第25話 最強の陽動
「どこにもいないって……。森の中には居ないってこと!?」
レーダーで森の中を探したのだろうということは、ラケルにもアイリにもすぐに理解出来た。
「ああ。そうだ……。半径10km以内を探したけど、どこにも子供たちの姿がない」
「じゃ、じゃあどこに行ったって言うのよ!」
「分からん」
「そ、そんなこと……」
ラケルは震えながらロイの服を掴む。
「あ、アンタが見つけられないと誰が見つけられるのよ……!」
「……手がかりがいる。子供たちの手がかりが」
いつにもまして険しい顔でロイはそう言った。
ロイたちは急いで、子供たちの親――子供の手がかりを持っている者なら誰でも良い――を見つけると子供が日常的に身に着けていた服を借りた。母親はロイを見ると半狂乱になって、助けを求めてきた。
その親をアイリに宥めてもらいながら、ロイは服を手に取るとその服についた痕跡、子供たちの魔力波長を読み取っていく。
「そ、そんなことをして子供たちの居場所が分かるの?」
「手がかりになる」
「どういうこと?」
「……ここから先はサラとやる。ラケル、悪いが呼んできてくれないか」
「え、ええ……」
いつにもましてロイの表情が真剣なソレなので、ラケルは小走りでサラを呼びに行った。ロイは再び手元に魔力を集めると、放出。先ほどとは比べ物にならない出力で半径30km以内の物を把握していく。
「……ああ。クソ、そういうことか」
ロイは悪態をつくと、服を母親に返した。
「ね、ねえ。ロイ。帰ってくるのよね? ダズは、無事に帰ってくるよね!?」
「ああ。無事に連れて帰ってくる。安心して待ってろ」
「お兄様! ご無事でしたか!? ドラゴンは!!?」
その時、ラケルがサラを連れて戻ってきた。
「倒した。次は子供たちを助けに行くぞ」
「助けに……?」
ラケルの疑問は、しかしロイに返答されず。
「往くのですね!?」
「ああ、往くぞ」
サラはロイに向かって手を差し出すと同時に、ロイはその手をしっかり握りしめると跳躍。ズドッ!!! 砲弾じみた音と共に2人は村から飛んでいく。2人の身体に急激にかかったGは、しかし歯を食いしばって耐える。
「何があったのですか、お兄様」
「……人喰らいが出た」
「本当ですか? こんな場所に?」
「いや、その形跡があっただけだ」
人喰らい。それは『“無垢”の魔王』が生み出した意識無き兵器。素材は人の死体から作られており、精神的に弱い者――子供や、高齢者、白痴の者――などを呼び寄せる“唄”を唄っておびき寄せるとそのまま捕食する。
食べられた人たちは高濃度の魔力へと形質変化させられ、魔物たちの糧になる。『魔神戦役』初期に猛威を振るった化け物だった。
「で、ですが今の今まで私たちはフィニスの村で暮らしていました。気が付かないなんてことがあるでしょうか?」
「……『感覚麻痺の香』」
「え?」
「『魔寄せの香』、『感覚麻痺の香』。それだけじゃない。ドラゴンの急な生息圏の移動だってそうだ。この村を意図的に壊そうとする連中がいる」
「……め、メリットが無いですよ! 最果ての小さな村を壊して何の得があるんですか!」
「王国のやってきた悪意を隠せる」
「……それは?」
ロイの足が地面を蹴るとさらに加速。身体の前方5m前に魔力で作った円錐状の盾が周囲の木々を貫通すると、2人の進行をさらに速めた。
「とにかく急ぐぞ。今ならまだ間に合う。人喰らいは人を魔力に変換するまでおおよそ3日。72時間かかる。今日の昼ごろに喰われたとしても、まだ手か足の先が変換されているくらいだろう。それくらいなら治癒魔法で治せる」
「はい」
ロイは目的地付近で身体を急制動。慣性の力を利用して、自分の身体を停止させると僅か数分という短時間で30km移動したとは思えないまま、すぐに索敵に入った。だが、そこにあったのは。
「お兄様、あれは人喰らいの皮では?」
「……本当だ。よく見つけたな」
こういう時でも妹を褒めるのを辞めない。ロイはサラの頭を優しくなでると、木にこすりつけられていた人喰らいの皮を手に取る。
……まだ新しい。
新しいと言っても、この木にこすりつけられてからは数時間ほど経っている。人喰らいはその巨体ゆえに移動が遅い。まだこの先にいる可能性がある。次にロイは自身の前方に範囲を絞ると、魔力を放出。
向きを絞っただけあって、距離が伸びたレーダーは50km先まで感知できる。
「見つけたぞ」
「行きましょう」
すぐにサラを抱きかかえて、ロイは跳躍。48km先にいた人喰らいに向かって飛んでいく。
「……それにしても離れすぎじゃないですか?」
「人喰らいがか?」
「はい。だって人喰らいの目的は人を食べること。まだフィニスの村には多くの人が残っています。それにしてはやけに遠い。まるで何かに逃げてるみたいじゃないですか」
「……必要量を手にしたからかもしれない」
「え?」
「例えば、竜とか……考えたくはないが『魔王』が生きていた場合にその活動量となる必要な分のエネルギーは子供たちだけで足りるから急いで帰っている……とか」
「でも、子供たちと行っても10人にもならないんですよ? ドラゴンとか、それこそ『魔王』だったらもっといるんじゃないですか?」
「……角があるからな」
「角? 有角族の身体から生えてる角ですか?」
「ああ。あれはこの世界でも有数の魔力触媒になるし、魔力へと変換したときの変換エネルギーも素晴らしい」
「そ、そうなんですか?」
「ああ。ほぼ理論値通りの数字が出るんだ。ダレンが昔そう言っていた」
「ダレン? その方は……」
ラケルの父親じゃないのか。そう言おうとした瞬間、目の前に7mほどある巨体がゆっくりと、それでも当人にとっては最大速度で西の彼方に向かっていく姿が見えた。
見た目は大きな球体だった。だが、そこからは人間の足や手が無尽蔵に生えており、身体のいたるところについている目がぎょろぎょろと周囲を見ている。とってつけたようにある巨大な口は、まるで人の作り物のようで。
「サラ、拘束魔法を」
「はいッ!」
サラは手を組み合わせて、祈りをささげる。その瞬間、空中に出現した巨大な金属製の杭は人喰らいの手足に突き刺さると地面に固定する。刹那、ロイは空中に手を差し出すと世界が捻じられる。
大気の形質変化。
手元に生み出された剣を右手で構えると、走りながら一閃。『魔神戦役』で腐るほど繰り返してきた動作だ。決して見誤ることなく、人喰らいの胃袋の表面まで断つ。身体が両断された人喰らいは絶命。だが、そこには……。
「お、お兄様! 子供たちが居ません」
「……嵌められた」
ロイはそのまま身体を反転。今来た道を全速力で戻る。
「嵌めやがったなあの野郎!」
サラの手を取ると、彼女の身体が耐えきれるギリギリの速度で今来た道を戻っていく。しかし道中は80km近くある。
「クソ! クソクソクソ!!!!」
ロイは届かぬ悪態を何度もつく。
「これは最初から俺たちの陽動が狙いだったんだ! 子供たちを拉致ったのは騎士団。その目的は、フィニスの村!!!」
「な、何でそんなことが……」
ロイは足を止めることなく走り続ける。その先にあるものを知っているから。
「西方戦線って知ってるか」
「い、いえ。不勉強で申し訳ありません」
「『魔神』を失った魔物の軍勢はここから北に230km上がったところで王国に攻め込もうと戦ってんだ」
「それが、どうかしたのですか?」
「それを抑えているのがイズ――『賢者』だ! 一向に状況が改善しない中、王国はダレン博士の遺産に手を付けに来たんだ! チクショウ! カインが来た時点で気が付くべきだった! スローライフだとかふざけたこと言っている場合じゃなかったんだッ!!」
サラは産まれて初めて見るかも知れない兄の血相を抱えた顔を見て、背筋が凍るのを感じた。
「ああ、クソ! 間に合ってくれ!!」
ロイはさらに加速。サラは喋ることすらできなくなって歯を食いしばった。そうして、どれだけの時間が経っただろう。
走って戻ってきた2人を出迎えたのは、
「こ、これは……」
サラは目の前の光景に息を飲んだ。その光景をあり得ないものだと一蹴してしまいたかった。
「な、なんで村が無いんですか!?」
フィニスの村があった場所には1つとして、人工物が残されていなかった。




