第23話 最強と竜
「全員、静かに引け」
ロイは手で制するようにラケル達を後ろに向かわせると、その場から離れるように指示。目の前にそびえたっていた大地が蠢き始める。
腐臭、巨体。間違いなく目の前にいるのは『屍の竜』だ。
「来た道を全力で戻れ! 振り返るなッ!!」
不死系の魔物はみな夜行性。太陽が出ている間は眠っているという前提で動いていたが、どうやら目の前の『屍の竜』は違うようだ。
「エルス! ラケルとアイリを安全圏まで避難させろ!」
後学のために連れてきたが、ドラゴンが起きているのなら話は変わってくる。ドラゴンは別に危なくない。ロイがこの場で戦うことが危ないのだ。
「は、はい!」
エルスはすぐに頷く。アイリとラケルはすぐに来た道を戻るとエルスが殿を務めて撤退開始。その間も『屍の竜』は動きつづけ身体をゆっくりと起こし始めた。
ロイは手元に魔力を集めると、光へと形質変化。そのまま上に打ち上げる。高さ25m地点で光は爆発的に拡大すると、周囲の闇を駆逐して森の中を明るく染める。
『WOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!!』
『屍の竜』の叫びが周囲を叩きのめす。完全に目を覚ましたようだ。
『屍の竜』は身体を起こすと周囲をぐるりと視察。体長は200mはあるだろうか。巨大な骨には死肉がまとわりつき、異常な臭いを発している。それだけではない。
『屍の竜』を支えている骨、竜骨とも言われるドラゴンの骨には無数の呪いが這っていた。あれが『魔神』の呪いだろうか。だとしたら、ここで『屍の竜』は倒せないということになる。
『魔神』の呪いは日光以外に祓う方法がないほどの濃い呪い。こんな森の中で散らしてしまえば、数百年にわたってこの地は呪われてしまうだろう。だが、『屍の竜』を太陽の下に晒すのは困難を極める。
だからこそ、ロイは笑った。
やりがいがあるじゃないか。
『LUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!』
『屍の竜』の虚ろな眼窩がロイを捉える。その瞬間、突進。おおよそ巨体を支えているとは思えない細い骨が地面を蹴ってロイに突撃してきた。
それをふわりと回避すると、『屍の竜』は『天蓋の森』を支えている木に激突。40mの高さを誇る木が一瞬にして砕け、『屍の竜』に向かって倒れてくる。
それだけではない。木が倒れたことによって『天蓋の森』に穴が出来、そこから日光が差し込んでくる。
それを嫌がって『屍の竜』は飛び上がると、羽を羽ばたかせて距離を取る。
「逃がすかよ」
ロイは地面を蹴ると砲弾のような速度で『屍の竜』に激突。長い首の骨に拳を叩きこむ。死なないように調整を加えた一撃で、『屍の竜』の頸椎に大きくヒビが入る。
ロイの思わぬ反撃に『屍の竜』は身体をひるませると、地面に激突。さらに追い打ちをかけるようにロイは空中で枝を一本折ると魔力を集めて形質変化。手には一本の剣が生まれるとそのまま落下。
『屍の竜』の右足を斬り落とした。
『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』
悲痛な叫びが森の中に響き渡る。だが、まだだ。まだ足りない。
「悪いね」
それは誰に対しての謝罪だったのだろう。ロイの滑る様な剣が、右の翼を斬り落とした。
『LUAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!』
狂ったように頭を何度も地面に叩きつけて、『屍の竜』は身体を起こす。だが、足りないその脚では竜の巨体は支えられない。身体を崩すと、地面に倒れ込んだ。
「君が竜であることが」
ロイの剣が左の足を斬り落とした。
「命を奪う、理由になるんだ」
竜。それは1つの伝説だったはずだ。人族を殺し、潰し、恐怖の底に叩き落としてきた生き物だったはずだ。それがただ、一方的にやられていた。
それはまるで子供が捕まえた虫で遊ぶかのように。1つ、1つと身体がもがれていく。そこに、弱者の介入する余地は無い。ただ、強者だけが支配した戦場がそうであったかのように。この場で戦えるのは強者だけだった。
『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!』
『屍の竜』は莫大な魔力を身体に纏った。
「……ん」
異変に気が付いたロイが地面を蹴る。『屍の竜』の首は大きく持ちあがるとロイから遠く離れつつあったラケルたちに首の先が向けられた。
覇息、というものがある。
それは竜が持ちうる魔法であり、人族には到底及びもつかない尋常の理から外れた神秘である。『屍の竜』が持ちうるのは“腐罪の覇息”。触れた物が何であれ、たちどころに腐らせてしまう悪魔の一撃。
それを、放った。
「クソっ!!」
『屍の竜』はいつの段階かロイに対する戦意を失っていた。だが、一矢報いることは忘れていなかった。
竜の覇息は、まっすぐ直進すると木に直撃。触れた瞬間に巨大な木は腐食して倒壊。そして、それが3人に直撃する瞬間、ロイが身体を間に挟み込んだ。
「ロイッ!?」
ラケルが驚いた声を上げる。幹ですら数mあった巨木が一瞬で倒壊するのだ。人の身でそれを喰らって耐えられるはずが無い。
……はずがない?
ラケルは自分の思い込みに思わず笑ってしまいそうになった。はずがない、ということを何度彼は覆してきたのだ。何度彼は撃ち破って来たのだ。
「早く逃げろよ」
ロイはそう言って、笑った。
よく見ると、ロイの身体の数メートル手前地点で“腐罪の覇息”は大きく逸らされているのだ。
「な、にを……」
「高度防御魔術だ。まあ、今度教えてやるよ」
『魔神戦役』。そこで竜は『魔王』が繰り出す雑兵に過ぎなかった。『魔帝』が吐き出す息より弱かった。『魔神』が存在するという圧よりも弱かった。
その最前線で誰よりも戦ってきた男が、
「『回れ』」
負けるはずが無い。“腐罪の覇息”は途中で捻じれてぐるりと回ると、そのままどんどん絞られて、途中で折れた。
『屍の竜』はその瞬間に、己の敗北を理解した。
ロイは地面を蹴ると、『屍の竜』の尾を掴んだ。
「はぁッ!!」
そのままぐるりと回すと、ハンマー投げのように『屍の竜』を投擲。『天蓋の森』を突き抜けて『屍の竜』が太陽の下に晒される。
だが、何と言うことだろう。
不死系の魔物でありながら『屍の竜』はその姿を保ったのだ。
「ああ、知っているよ」
『屍の竜』の直上には光を歪める偏光レンズが生成。自分の身体に日光が当たらないよう光を屈折させている。
「だから、これで終わりだ」
ロイの手にしていた剣が形質変化。一本の白銀の槍になる。
「さあ、これで死――」
その瞬間、『屍の竜』の首が断たれた。絶命と同時に『魔神』の呪いが爆発。しかし、日光に焼かれて消えて行く。
「おーい、急に飛び出て来てびっくりしたぞー!!」
空中から顔をのぞかせたのはカイン。
「ふざけんな! 良いとこ持ってくんじゃねえよッ!!」
「いや、俺がいるところに投げんなよ!!」
それは竜を倒したもの同士の会話とは思えないほどに暢気なもので。
……俺たちをずっと、見ていたのか…………。
ロイの心に一つの影を残したのだった。




