第30話
町中から少しはずれた道-
「いやーぁ!門番はんっ!!」
ふと中條の後ろでそんな声がした。まさか自分だと思わない中條は、振り返りもせず屯所への戻り道を歩いていた。
「門番はん!門番はんってば!」
中條は誰だろう…とふと声の方を見た。
すると、どこかで見たことのある若い女性が、自分に駆け寄ってきていた。
中條「あの…僕のことですか?」
中條が不審気にそう言うと、その女性は「へえ」と言って、にっこりと笑った。
「うち、「あやめ」言います。先斗町の舞妓どす。」
中條はあっ!と声をあげた。前に屯所前で、沖田におはぎを渡していた女性だと悟った。
中條「舞妓さんでしたか。」
中條は驚いた目で女性を見た。前に会った時も、今も普段着なのでそうとは気づかなかったのである。
舞妓「へえ、よろしゅうたのんます。」
中條「は、はあ…」
たのんます…と言われても…と中條は返答に困った。
舞妓「沖田はん、お元気どすか?」
中條「はい。このところ調子がいいようですよ。でも…」
舞妓「でも…なんどすか?」
中條「…想い人さんのことご存知でしたね。…あの頃からすると…やはりお元気がないような…」
舞妓「…そうどすか…ほんま…気の毒な話どすな。」
舞妓が少し沈んだ表情で言った。
舞妓「沖田はんは…今も想い人はんのことを思ってはるんやろか。」
中條「…え…?」
舞妓「うちな…沖田はん…好きになってしもたんどす。想い人はんのこと好きなままでいいから、うちのことも気にかけて欲しい…思て…」
中條「それは…」
中條はそこで口篭もった。無理だと言いそうになったが、それを言ってしまうのは酷なような気がしたからである。
舞妓「…やっぱり、無理な話どすな…。」
舞妓は微笑んで、中條を見た。
中條は困ってただ黙って舞妓を見ていた。
やがて舞妓の目から涙が零れ落ちた。
舞妓「門番はん…すんまへん。胸かしておくれやす」
中條「…え?…」
舞妓は中條が答える間もなく、中條の胸へしがみついてきた。そして、必死に嗚咽を堪えるようにして泣いた。
中條「…あやめさん…」
中條は黙って、舞妓が泣きやむまでされるがままになっていた。
…やがて、舞妓が中條の胸から離れて、涙を指でぬぐった。
舞妓「おおきに、門番はん…。少し気がおさまりましたわ…。いつでも御茶屋に遊びに来ておくれやす。ほな…。」
舞妓はそのまま踵を返して、走り去ってしまった。
中條「……」
中條はしばらく立ち尽くしていたが、はっと気づいた。
中條「!!門限っ!!!」
中條はあわてて屯所へ向かって走り出した。




