが、たくさんの人間がいる所は怖いらしい。人間と直に触れ合うのも今日が初めてだから仕方あるまい』
イヴァンの言葉に納得した私は、アイテムバッグから今朝の厚焼き卵のサンドイッチを取り出すとユラに向かって差し出した。
「お腹すいてない?」
イヴァンが何だかんだとうるさくなったら口に突っ込んでやろうと余分に作っておいたのを持ってきたのだ。
まさか大地の精霊に勧めることになるなんて思いもしなかったけど。
ユラがそっと近づいてきたかと思うと、あっという間にそれは消えてなくなった。
本当に一瞬の出来事だった。
「ねえ、イヴァン。今、何が起こったの?何でサンドイッチがなくなっちゃったの?」
『そやつが食ったからだろう』
「ユラが食べたの?」
『そやつは満足しておるから食べたのだろう。それどころかもっとだと催促しておる。待てっ、サキ、それは我の分ではないのか?』
イヴァンの言葉を聞くや否や、もう一つサンドイッチを取り出すと、ユラに差し出す。
・・・やっぱり一瞬で消えてしまった。
私の目がおかしくなったわけじゃないよね。
『我のサンドイッチが・・・。やたらと厚い卵焼きが絶品なのに・・・』
見るからにしょんぼりしているイヴァンの褒め言葉に自然と頬が緩む。
「ふふっ。心配しなくてもまだ残っているから大丈夫よ」
イヴァンの頭を思いっきりモフりながら言うと、今度はモリドさんまで、
「そんなに美味しいのか?俺も食いたい。イヴァン、俺にも分けてくれ」
顔の前で手を合わせ、イヴァンに頭を下げている。
頭を下げてまで食べるほどのものじゃないんだけど。
そう思ったけどあまりにもモリドさんの本気度が伝わってくるので、ムズがゆいような何とも言えない気分になりつつ、
「じゃあ、お天気もいいから庭のハナマイムの木の下に行って、みんなで食べましょうか。まだたくさんありますから」




