第57話
京の町中-
総司は礼庵の診療所へ向かっていた。
東が言っていた話を信じているわけではないが、どうも気になるのである。
礼庵が男か女かということではなく、遊女を身請けしようとしているのかどうかが、どうしても聞きたかったのだ。
しかし…。
総司(…何と言って聞けばいい…?)
順番から行くと、東から話を聞いたことを話し、島原へ行ったことを話し、そして…。
総司(…しかし、何故そんなことを聞くのかと言われたら…どう答えればいいのだろう?)
総司がそうこう悩んでいるうちに、診療所へついてしまった。いつもならば遠く感じるのに、今日はかなり早くついたように思える。
門の前でぼんやり立っていると、しばらくして婆が水を撒きに現れた。
婆「まぁ、沖田さま…おこしやす。…どうぞ仲へ…」
総司「ああ、いや…その…」
婆「先生はもう診察を終えて、お休みになっていますので、どうぞ…」
総司「ああ、お休みになられているのでしたら、また日を改めて…」
そう言って帰ろうとした総司を、婆があわてて引きとめた。
婆「何をおっしゃいます!沖田さまを追い返したとなれば、この婆が怒られます。さぁ、どうぞ中へ…」
総司「…はい…」
総司は逆に怒られた子供のようになって、婆について中へと入った。
……
礼庵は目を見開き、しばらくしてから、声を立てて笑った。
礼庵が、大きな声を出して笑ったのを見たのは初めてだったので、総司はしばらく見入ってしまった。
礼庵「し…失礼…。あはは…。…ああ、おかしい…。」
礼庵はそう言って、茶をひと口飲んでから、また腹を抱えて笑っていた。
総司は、ただ黙って礼庵が笑いを押さえるのを待つしかなかった。
やがて、礼庵はなんとか落ち着き、総司の目をしっかりと見て言った。
礼庵「この私が、遊女を身請けですか…。残念ながら、私はそんなことができるような身分ではありません。」
総司「いや…身分などは関係ないのでは…」
礼庵は首を振った。そして「私は所詮、貧乏医者です。」と言った。
礼庵「しかし…あの人を身請けできるなら…してさしあげたいけれど…」
礼庵がとたんに表情を固くして呟いた。
総司「…え?」
礼庵「東さんがおっしゃっている、私と仲睦まじい遊女というのは、美輝さんですよ。」
総司は驚いた。
総司「!!…ああ!…あなたが助けたという…」
礼庵「何をおっしゃいます。先に助けたのはあなたの方ではありませんか。」
総司「…???」
礼庵「浪人にからまれたところを助けてもらったとおっしゃっていましたよ。」
総司「あ…」
総司は思い出して「そう言えば…」と呟いた。
総司「…そうか…美輝殿のことでしたか…」
礼庵「かなり高い熱を出しているのに、外で客寄せをさせられて倒れたんです。その時、たまたま私が通りがかっただけなんですが…医者として、ほっとけなかった…。」
総司「…あなたは、その日から、ずっとそこへ通ってらっしゃるのですか?」
礼庵「まさか!」
礼庵はかぶりを振り、「そんなことできませんよ。」と言って笑った。
礼庵「あの日は東さんから「友人を島原へ連れて行くので一緒に…」と誘いがあったので、それならと、美輝さんの遊郭を紹介したのです。…そして東さん達を案内した後、私はすぐに帰るつもりだったのですが…」
礼庵がそう言ってから、頭を掻いた。
礼庵「…美輝さんを見たとたん、帰りづらくなって…朝方まで酒につきあってもらいました。」
総司「……」
総司はなんと言えばいいのかわからない。相手が男であれば「本当に酒だけか」と冗談でつっこむこともできるが…相手が相手だけに…。
総司が黙り込んでいると、礼庵は天井を仰ぎ、考える風を見せた。
礼庵「…身請けか…考えなかったなぁ…。」
真剣に考え込んでいる礼庵に、総司はまだ何も言葉を発せられない。




