第46話
一週間後 天見屋-
総司と中條は天見屋の女将から、半ば強引に呼び出された。
中條「…いったい何でしょう?…それも僕まで…いいのでしょうか?」
総司「もちろん。…本当は君だけでもよかったのだと思いますよ。」
中條「え?そ、そんなことは…。」
総司「いけばわかります。」
天見屋に二人がついたとき、女将が一人の男と何か言い争っていた。
総司と中條は顔を見合わせてあわてて駆け寄ろうと走った。
女将「あんたはんには、恨みはありまへんけどな。昨日から何度も言ってますけど、お宅のお座敷は受けまへん!訳はご主人に聞いておくれやす!」
総司はその女将の言葉で何か気づいたらしく、途中で中條を引き止めた。
中條「?…沖田先生?」
総司「あれは、秋吉の用人です。女将に断られてるんですよ。」
中條「!?」
男はしまいに女将に塩を蒔かれて、渋々帰って行った。
総司「覚えておいてください。天見屋を敵に回したら怖い。…土方さんといい勝負ですよ。」
総司がくすくすと笑いながら、中條に言った。
中條はやっと「相手が悪かった」という総司の言葉が理解できた。
中條(でも、沖田先生を怒らせたら、本当に怖いこともわかりました…)
中條は、秋吉の跡取りに金の包みを投げつけた時の、総司の表情を思い出していた。
二人が女将に近づいていくと、気づいた女将が塩壷をあわてて後ろ手に隠し、愛想笑いをした。
女将「いやぁー!お越しやすー!」
総司「女将さん、相変わらず威勢がいいですね。」
女将「いや…見てはったん?…恥ずかしわ。」
女将は塩壷を背にしたまま、二人を座敷に案内した。
……
小部屋に案内された二人は、それぞれ用意された膳の前に座った。
しかし、中條が気になったのは、総司と膳が横に並べられていることだった。
本当なら、総司が上座になり、中條は下座に座らねばならない。しかし、膳はきっちり横に並べられている。
総司「小さくならなくていい。…ほら、足も楽にして。」
中條「はぁ…」
中條はますます背中を丸くしてしまった。
その時、女将が酒を持ってきた。
女将「ようお越しやす。今夜はごゆっくりどうぞ。」
総司「ありがとう。…ねぇ、女将さん。…中條君が呼ばれた理由がわからないと言うんだ。」
総司が笑いながら、中條を指して言った。
女将「まぁ!なんて謙虚なお方ですやろ!…中條はんのおかげで、あやめは恥かかずにいられたんどす。今日は、あやめからの礼どす。どうぞ遠慮なく飲んでおくれやす。」
中條「…はぁ…」
「お邪魔いたしますー」
声とともに、ふすまが開いた。そこには一人の正装した舞妓が手をついて頭をさげていた。
総司と中條は、まさか…と思った。こんなに早く舞妓が座敷に出られるわけはないと…。
しかし、舞妓が顔を上げたとき、思わず二人は舞妓の名前を呼んでいた。
総司「あやめ…」
中條「あやめさん!」
舞妓「いややわ。まるで幽霊でも見るような目つきやおへんか。」
舞妓はそう言いながら、三つ指をついて中へ入りふすまをしめると、再び手をついて頭をさげた。
舞妓「今夜はようお越しやす。お相手させていただきます「あやめ」どす。どうぞよろしゅう。」
総司は、微笑んでうなずいた。
中條は、くずしていた足をあわてて正座に戻し、膳の横に出て、舞妓と同じように手をついて頭を下げた。
とにかく、慣れていないのである。
舞妓「お客はんは、そこまでしなくてよろしおす。頭をあげておくれやす。」
舞妓がそう言うと、中條は頭をあげて顔を赤くした。
総司「これが、中條君のいいところなんだよ。」
総司がそう言って笑った。




