File56 惑星オルランゲアでの休暇⑧ 気分転換のためのお仕事
少しはSFにもどった…のか?
地獄の体験をした、コミックマルシェの翌日。
馴染みのメカニックであるデニス・ホプキンスにホワイトカーゴIIを預け、オーバーホールをお願いする。
「じゃあドックの期間は今日含めて4日間。料金は40万クレジットだ」
デニスは、俺がじいちゃんと仕事を始めたころに知り合った連中の1人で、メカニックの腕はその頃から折り紙付き、その頃からオーバーホールを何度も頼んでいて、信用できる相手だ。
「ほいよ。情報でいいよな。あ、領収書も頼む」
腕輪型端末を検査機に近づけて支払いをすませる。
「まいど。ところでお前、オーバーホールの間どうするんだよ?」
デニスは領収書を作成しながら、明日からの俺の予定を聞いてきた。
「そうだなあ。ホテルで寝るか、ふらふらするか。だな」
「不健康だなあ」
その辺りは自分でも自覚はしている。
しかし、船がないのだから、暇潰しの料理をしようにも出来ない。
しかもオルランゲアは地元だから、観光に行こうとも思わない。
とはいえ、それはやっても1日がいいところだ。
実際どうしようと考えていたところ、デニスから意外な提案があった。
「なあ、だったらバイトでもするか?作業員を常に募集してるうえに日雇いで短期も可。小遣い稼ぎの学生連中もいるから楽に出来るし、気分転換になるかもしれないぜ。管理部にいけば簡単に申し込めるはずだ」
文言だけ聞くと怪しさ抜群だが、デニスが推してくるなら、ヤバイものではないだろう。
「なんの仕事なんだ?」
「宇宙港の外壁掃除さ」
デニスはそう言って、書き上げた領収書と、『外壁清掃員募集中』のチラシを送ってきた。
デニスのところを離れた俺は、宇宙港の管理部に足を向けていた。
デニスに言われたこともあり、気分転換もかねて、やってみることにしたのだ。
まあ日当も、10時間拘束で休憩1時間、宇宙服・道具貸与で3万クレジットはなかなかだ。
清掃員の募集をしている管理部環境維持課は、宇宙港内の雑用を一手に引き受けていると言うのが、一般的なイメージだ。
『たかが雑用係と侮ってはいけない。コロニーや宇宙港が正常に機能するのは、彼等が雑用をしてくれているおかげなのだ』
と、いうのは、じいちゃんことクロイド・ドラッケンの言葉だ。
管理部環境維持課は、洗練されたオフィスではなく、中小企業の事務所か、学校の職員室のような雑多な感じだった。
「いらっしゃい。なんの用?」
「あー、外壁掃除の募集に登録したいんですが」
「あーはいはい。じゃあそこの検査機に端末を近づけてね」
受付をしてくれたおっさんは、やる気の無さそうな様子ではあったが、意外にも処理は迅速におこなっていた。
「はい。受付終了。ショウン・ライアットさん。なんだ貨物輸送業者なんだね。船のドック入りの間の暇潰してところかな」
意外にするどいなこのおっさん。
て、貨物輸送業者がこんなことするならだいたい想像はできるか。
「随分簡単なんですね」
宇宙港の外壁に取り付くのだから、ヤバイ奴が潜り込まないように、審査みたいなものがあると思ってたんだが。
「外壁は掃除が終わった瞬間から汚れるからね。全部終わったころには、また最初が汚れている。だから作業員は多いほどいい」
「なるほど」
全長30㎞をこえる宇宙港外壁の清掃ともなれば、かなりの時間がかかるだろうから、たしかにそのとおりだ。
「宇宙服は規格統一したものを使ってもらうから、自分で用意する必要はないからね。明日の朝8時30分までに、管理部環境維持課にくるように。作業区画への入場パスは端末に入ってるから、入り口で検査機にかざしてくれ」
「わかりました。明日からはよろしくお願いします」
おっさんに頭をさげ、管理部を後にすると、そのまま宇宙港内の書店に向かうことにした。
このアルバイトをしようがしまいが、今日は本を買って、押さえてあるカプセルホテルでゆっくりと読書をすると決めていたからだ。
翌日。
管理部のエリア内にある、宇宙空間作業専用のハッチには、100人近い人間が、規格統一した宇宙服を着て整列していた。
この規格統一した宇宙服なのだが、少しずんぐりした感じではあるものの、10もある通信用チャンネル・エネルギータンクのでかい姿勢制御用のバーニア・穴が空いた時のための修復用のテープとポーチ・救難信号用のビーコン等、かなり性能のいい、装備の充実した宇宙服だった。
ちなみにその100人近いメンバーの階層はバラバラで、ベテランらしいおっちゃんにおばちゃん。
バイト歴の長そうな兄ちゃんに、グループで参加してるらしい数人の男女。
そのグループを、舌打ちしながら睨んでいる連中など、とにかくバラエティに富んでいた。
すると、同じ宇宙服を着た責任者らしいおっさんがやってきて、拡声器を構えた。
「おはようございます。私責任者のキール・ゴルトーと申します」
その責任者は、昨日の管理部にいたおっさんだった。
「ベテランの方々は聞きあきたでしょうが、新規の方々は初めてでしょうから、よく聞いておいてください。
まず、我々が主に清掃するのは、停泊地の扉やその周辺、センサー類の周辺といった、清掃用の大型ドローンが入れないところを清掃します。なので、清掃時には十分に注意するように。
次に、船の停泊地の扉を清掃する場合は、必ず管制塔に確認し、許可をもらってから開始してください。
そして、終了した場合も、必ず管制塔に連絡を入れてください。
怠った場合、扉に挟まれたり、船に弾き飛ばされても責任はとりません。
次に、近隣に宇宙塵を発見した場合は、清掃本部か管制塔に必ず連絡を入れてください。
極小の宇宙塵は、報告の後に回収してもらって結構です。
同時に不審な物を発見した場合も清掃本部か管制塔に必ず連絡を入れてください」
おっさんの口調は実にのんびりした口調だった。
しかし、次の注意からは、少し真剣な口調になった。
「そして、これが一番重要ですが、『作業中に宇宙空間を見つめすぎないこと』です。
なんの冗談だとおもわれますが、事実、宇宙空間を見つめすぎて、それに吸い込まれるように宇宙港から離れてしまい、行方不明になるものが、年間で何人かはでます。
我々の清掃箇所は繊細な場所が多く、以前命綱をつけていたころに、1本数十億クレジットもするセンサーアンテナに絡んで折ってしまった事例があるため、現在では使用を控えています。
そのため、そういう事態が発生するのです。
どうしてそうなるか理由は不明ですが、十分に注意してください。
では、事前に指定された清掃箇所に向かってください」
おっさんの言葉には、間違いない事実だと思わせるものがあった。
なので、ベテランはもちろん、今日が初めての連中も、おっさんに反論することなく、宇宙空間用のプラットフォームに乗り込んでいった。
用語説明
宇宙港・オルランゲア宇宙港参照:惑星上に移動するための軌道エレベーターを中心にしたドーナツ形のスタンフォード・トーラスを6つ重ねたような形をしている。一番基本的な宇宙港。
1つのドーナツの全長は30㎞。
リング部分は直径800m。
遠心重力を発生させないために無回転。
リング同士。さらには、軌道エレベーターにぶつからない為に軸で結ばれ、人や物資の移動に使用される
それがあるために、車輪のようにもみえる。
ドーナツは、一番下の部分を1階層とし、上に上がると数字が増えていく。
6階層:貨物用大型船停泊地
5階層:貨物用中型船停泊地
4階層:貨物用小型船停泊地・貨物集積所・修理用ドック・小型シャトル発着場
3階層:運行管理区画
2階層:生活施設区画
1階層:旅客用停泊地
貨物用停泊地は基本1ヶ所に 1隻のみ。さらに大中小の3サイズがあり、全て合わせて約2100隻の船が停泊できる。
小型停泊地:1~1000番
幅50m奥行き50m高さ50m
中型停泊地:A1~700番
幅100m奥行き200m高さ100m
大型停泊地:B1~400番
幅150m奥行き400m高さ150m
それ以上のサイズの船は、外部係留という形になる。
停泊地は、船舶収納後は隔壁が閉じられ、サイズに関係なく約20秒で空気が充填される。
停泊地内は常に低重力(約0.3G)。
船舶はアームとジャッキで固定される。
通路に出ると1Gになる。
ポート自体のデザインは色々ある。
宇宙飛行士の船外活動の映像を見ると、後ろの宇宙空間が気になります。
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