第71話
数日後、一番隊は昼から非番だったが、中條は暇を持て余していた。 稽古相手の山野は、想い人の所へ行っている。
何か体を動かしていないと落ちつかない性分の中條は、屯所の裏庭で薪割りをしている老人に代わりを申し出た。
中條は時々こうして下働きの手伝いをしたことが今までもあったので、老人は恐縮しながらも中條に後を任せ、自分は他の仕事を探しに去って行った。
中條は薪割りには慣れていた。
物心ついたころには、もうさせられていた。幼い頃は斧に振りまわされて、うまく割ることができなかったが、そのうちに柄を短く持つなどのコツを覚え、体が大きくなるにつれ、軽く割ることができるようになった。中條が「力が強い」と言われるのは、こういった力仕事をしていたからであろう。
中條は、幼い頃からずっと家の仕事をさせられていた。同じ年頃の子供たちが遊ぶのを尻目に、文句も言わず働き続けた。…しかし、十四歳になった冬、母親が突然「家を出て行ってほしい」と言った。
母親「…一人いなくなれば、皆もう少しいいもんが食べられるからさ。」
母親は、平然とそう言った。
母親「わかってくれるね、英次郎。この金と荷物もって、出ていってくれないか?」
言葉がでなかった。ずっと役に立っていると思っていた自分は、結局必要なかったのだ。…そう悟ったとたん、中條は母親が差し出す金と風呂敷包みをひったくるようにして取り、家を飛び出した。
「兄ちゃん、どこいくの?」
幼い妹の声が遠くに聞こえた。
あれから五年…里には帰っていない。
……
中條は、はっと我に帰ると、斧を振りあげ勢いに任せて下ろした。薪が真っ二つになって跳ねた。
「中條はん…」
その若い女性の声に、中條は振り返った。見ると、賄いの少女が立っていた。




