第38話
川辺 桜の木の下-
総司とみさは思ったよりもよく食べた。
重は空っぽになっている。
中條特製の弁当は、心のこもった暖かい弁当であった。
総司「中條君、君はひと口も食べなかったけれど…」
総司がすまなそうにそう言った。
総司は何度も中條に食べるように言ったのだが、中條は食べなかったのである。
中條「僕、味見しすぎておなかいっぱいなんですよ。だから大丈夫です。」
それを聞いてみさが手を口に当てて笑った。総司もつられるように笑った。
みさ「中條のおじちゃん。みさにもお料理教えて。」
みさがそう言うと、中條は片付けながら「僕のは、教えるほどのものじゃないよ」とにこにことして答えた。
中條「今度、婆さんに煮物の味付けを教えてもらいにいくつもりだから、その時に一緒に教えてもらおうよ。」
みさ「うん!」
総司「中條君は、なんにでも研究熱心だね。」
総司がそう笑った。
中條「僕、一番煮物が苦手なんですよ。…旅館では、どのお客さんにも合うように少し濃い目に味をつけるんです。それだと沖田先生のお体にはよくないし、かといって薄いとまずいし…って、礼庵先生に相談したら、婆さんに教えてもらうといいって…。」
総司「え?…私のために…わざわざ?」
中條「あ…。」
中條は少し顔を赤くして、頭を掻きながら言った。
中條「…僕、実は沖田先生のお食事担当なんです。」
総司は驚いた。
総司「じゃぁ…今まで私はずっと君の手料理を食べていたのかい?」
中條「そう…ですね。手料理といわれると恥ずかしいですが…。」
中條が大きな体を小さくして言った。
総司は少し胸が痛んだ。
そうとは知らなかったので、いつも食欲がないと言って残していたのである。
総司「…申し訳なかったね…。いつも残してしまって…。」
中條「あ、いえ!毎日じゃないんです。務めが忙しい時などは作れませんし。…でも、嬉しいのは…僕が作った時の方が残す量が少ないんです。最近は残したものを見て、先生の具合がわかるようにもなりました。だから、いいんです。」
みさ「中條のおじちゃんもお医者さまみたい。」
みさが言った。
総司は目頭が熱くなるのを感じた。
総司(最近、何か涙もろくなっているな。…体が弱っている証拠だ…)
総司が思わず目をこすると、みさがふとその総司の顔を見上げた。
総司「…あ、埃が目に入ったんだよ。」
総司は思わずそうみさに言った。みさは驚いて、立ち上がった。
みさ「みさにお目目見せて!取って上げる!」
総司「え?あ、いや…もう取れたよ、大丈夫。」
総司があわててそう言った。
中條「だめですよ。先生、お医者様の言うことはちゃんと聞かなくちゃ。」
中條がそう言って笑った。
みさは、総司の顔を両手で挟むと「じっとして!」と言って、総司の目を覗き込んだ。もうすっかり医者になったつもりである。
総司は笑いながら、されるがままになっていた。




