第26話 最強の出現
襲撃はすぐに始まった。ロイとサラが出て行った瞬間に、まるでそれを見計らったかのように騎士団がフィニスの村に襲い掛かってたのだ。
まず最初に、土壁が村の周囲に張り巡らされると村人たちはロイの仕業かと思った。だが、すぐに飛び込んできた騎士たちによってその考えは払拭された。彼らはすぐさま、近くにいた者たちを捕まえ始めた。
意味も分からず、会話も通じず、狩人たちの抵抗は歴戦の騎士たちには通じない。彼女たちは村の中心にある教会の中に逃げ込むと、持久戦へと持ち込んだ。
ロイがいる。
彼が戻ってくれば、この状況をどうにかしてくれると口に出さないでも皆がその認識を抱えていた。
騎士団にかかれば、教会を落とすことなど造作もないことだろう。だが、騎士団はそうはせず、逃げ遅れた者たちを捉えると枷をはめてまるで罪人のように教会の前にぞろぞろと並べた。
「……趣味が悪い」
教会の隠し窓から覗きながら、ラケルがそう言った。
「制圧。完了しました」
カインの忠実なる騎士たちはそう言って、捕まえた村人を地面に投げた。
「……っ」
鈍い痛みに女性が呻く。頭を打ったのか、だらりと血液が垂れていく。それは服に染みるとゆっくりと染みを広げていった。
「一瞬だったな」
「はい。魔法使いがいると思ったのですが、杞憂でしたね」
「一番警戒すべきはロイだ」
カインは教会を見ながらそう言った。
「アイツだけがこの村で脅威となる。準備は出来ているな」
「はい。既に3重に異相空間を展開しています。こちら側から解除しない限り、出られないかと」
「注意しろ。少なくとも、俺並みだと思え」
「はっ」
部下は敬礼を返すと、そのまま立ち去った。ロイが万が一返ってきた場合を考えて、自分の持ち場に返ってきたのだ。彼らの計画通りに行けば、彼は今頃、無関係の人喰らいを追いかけて数十キロ離れた場所にいるはずである。
人の足でそれを踏破して戻って来れるはずがない、という意識は彼らの中には無い。何よりもカインが一番警戒しているのだ。部下にその警戒が伝わるのは当然とも言えた。
「子供たちを連れてこい。ここで仕上げるぞ」
「はい」
もう一人いた部下にそう告げると、彼女は猿ぐつわをつけられ手足を拘束された子供を1人連れてきた。その額には当然のように角が生えている。
騎士はその子供を見せつける様に教会に向かって持ち上げた。
「やれ」
「はい」
カインの短い命令。それを聞いた騎士は、子供の右手を斬り落とした。
「――――――――!!!!」
少年の言葉にならない叫びが漏れる。右手を斬られた少年の角がじわりじわりと濁っていく。水晶のように美しかった角が濁っていく。
「ダズを離してッ!!!」
バッ、と教会から飛び出したのは少年の母親だった。ロイに助けを求めたあの母親だった。彼女にとってダズは彼女が愛した人の忘れ形見であり、自分のたった1人の家族だった。こんなところで、見殺しに出来るはずがなかった。
しかし、飛び出すと同時に左右にいた騎士たちは彼女の両足を斬り落とした。
大きく前方に倒れ込むと、上手く受け身を取れずに彼女は地面に叩きつけられた。そのまま一回バウンドすると、カインの元に倒れ込む。
「かえ、して……」
ダズは自分の母親の足が無くなったことで激しく身体を暴れさせた。何とか騎士の拘束を解こうとしたが、子供の力で騎士の力を振りほどけるわけがない。腕の痛みと身体の痛みで大きく叫んだ。
だが、それすらも言葉にはならない。
「もう片方もやれ」
カインの命令でダズの左手が斬り落とされた。少年の小さな手が2つ、地面におちて血がその上から彩った。
「かえしてよ」
そう言った母親は、しかしその顔を蹴り飛ばされた。少年の角が濁っていく。母親の角も濁っていく。
「やめろぉッ!!!」
そう言って教会の窓を突き破って現れたのはアイリだった。彼女は真正面から、ただまっすぐカインの顔を殴りつけようと飛び出した。その両脇から、アイリの足を斬り落とそうと飛び出した騎士は、真後ろから放たれた炎の矢に貫かれて、動きを止めた。
「走って! アイリ!!」
その後ろにはラケルが控える。止める。絶対にここで彼らの凶行をとめなければいけない。どうして自分たちが狙われたのかの理由は分からない。どうして彼らの身体が傷つけられなければいけなかったのかも分からない。
だが、ここで止めなければっ!
「弱い魔法だ」
カインは飛び込んできたアイリの拳を1歩左に動いて避けた。アイリもそれは当然知っている。当たるはずがないと分かっている。だから、次の蹴りへと身体を動かした瞬間、目に入ってきたのはカインの足で。
ヒュゴ!!!
大気の裂ける音と共に、アイリの身体が地面に水平に飛んだ。彼女はそのまま民家の壁に叩きつけられるとレンガを破って、吹き飛んだ。
「アイリッ!!」
カインに向かってラケルが『ファイア・アロー』を5発撃った。ヒュバッ!! 生半可な鎧では紙ほども役に立たない攻撃魔法は、しかしカインの手前数mという所でかき消される。
「加勢するわ!」
他の狩人たちが同じように、弓矢をカインに引き絞るがどれもこれも彼の手前で落ちてしまう。
「ライネ! アイリをお願い! メルは援護を!」
「ちょっとラケル!?」
届かないのなら、近づいてしまえばいい。そう考えたラケルはカインに向かって走って近づく。
久しぶりに剣を抜く。狩人として剣を抜くのはとても久しぶりだった。そして、まっすぐ走る。後ろでさっきの騎士が起き上がった。そこにメルが『ファイア』を撃ち込んだ。カインはただこちらを見ている。
やるしかない。狩人がやるしかない。
「はぁッ!」
カインを斬るべく、1歩2歩踏み込んで――腹に鈍痛が走った。衝撃で身体の動きが一瞬で止まった。
「ラケル!!」
後ろから声が聞こえる。それすらも遠く、鈍って聞こえた。ゆっくりと視界を下に下げた。いつ抜いたか分からないままに、カインの剣がラケルの腹に刺さっていた。
「肝臓を刺した」
「な、にを……」
カインは素早く剣を抜くと、ラケルの腹から血があふれ出す。ぬるぬると滑る血を身体に抑えこもうと、ラケルは自分の腹部を抑えた。嫌に生温かい。じくじくと腹の痛みがラケルに危機を告げる。
「なん、のために」
「それを説明する必要はあるか?」
カインの冷たい声にラケルは叫んだ。
「うわああああああああああッ!!!」
彼女はそう言って、許容量を遥かに超える魔力を持って魔法を発動させた。自爆。それは彼女の取れる最終手段。だが、いつまでたっても何も起きない。
「どうして、何も対処していないと思う?」
「……なん、で。……なんでよ」
ラケルはそう言ってしりもちをついた。
「ろ、ロイが来るわ。絶対に、ここに」
彼女は喘ぐようにそう言った。
「ロイはつ、強いから、アンタ達なんて、すぐにやられるわ」
「ロイは来ない」
「来るわ」
「来ない。アイツがいるのはこことは別の空間だ。ここに来るのは、全てが終わった後だ」
「嘘よ!」
ラケルは叫んだ。それしか彼女に出来ることは無かった。
「嘘よ! ロイは来るわ! 絶対に!!」
「殺せ」
カインは一言命じた。
「い、良いんですか!?」
周りの騎士たちが驚いたように声を上げる。
「構わない。殺せ」
「殺させないっ!!」
その瞬間飛び出て来たのは血だらけになったアイリだった。どこかに身を隠していたのだろう。彼女は飛び出すと同時に、剣でカインを斬った。
驚くほどに綺麗な一振りを、カインはしかし右手の籠手で受け止めた。そして、刃を握りしめて剣を折った。
「無駄だ」
そして、二連撃。直後、流れるようにアイリの腕を掴むと腹部に一撃。そして叩きつけて背中に蹴りを叩き込むと、ミシッ! と異音を上げてアイリの背骨が折られた。
「どうして、こんなにひどい事をするの」
アイリの顔が苦悶に染まった。ラケルはかすんでいく意識の中、そう尋ねた。
「…………」
「どうして!」
カインは何も言わない。ただ黙り込んでいる。そして、近くにいた騎士に指示を出した。
「あ、貴方は『聖騎士』なのにっ!」
騎士は剣を振り上げた。その時、ラケルは産まれて初めて走馬灯を見た。
幼いころに父がいた。幼いころに母がいた。その中で自分は笑っていた。とても暖かくて、ずっとそれが続いて欲しくて。しかし、それは『魔神』に奪われた。
「いやだ!」
剣が振り下ろされる。
ただひたすらに勇者に憧れた過去があった。
両親を奪った『魔神』がただひたすらに憎かった。
何度も何度も死んでほしいと願った。何度も何度も殺すことを想像した。
「死にたくないっ」
涙があふれた。
意味もなく死ぬ。自分はこの16年なんのために生きてきたのか。何もなせずにここで死ぬのか。何も分からず死ぬのか。
視界が滲んだ。剣はまっすぐ振り下ろされる。ラケルは目を見開いて、それを見た。最後に出来る抵抗は、それしか無かった。ただ、騎士を睨みつけることしか出来なかった。
そして、視界は白に染まった。
「やるじゃないか」
誰の声だろうか。
どこか懐かしい、暖かみのある声だった。
「お父さん?」
とても優しい声だった。だから、ラケルはそう言った。
自分は死んだんだ。死んだから、父に会えるのだろうか。
「はは、そう言われたのは初めてだな」
誰も、何も言えなかった。
そこに居る存在は、何よりも圧倒的だった。
だから、誰も動けなかった。
「う、そだ。嘘だ、嘘だ嘘だ……」
誰かが狂ったようにそう言った。
そこに居たのは曇りなき白に身を包んだ少年だった。豊かな銀髪が風に乗って揺れた。ただひたすらに、穏やかな笑みを浮かべて少年はそこに立っていた。
曇りなき白は、正義の色。
腕を斬られたダズも、その母も、ラケルも、アイリも、騎士たちも、村人も、長老も、そしてカインでさえもあっけにとられた。
「んだよ。せっかく久しぶりに正装で来たってのに」
少年はくすぐったそうにそう言って、
「ゆ…………勇……………者…………………」
「元な」
腕を振るう。それで、全てが治っていく。
「勇者ノア!!!」
カインが狂ったようにそう叫んだ。
「ロイだよ。その名は捨てたんだ」
彼は何よりもまっすぐそう言った。
「遅れて悪かったな」




