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のんびりまったり異世界生活  作者: 和奏
第一章 こんにちは異世界
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37 作戦決行

 なんだかんだと用意が整い、出発したのはその十五分後。

 ここでもまたひと悶着あったからだ。

 皆さんは当然移動のための馬を用意していたけど、私はもちろん乗れない。

 それで誰が私を一緒に乗せていくかという話になり、領主様が私と一緒に乗ろうとおっしゃてくださると、すかさずグリセス様がそれなら私とと言い出し、俺に決まっているだろうとアレスさんが吠え、私とならもれなくサクラがついてきますよとレインさんが囁く。

 さらにリタさんまで私と一緒に乗るに決まってるでしょうと名乗りを上げる。

 事態をどう収拾しようかと考えていたら、イヴァンが静かに言った。


『いつものように我に乗ればよい。なのに何故こんなに騒ぐ必要がある?』


 そうだよね。

 それが一番丸く収まる方法だよね。

 馬だって急に一人増えたらかわいそうだよね。


 ということで、


「あのっ、皆さん、大丈夫です。私、イヴァンに乗りますから」


 と宣言した。

 何かを言われる前にイヴァンに飛び乗り、


「私、先に行って隠れて待ってますからっ」


 と言い置くと、イヴァンはものすごい速さで駆け出した。


 いつものように空は飛ばす、道なき道を駆け抜ける。

 シルバーウルフは空を飛ばないそうなので、人のいるところではシルバーウルフのふりをして地面を走り、みんなから見えない所まで来ると、空へ駆け上がった。

 私たちの周りにはつむじ風のように風が渦巻いていて他の人から見えないそうだ。

 あっという間に嘆きの森が見える所まで来た。

 あまり近づくとグリーントレントや捕らえられている魔物に気づかれるんじゃない?と聞くと、『そんなヘマなどせぬ』と返された。


 馬で早駆けしても2時間はかかるというので木立の陰でのんびり待つことにした。

 あっという間だったとはいえ、いつもより長い時間イヴァンに乗っていたので、精神的にはもうくたくただ。


 アイテムバッグから水筒を取り出し、コーヒーを一口飲んだ。

 ほろ苦い甘さが口に広がりホッとする。

 イヴァンには昨日作ったはちみつ味のかりんとうを出した。


『やはり昨日のかりんとうより、今日のかりんとうの方が美味いぞ』


 嬉しそうに食べるイヴァンを見ながら私も一つ摘んで口に入れる。


 ハア。


 ため息をつく。

 本当のところ、今はイヴァンの褒め言葉よりこれから始まる戦闘の方が気になって落ち着かない。

 平和な日本暮らしが長かったので、まるで実感が湧かない。

 イヴァンが絶対に守るから大丈夫だと言ってくれたので、私は大丈夫だろう。

 でも他の人は?

 怪我したり、最悪死ぬことだってあるだろう。


 私の光魔法、役に立つかな。

 もちろん誰一人怪我なんかしなければ光魔法なんて必要ないわけだけど。


 ぐだぐだ考えているとグリセス様を先頭に討伐部隊の皆さんが見えた。

 私とイヴァンの姿を確認したグリセス様が少しずつスピードを落とし、やがて私たちの前で止まった。

 馬から降りたグリセス様に大丈夫でしたか?何もありませんでしたか?と心配されたが全く何もなかったので大丈夫でしたよと答えるとホッとした顔でまた馬に跨った。

 私に腕を伸ばそうとしたグリセス様より早く、後ろからにゅっと腕が伸びてきて私を捕らえた。

 気がついたときにはすでに馬上で、頭の上からエドさんの咎める声が聞こえた。


「シルバーウルフといえどあの速さで走ったら危ないだろう。振り落とされでもしたらどうするんだ。怪我だけじゃ済まないぞ」


 本気で心配してくれるエドさんに嬉しくなって、心配してくださってありがとうございます、次からもう少し気をつけますとはにかむ私にエドさんは頭をポンポンしながら、


「よし。わかればいい」


 と言って笑った。

 つられて私も笑った。


 嘆きの森の近くで馬を降りると、グリーントレント討伐組と魔物の違法取引討伐組の二手に分かれる。

 イヴァンが先に森に入ってグリーントレントを結界に閉じ込めることになっている。


 森に入った途端、グリーントレントに操られてグリーントレントの餌食になるわけにはいかないからね。


 イヴァンはしっかり私に結界を張るとグリーントレントの元へ駆け出した。

 イヴァンが見えなくなると一気に不安になる。

 いつも一緒だったから。

 もちろん風の森で薬草採取していたとき、アイテムバッグを取りに行ってくれた間イヴァンが離れた時もあったけど、あのときは大して気にもならなかった。


 でも今は。

 心臓がドキドキして知らぬ間に手が汗ばんでくる。


 大丈夫かしら。

 意識失くしたりしてない?

 怪我して動けなくなってたりしてない?


 ああ、考えれば考えるほど不安になってくる。


 ポンポン。


 え?


 見ると隣にいるアレスさんが私の頭に手をやって、ニカッと笑った。


「大丈夫だ。あいつは強い」


 ああ、そうだった。

 イヴァンは強い。

 イヴァンが自分でそう言ったんだもの。

 信じなきゃ。

 なら私も足手まといにならないように自分にできることを精一杯頑張ろう。


 もう大丈夫ですと気持ちを込めて私はアレスさんに微笑んだ。

 だけど、耳まで赤くしたアレスさんにそっぽを向かれた。


 何故だ。


 程なくして、イヴァンの声が聞こえてきた。


『グリーントレントを結界に閉じ込めたぞ』


 イヴァンの言葉を伝えると一気に緊張感が高まった。

 作戦通り、私たちもイヴァンの元へ向かう。


 少し宙に浮いたような形で結界に閉じ込められた、初めて見るグリーントレントはそうまさに木のおばけだった。

 幹の表面に顔らしきものがついている。

 血走って怒りに満ちた目と、鋭い牙の見える大きな口。

 人の手のような無数にある枝を使って暴れているがイヴァンの結界に阻まれてこちらまで攻撃は届かない。

 全身で怒りをあらわにしてイヴァンを睨んでいる。

 対するイヴァンをは涼しい顔だ。


 よかった。

 どこも怪我してなさそう。


 イヴァンの無事な姿にホッとする。


『早く火をつけろ』


 アレスさんにイヴァンの言葉を伝えるとアレスさんは


「ファイヤーボール!」


 と叫んだ。


 するとどこからか火の玉が現れ、結界の中のグリーントレントめがけて飛んで行った。

 本来、結界の中は魔法攻撃も効かないそうだけど、そこはイヴァンが上手くやってくれたんだろう。

 見た目通り枯れ木だったのか、あっという間にグリーントレントの全身が火に包まれた。

 不気味な咆哮をあげながら燃え尽きようとしたその時、


 しゅんっ。


 と音がして何かが飛んできた。


 それが何かを考える間もなく「ぐはっ」と声がしたと思えば、隣にいたアレスさんがドサッと地面に倒れ込んだ。

 慌ててアレスさんに目をやると、体の中心辺りから血を流している。

 死にゆくグリーントレントが最後の抵抗とばかりに鋭い枝を飛ばしてきたのだ。


 アレスさんの体からドクドク流れる血を見て、私は体が動かなかった。

 夫が死んだ時を思い出したからだ。

 実際に事故を目にしたわけではなかったけど、その後事故現場を訪れるとおびただしい量の血痕が残っていた。

 いろんな感情が渦巻いて涙が止まらなかった。


 そんなことが頭の中をグルグル回って動けないでいる私に、イヴァンの鋭い声が届いた。


『何をしているっ。早く回復魔法を発動させろっ。でないとそいつは死ぬぞっ』


 イヴァンの声にハッと我に返った私は、今度は助けなくちゃと思った。

 あの時はその場にいたわけでもなかったし、ましてやその場にいたとしても助ける力なんてなかった。

 でも今は。

 何の因果かアレスさんを助けられる力がある。

 私はアレスさんの側に跪くと、手のひらに魔力を集める。

 そして元に戻るように祈りながら、アレスさんの傷口に手をかざし唱えた。


「ヒール!」


 すると手のひら全体が光り輝き始め、少しずつ傷口がふさがっていく。

 手のひらの光が収まると、服には穴が空き血まみれのままだが、傷口はふさがり元通りになっていた。


「アレスさんっ。大丈夫ですかっ。アレスさんっ」


 私が呼びかけると、気を失っていたアレスさんが少しずつ目を開けた。


「・・・俺は・・・」


「よかった。アレスさんが助かって。大丈夫ですか?痛い所はないですか?」


 上体を起こしたアレスさんは全身をくまなく確認した。


「大丈夫だ。何ともない」


 その言葉にホッとした私に、


「助けてくれたんだな。ありがとう」


 そう言って笑ったアレスさんの顔にドキッとし、顔に血が集まるのがわかった。


 こんな時に私ったら何してるのよっ。

 照れてる場合じゃないでしょっ。


 実際グリーントレントが死んだ途端、どこからともなく魔物の群れが出てきて、騎士団や警備隊の方々が応戦してくれていた。

 イヴァンを目で探すと、騎士団や警備隊の方々の手に余る大型の魔物を相手に暴れていた。

 大丈夫かなと心配する私を尻目にイヴァンは事も無げに相手を倒していく。


「おかしいな。これはどういうことだ?何故こんなに魔物が・・・。いや考えてる場合じゃないな。よし、俺も行く」


 アレスさんは大剣を手に立ち上がると私に、


「いいか、絶対にここを動くなよ。どっから魔物が襲ってくるかわからねえこの状況じゃ、物陰に隠れるより何もねえこの場所にいてくれる方が守りやすい。最もあいつの結界があるなら心配はいらねえが。大丈夫なんだろうな?」


 最後の言葉はイヴァンに向けたものだったようで、


『問題ない』


 と返事が返ってきたのでそう伝えると、アレスさんは私の頭にポンっと手を置いた後、何のためらいもなく魔物の群れに突っ込んで行った。


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