第29話
京の町中-
礼庵は往診を終え、診療所に向かって歩いていた。
すると、遠く先に総司の後姿が見えた。
礼庵「…!…総司殿…!」
とっさに礼庵は声をあげたが、人通りが激しいため、総司に届かない。
礼庵は、薬箱を持ち直すと、総司の背に向かって走った。
…が、人にさえぎられて、なかなか近くにいけない。
礼庵は総司に近づけないまま、やがて姿を見失ってしまった。
礼庵「…ここらへんで、道をまがったような…?」
礼庵は角の先を覗き込んだ。するとわずかながら、総司の後姿がちらりと目に入った。
礼庵「…暇な人間だな…私も…」
礼庵はそう苦笑して、そちらへと走った。
が、やはり、人にさえぎられて、なかなか追いつけない。
礼庵は、再び総司を見失った。
……
礼庵は、息を切らしてあたりを見渡した。
礼庵「確かこっちに来たんだけどなぁ…」
礼庵は半分意地にも似た気持ちで、総司を探していた。
総司はこのところ、診療所へ来ていない。
そのため、総司の体の具合を見ることができなかった。また礼庵も、たちの悪い風邪がはやっているために患者が多く、なかなか屯所へ行く時間が取れないでいたのだった。
礼庵「行くとしたら…こちらの道しかないかな…」
礼庵は、細い筋に入っていった。しばらくして、筋が途切れ、目の前が開けた。
礼庵「…!…」
礼庵は別世界に飛び込んだような、錯覚を覚えた。
先ほどの人ごみの中とは違う、静かな雰囲気が漂っていた。ふと右を向くと、遠く川が流れている。
礼庵「…?…堀川かな…?…しかし、こんなところあったかな…?」
礼庵は川へ向かって歩いた。
そして川に到達して、はっとした。
川の向こう側に、総司がこちらに背を向けて立っていた。その総司の前には、紅梅があった。
礼庵「…なんて見事な…」
礼庵は思わずそう呟いていた。梅の花は総司を優しく見下ろすように立っていた。そして誇るように、美しい花をこぼれんばかりにつけている。
礼庵「…もしかすると…ここは…」
礼庵は、ここが想い人と総司だけの秘密の場所であることを悟った。
礼庵「…ならば…私が立ち入ってはならないな…」
そう呟いて、礼庵はそっとその場を離れた。
町中の喧騒に戻っても、総司の寂しそうな後姿がいつまでも礼庵の脳裏から離れなかった。




