第59話 やっかまれても気にしない?
Aランク冒険者への昇格試験が終わり、数日。
俺たちは、平穏そのものの時間を送っていた。
……というより、絶賛暇人になっていた。
ランクの昇格により、箔がついたはずなのに、なぜか依頼が減っていたのだ。
もしかしたら、そういう時期なのかもしれない。困りごとがなく、レンタル冒険者の手がいらない、いわば閑散期。
これといった事件も、起こらなかった。
試験の時に俺を襲った謎の連中も以降は姿を見せていない。
尻尾を切られた形だった。
あの裏路地にいた男どもには、ソフィアを助けに向かっているうちに逃げられていた。
唯一捕まえた女は、牢屋に入れられたそうだが、口を割ってはいないらしい。
不穏なのは、いまだその目的がよくわからないことだ。
今後も、万が一が起こらないとも限らない。
念のため、ソフィアの側についてはいるものの………
「ヨシュアくんが毎日喫茶に誘ってくれるの、嬉しい」
「……で、これはなにをさせられてるんだ?」
「ヨシュアくんの匂いを私の服につけたい……、えっと、ヨシュアくん寒そうだったから上着をかけてみたの。
あったかいでしょ?」
この調子である。
欲望がダダ漏れすぎて恐ろしい。
が、これはこれで平和な証拠なのだろう。
「むしろ暑いんだけど。なんなら汗で蒸れるし……」
「それを狙ってるの。ヨシュアくんの汗、ベッドで嗅ぎたい。……じゃなくて、汗をかくと健康にいいらしいから」
「……ソフィアってほんと」
うん、残念美人。
俺は、すぐに上着を脱いで、問答無用で差し返す。
ソフィアは、「あぁっ、そんな!」とまるで被害者かのように、悲痛な声を漏らしていたが、立ち直るのも早い。
彼女はすぐに上着をがばり抱きしめると、鼻を埋めて深呼吸をはじめる。
……そこまで俺の匂いって独特なのか?
疑問に思って、肩口の匂いを嗅ごうとして、違和感を覚える。
どうにも、視線が集まっていた気がした。
しかし顔をあげて見回せば、誰もそのようなそぶりは見せない。
ソフィアは相変わらず上着の虜にされていたので、そのまま世界に浸らせてやって、俺は紅茶を口にしつつ聞き耳を立てる。
ひそひそと陰口のように交わされるには、
「おいおい聞いたか、レンタル冒険者のミリリって人。裏金でぼろ儲けしてるらしいぜ」
「あの人たちってその仲間だよな?」
「あぁ。でも、一人でやってるって話だ。裏では身体使ってるなんて話もあるぜ。あの豊満な胸でご奉仕してるとかなんとかーー」
「おい、静かにしろ! 本人が来た!」
俺は、はっとして入り口に顔を振る。
ミリリは視線が交わってすぐ、にっこり笑顔になった。
「早いねー、二人とも! なんにもないのに、やる気あるなんて偉いっ」
人によっては気づかない程度だったかもしれないが、やや空元気をふかしているらしい。
俺の前の席に、くるっと回転してから座る彼女。近くで見たら、確信になった。
無理して頬を釣り上げているが、目は笑えていない。太陽燦々、いつでも夏真っ盛りの笑顔は、やや陰りがある。
「ミリリ。あんまり気にすんなよ」
なにとは言わず、伝えてみる。
すると、思いがけぬほど低い声がした。
気にしてないよ、と。
そこに込められた真剣味に、さしものソフィアも上着から顔を上げる。
一転茶化して、わざとらしいほど大きな身振り。ミリリは後頭部をさすった。
「あんなの昔から何回も言われてきたからねー。レンタル冒険者みたいな変わったことをやってるとさ、なにかとやっかまれるんだよ」
「……なるほど」
「なるほどでしょ? だからもー変な噂されるのとか、慣れっこなの! ってわけだから、問題なし。私もちょっと紅茶買ってくるねっ、あと挟めるだけチーズ挟んだサラダサンド!」
いつもの無駄すぎるほど躍動感溢れる動きで、彼女は喫茶のカウンターへと駆けていく。
「……大丈夫かな、ミリリ」
「たぶんな。ミリリがそう言ってるんだし」
危なっかしく感じなくもなかったが、彼女がそう言うなら、と目を瞑ることにした。
俺も神童などと称された幼い頃は、同じような視線に晒されてきた。
誰かに気遣ってもらったところで、やっかみが終わるわけじゃないのは身をもって分かっている。
どうせならば、触れてもらわない方がありがたいのだ。
だから、彼女が気にしないと言うなら、俺もとりあえずは気にしない。
ーーしかし、そう決めた矢先。
事態は急速な悪化を見せた。
翌日のギルド待合室には、
『悪徳商売人』『レンタル冒険者・ミリリは人を騙して金を得る悪魔』など。
壁一面に、ミリリへの罵詈雑言やあらぬ話が書きつけられていたのだ。
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たかた




