第93話
総司の部屋-
永倉は、中條の背に伏せて泣いている総司の傍にしゃがみこんだ。
永倉「…大変だったんだぞ。…こいつ腹を切るって聞かなかったんだ。…組長に謝ってから、腹でもなんでも切れと言って、どうにか連れてきたよ。」
永倉が、総司に言った。
総司は驚いて濡れた眼を永倉に向け、ひれ伏して動かない中條を見た。
総司「馬鹿なことを!!…!…」
そう叫んでから、総司は咳き込んだ。永倉があわてて総司の背をさすった。
中條「…先生!」
ずっとひれ伏していた中條が顔を上げ、背中をさすった。永倉は「水を持ってくる」と言って、あわてて出て行った。
総司「…誰が…腹を切れと…」
咳き込みながら、言葉を切れ切れにして総司が中條に言った。
中條「…先生…」
中條は泣きながら総司の背を必死にさすり続けた。
……
総司は床に寝かされている。眠ってはいないが、目を閉じていた。
その傍に中條がすわり、じっと総司の顔を見ていた。
ゆっくりと、ふすまが開いた。土方であった。そして中條を見て、眉をひそめた。
土方「おい…そんな格好でいつまでここにいるつもりだ…体を洗ってこい。」
中條は、ただうなだれて動かない。
総司が、その土方の声に目を開いた。
総司「…中條君、土方さんの言うことを聞いて。…私は大丈夫だから…」
中條はしばらく黙っていたが、やがて「はい」と返事をして頭を下げた。そして土方にも頭を下げると、名残惜しげに部屋を出て行った。
……
しばらく、土方は目を閉じ座っていた。
総司はじっと床から土方を見上げていた。
総司「…土方さんも…お疲れでしょう…。」
土方は、目を閉じたまま首を振った。
土方「…藤堂のことは…残念に思っている…」
総司「…土方さん…」
土方「近藤さんにも報告に行ったが…すっかり肩を落としていた。…奴だけは…なんとか助けてやりたかったが…」
総司「藤堂さんにとっては、本望だったのかもしれません。…きっと死ぬ覚悟はできていたでしょうし…」
土方「…ん…」
伊東をだまし討ちにし、仲間を呼び寄せて一掃する…。たぶん土方が立てた計画だろう…と総司は思った。計画自体には情け容赦ない、土方の残酷さが出ているような気がした。
が、優しく神経の細やかな人間でもある。まるで同じ人物とは思えないほどに…。今、総司の前にいるのは優しい土方の方であった。
やがて土方は総司に寝るように言い、部屋を出て行った。
総司は、じっと行灯の灯を眺めていた。
近藤の命は救われた。…が、新選組がこれで安泰と言うわけではないような気がした。
『沖田さん』
総司は、行灯の横を見て目を見開いた。
総司「藤堂さん!」
総司は起き上がって、藤堂に向き合うように座った。
総司「…藤堂さん…わざわざ来てくださったのですね…」
『ありがとうございました。』
藤堂が微笑んで、そう言ったような気がした。
総司も、微笑み返した。
総司「どうぞ、心安らかに成仏なさってください。」
藤堂はうなずいた。そしてその姿は行灯の揺らぎと共に消えた。
総司は、しばらくじっとそのまま座っていた。
総司「…私も…もうすぐ行きますから…」
そう呟いた。




