閑話 高貴なる血統、いまだ街に帰れず。
冒険者パーティ『高貴なる血統』の四人はミミックロックにやられ、生水を飲んで腹を壊した。さらには悪戯妖精には荷物を盗まれ食べ物も無く、フラフラになりながら今も森を彷徨っていた。
そう、彷徨っていたのだ。
…と言うのも彼らの出自は貴族階級、悪い意味で何もした事がなかった。喉が渇けば水が、腹が減れば誰かがパンを持ってきた。それが今、荷物を持たせる者もいない。そう、あの役立たずで出来の悪い奴が…。
何の苦労もせず他人を踏みつけて生きてきた四人だ。ロクに道もない森の中、道案内が無ければとても満足に歩けない。街まで一時間少々あれば帰れる今いる場所…、数日前にキノクとリーンがミミックロックと激闘をしたのがここだ。植生が違うこの森で地球人のキノクですらアブクソムの街からどの辺りにいるかはおおよその位置関係は掴めている。しかし、この世界の住人たる彼らにはそれが分かっていない。そのくらい彼らは物を知らぬまま大人になっていたのだ。体と自意識だけが大きくなっていた。
今回の依頼だって目的地まで尾根伝いに行くような…結局の所は分岐の無い道のりであった。そうでなければとてもあのミミックロックの所ですらたどり着かなかったであろう。
まともな貴族の子弟なら必須と言われるような学問以外にも様々な雑学を学ばせる。さらにはあくまで体験的の為だとしても雑用をさせる事も忘れない。実際に自分で体を動かす事を学ばせるのだ。これには下の者の苦労を知ると共に、どのくらい手間がかかるものなのか知るという意味がある。そして一番大切なのはいざとなれば自分が動くというクセをつけさせるのだ。
なぜなら仮に戦争に敗れた時など自力で逃げなければならない。馬が無ければ走って逃げるしかないのだ。家臣が担いで逃げてくれる訳ではない。いや、仮に命の危険が迫ればそんなお荷物なんて放り出されるかも知れない。戦に敗れ自分の足で動こうともしない輩など守ってやる義理などない。そうなったら喜んで家来はその貴族の首を相手に差し出すだろう。それで自分が助かるならなおの事である。
しかし彼らはそんな事を学んでこなかった。だから今も考慮した上で動くのではなく行き当たりで森を彷徨っていた。
「クソ…。ここは、どこなンだ…」
魔法剣士プルチンが力なく呟いた、ロクに荷物もなく身軽なはずだが彼らの足取りは重い。空腹と体調不良…、それが彼らの足を鈍らせていた。
「知らないわよ。てゆーか、何とかしなさいよ。リーダーなんだから」
大魔道士のウナが応じた。
「拙僧も力が入らぬ…」
巨漢の至高修道士、ハッサムも元気がない。本来ならスタミナもパワーも有り余っているはずである。
「ごめんなさい。なぜか魔法が発動できなくて」
至聖女司祭のマリアントワが一番疲労していた。
「てゆーか、マリアントワ。アンタ、冒険者製応急薬持ってないの?」
「持っていませんわ」
「は?なんで持ってないの?」
「荷物盗まれたのをお忘れ?」
「え、でもあれって作れんじゃないの?」
「作り方、知りませんわよ」
「はぁ?待って、何で?」
「回復魔法があれば要りませんもの」
「あんた、今魔法を使えないじゃない」
「ッ!?そ、それを言うならウナさんもですわ!満足に発動してないんじゃなくて?先程だって…」
実はこの直前、一行は二匹のゴブリンと遭遇していた。しかし、魔法の威力を増幅する短杖を盗まれたウナの攻撃魔法はロクな出力がなく脅しにもならない。マリアントワも前衛の二人に身体能力向上の補助魔法を唱えたが効果が果たしてあったのかよく分からない状態であった。そしてプルチンも鉈を振るって戦ったが全く良い所が無かった。
「なぜだッ、なぜ当たンねえンだよォォ!」
絶叫しながら鉈を振るうが当たりもしない。一番マシだったのは己の肉体を駆使して戦うハッサムであったが、それでもゴブリンを倒しきるには至らなかった。大きな体で腕を振るい声を張り上げて撃退、それが精一杯であった。
「ク、クソが…。ゴブリン追い散らせただけかよ…」
ゴブリンなんて雑魚中の雑魚だと思っていた。あくびをしながら切り捨てた事さえある。倒せないなんて…。
「あ、あの役立たずと同じじゃねえか!」
顔を真っ赤にして怒り狂う。それは他の三人も同様であった。
しかし、彼らは気づいていない。確かにキノクもゴブリンを倒せなかった、それは事実である。だが、それは同じではない。四人は一つ忘れている。キノクは他の四人の荷物を背負ったままゴブリンと戦い、満足に動けない状況で戦っていたのだ。四人は荷物を持っておらず動きを妨げるものがないのに今回倒せなかったのだ。
さらに言えばキノクは商人であり非戦闘職、対して四人は戦闘職である。それで倒せなかったのでは戦闘職の名折れである。ましてや彼らは最高位の職業だ。本来ならもっと強大なモンスターも相手に出来る筈だ。
「あ、あれを見るのだ!」
ハッサムが何かを指差し声を上げた。
「あン?何だってんだよ…」
プルチンは、そしてウナとマリアントワもそちらを見る。
「こ、これは…!あの岩の化け物か…?」
「で、でかい」
それは先日、キノクとリーンが遭遇した巨大ミミックロックの亡骸であった。それが食べ終えて残ったミカンの皮のように放置されている。中身だった魔石と丈夫な布の材料になる繊維質の部分は綺麗になくなっている。キノクによって持ち帰られていたからだ。
「な、何だよ。ゆで卵をスパッとナイフで切ったみたいによう…」
あれだけ硬かったミミックロックの表皮、それが切り裂かれていた。プルチンは思い出していた、自分が必殺の一撃と思って繰り出した魔法を帯びさせた鉈の一撃があの化け物にはまるで効き目が無かった。愛用の大剣はすでに無くしていて不本意ながら鉈なんぞを武器にしなくてはならなかったはといえまるで相手にならなかった。
「この魔法剣士様がよォ…」
鉈は刃はあるが斧のような使い方をする物だ。野蛮なイメージは拭えない、少なくとも洗練された…英雄が持つような剣からは程遠い。そう思うとプルチンはぼやかずにはおれなかった。
「ね、ねえ。思ったんだけどさ…」
ウナが声をかけてくる。
「あン、何だよ?」
「この化け物を倒せた奴、当然いるわよね?」
「そりゃそうだろ。死体がここにあるンだからよ」
「じゃあ、パーティに加えたら良いんじゃない?」
突然の提案だった。
「おお!それは良い考えだ!」
「その通りですわ!」
ハッサムとマリアントワが同意する。
「はあ?何言ってんだ、貴族でもねえどこの馬の骨とも分からん奴を…」
「まあ、待て。ここは思案のしどころぞ」
ハッサムがプルチンの否定の言葉に待ったをかける。
「これだけの魔物を見事に切り裂く腕前ぞ!おそらく正規の剣術を学んでいるのではないか?」
「…何が言いてえンだ?」
「正規の剣術…、それもここまでの腕になるにはかなり長い期間を学ばねばならんだろう。と言う事は金がかかる、学ぶ為にな。貴族の生まれではないか?」
「それなら、このパーティに迎えても良いですわ!」
マリアントワが賛同の意思を述べる。それと言うのもパーティの名前である『高貴なる血統』…、これは貴族の血が流れていると意味が込められている。パーティの一員になる条件、それは貴族階級の出自である事である。
「それにさー、もし貴族の生まれじゃないなら従者でも召使いでも何にでもすりゃ良いじゃん」
ウナがさらに提案した。
「…そうだな」
ぽつり、プルチンが呟いた。
「あの役立たずみてえによォ…。手下がやった事なら俺達の手柄にしちまえば良いンだからよォォ!!」
プルチンはキノクの事を思い出しながら言った。貴族ではないキノクを彼らは都合よく使っていた。仲間と思った事は一度もない。
「よし、そうと決まれば街に戻るぞ!こンだけのモンスターを倒したンだ。でけえ魔石が出るだろう、それを売ってる奴を見つけりゃあ…」
「うむ、そうだな。其奴が凄腕の奴であろう」
「そういう事だ。そうと決まりゃあ街に一刻も早く戻らねえとな!」
四人は顔を見合わせ頷き合った。
…しかし、街に戻れたのは翌日。それも夕方近くになっての事であった。




