表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/101

第44話

先斗町ぽんとちょう


四条では、舞妓が襲われたことがもう知れ渡っていた。

どうも、かご屋が触れ回ったらしい。

そして、舞妓達の間では、あやめを襲ったのが「秋吉」の跡取りだということがばれていた。

というのは、あやめは「秋吉」の跡取りが開いた宴に出ていたのである。そして、その宴の間、ずっと跡取りは、一緒にいた舞妓があきれるほど、あやめに言い寄っていたという。

そして宴が終わると、あやめを先斗町まで送ると言って、あやめをひきずるようにして連れて行ってしまったのであった。


その舞妓の噂を聞きつけてか、「秋吉」の老主人と跡取りが綾乃屋へ現れた。

女将は憮然とした顔で、二人を客間に入れた。


老主人「…このたびは…ほんま、うちの息子がえらいことをしてしもて…」


女将はただ黙っている。


老主人「謝っても済むことじゃないとはわかっております。…どうか、これで許しておくれやす。」


老主人は、金の包みを女将の前に差し出した。


女将「こんなんもろても、うちの子の気はすみまへん。…無理やり乱暴されて、商売道具の顔傷つけられて…。もう身も心もずたずたどすわ。」

老主人「これで足りんかったら…」


そう言って老主人は、また包みを出した。


老主人「たのんます…どうか、これでこのことは他言しないでおくれやす。このことが堅気はんにしれたら、商売なりたちまへんのや。」


女将は、怒りで体が震えた。この主人と息子は、謝罪に来たのではなく口止めに来たのだった。謝罪に来たのならば、金を受け取るつもりだった。が、この主人に言葉で違うことがはっきりとわかった。

うすうすわかっていたことだが、ここまではっきり言われて、女将は怒りのあまり、口を利くこともできない。


女将「…お金もって出て行っておくれやす!…自分の商売のことは自分で処理しなはれ!」


やっとの思いで、そう叫んだ。

が、老主人は「言わないと約束してもらわな帰れまへん」と言って、頑として動かない。

女将と老主人は、にらみ合っていた。その横で、当事者の息子は平然とした顔をしている。この息子はこうやって、いつも親に尻拭いをしてもらうことになれているのだった。


その時、廊下から足音がした。

舞妓ではない。

女将が何事かと腰を浮かせた時、女将の後ろのふすまがいきなり開いた。


女将「!…沖田はん…!」


足音の主は、総司だった。そして、後ろには中條がいた。


総司「女将、すまない。…外から呼んだが、返事がなかったので、勝手に入らせてもらった。」


総司は、老主人の隣にいる跡取りを見据えながら言った。

跡取りは、わけがわからないような表情で、きょとんと総司を見返している。

総司の後ろにいた中條が刀に手を掛けて、二人の前に進み出た。


跡取りは「ひいっ」と悲鳴をあげて、立ち上がろうとしたが、すぐに腰を抜かして動かなくなった。


老主人「なんや…あんたはんら!いきなり入ってきて…」


老主人が、中條に向かって言った。

中條の目が吊上がり、刀の柄を握る手に力を入れた時、総司が中條の前へ進み出て、後ろ手にその手を抑えた。


総司「ここではやめなさい。…部屋が汚れます。」


中條は、ぐっと唇を噛んで後ろに下がった。

それを見て、老主人と跡取りは少しほっとした表情をしたが、その次の瞬間には、金の包みが跡取りの顔に投げつけられていた。金色に光る大判が音を立てて飛び散る。跡取りは、悲鳴をあげて顔を両手で押さえ、うずくまった。


総司「…その金を持ってすぐに出て行け!…二度とあやめの前に姿を現すな。…それが守れなかったら、容赦なく斬る!」


その総司らしくない言葉に、中條は驚いた目で自分の前にいる総司を見ていた。

跡取りの顔に金を投げつけたのも、総司だったのである。

老主人と跡取りは散らばった大判をかき集めると、逃げるようにして、置屋を出て行った。


女将は、しばらく呆然としていた。

が、はっとして、黙って出て行こうとする総司と中條を追いかけた。


女将「待っておくれやす!…ほんま、なんてお礼を言っていいのか…」

総司「…あやめに…ゆっくり養生するように伝えてください。」


総司は、振り向かずに言った。中條も黙っている。


女将「あやめに会ってやっておくれやす。あの子もその方が喜ぶさかい…」

総司「いや、よしておきましょう。…具合がよくなったら、礼庵殿から連絡をいただくことになっています。その時にまた来ます。」


二人はそのまま、綾乃屋を出て行った。

女将は二人の背が見えなくなるまで、ずっと頭を下げていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ