File 46 惑星ラットゼルへの貨客輸送① もてなしは毎回気をつかう
メニュー選びに苦労しました
平穏かつ順調だろうと思っていた道程で、早速問題が起きた。
部屋割りだ。
とはいえ、メンバーをみるかぎり、決まっているようなものだろう。
「船室は女性2人が、男性2人はここでお願いします」
「えっ?ここで寝るの?!」
一番ベストな分け方をしたはずだが、優男の大学生、アマベル・レスティスが不満そうな声をあげる。
身体も細く、顔も童顔の女顔で、体力があるようにも見えない。
どうやら個室を希望したいらしいが、そこは我慢してもらうしかない。
男としては、ソファーで寝ることぐらいは大丈夫だと思うのだが。
「なるほど。こいつはソファーベッドなんじゃな。お、ワンタッチ式のやつじゃないか♪」
それとは逆に、座っているソファーを観察し、楽しそうにしているのがウェンズ夫妻の夫、カルデスさんだ。
若い頃はなにかのスポーツでもしていたのだろう、身体もしっかりと動き、老いてなお、元気で豪快そうな老人だ。
アマベルは困った顔をしながら辺りを見渡し、ラウンジスペースの端にある螺旋階段をみつけた。
「あのう…そこの螺旋階段の上は個室ではないんですか?」
「あの上は俺の私室。つまり船長室なんだが…」
「貸してもらえませんか?」
アマベルは、小首を傾げるようにお願いをしてくるが、男がしても気持ち悪いだけだし、俺のような基本性別が男のシュメール人相手にはさらに効果はない。
ちなみに、このホワイトカーゴⅡの、俺の私室に上がるための階段が螺旋階段なのはなぜか?
買うときに聞いた話だが、当時軍がこの船を発注した時、最初は梯子みたいな奴だったが、登りにくいし降りにくいからという理由で螺旋階段になったそうだ。
誰がどんな理由でそうしたかは考えたくもない。
ともかく、いかような理由があろうと、船長室を貸すわけにはいかない。
「宙航法にひっかかるからだめだ。余程の重病人が何十人といるなら話は違うかもしれないがな」
「そうですか…。わがままをいってすみませんでした…」
アマベルは、がっくりしながらも諦めてくれたようだ。
タチの悪い奴だと、強引に侵入したりする場合もある。
まあ、なんとか平和的に収まってくれたのはありがたい。
これからラットゼルまで約6日、正確には5日と19時間12分、トラブルは起こさないでほしい。
そして、俺としては1つ聞いておかないといけないことがある。
「あの、皆さん食べられない物とかありますか?アレルギーとか」
食事を提供するからには大事なことだ。
まあ大概は向こうから教えてくれることが多い。
今回は老夫婦がいるので、こちらから聞いてみた次第だ。
「私はとくにないわ」
「僕も大丈夫です」
「わしも大丈夫じゃ」
「そうねえ。辛いものは苦手かしら」
どうやら、辛いものを気を付ける以外は、問題は無さそうだ。
作る量も、ドラコニアル人よりは少なくてすみそうだ。
なので、その日の昼食はサンドイッチ(ベーコンとオムレツ・CLT・エビカツとタルタルソース)とコーヒーor紅茶orコーンスープ。
それと作り置きしておいたダックワーズを提供した。
「あらおいしい!貴方お料理上手なのね!」
そう声を上げたのはアラデラさんだった。
辛くならないように気を付けたのだが、どうやら大丈夫だったようだ。
他の3人も、特に問題は無さそうだ。
「あの。ダックワーズ、もう少しいただけますか?」
だが、甘党らしい男子大学生だけは、デザートの量に不満があったらしい。
それからの時間は実に平穏だった。
これだけ人がいればなにがしら起こるものだが、
アラデラさんは読書。
カルデスさんは端末で艦隊将棋。
ビジネスウーマンのカーティは惰眠。
アマベルは情報遊覧という、見事に接触の少ない行動を取ってくれた。
そんななか、ひとつ思ったことがある。
あの大学生のアマベルは、実はシュメール人かもしれないということだ。
身体の線は細いし、顔立ちや仕草も女性っぽい。
なにより甘いものを食べている時の顔が、女の子の顔なのだ。
多分、普段は女で、たまたま『月のもの』が重なり、見知らぬ男が2人もいるため、身の安全を考えて言わないのかもしれない。
だとすると、最初の部屋割りで不満がでたことにも納得がいく。
まあ、シュメール人ではなく、外見が女性っぽい、いわゆる『男の娘』という場合だって在るし、さらに言えば『生まれたときの性別は男性だが心は女性』という場合だってある。
いずれにせよ、気にかけておいて損はないだろう。
まあ、カルデスさんが問題を起こすことはないだろうが。
そうしてそのまま問題なく、夕食の時間を迎える事ができた。
年寄りもいることだし、肉よりは魚と野菜メインにと思い、以前宿泊した晋蓬皇国風のホテルで出されていた感じのメニューにしてみた。
晋蓬皇国。現在正式には、銀河共和国晋蓬地方産の食器セットをせっかく購入したので、使ってみたくもあった。
なお、そのメニューの内訳は、
かしわめし(鶏の炊き込みご飯)
アサリの赤だし
海老と野菜の天麩羅
胡瓜と若芽と多幸の酢の物
卵巾着
みつ豆
以上の7品。
これを、1人前の食器と食物を浅い盆に似た形状の台に載せて提供する『御膳』というスタイルで提供した。
酒も、『黄金鷹』という晋蓬皇国の銘柄の清酒にした。
そのメニューに一番反応したのは、なんとアラデラさんだった。
「あらあらまあまあ♪晋蓬皇国の本格的なお料理が船の中で食べられるとはおもわなかったわ!」
目がキラキラ輝き、興奮した様子で俺の料理を眺め、さらには画像まで撮影していた。
「おいばあさん。若い娘の真似はよさんか」
「いいじゃありませんか。子供たちも独り立ちして、あなたが定年を迎えて、ようやくまた2人の時間ができたんですから」
アラデラさんの言葉に、カルデスさんは反論できないでいた。
そのやり取りに、俺も残り2人の乗客も、ほほえましいやら砂を吐きたくなるやらという、なんとも言えない表情をしていた。
「お味も美味しいわ♪船長さんなんかやめてお店を始めればよろしいんじゃない?」
「ありがとうございます」
そうして、料理を気に入ってくれた人の9割がいってくる台詞を言ってきた。
まあ大抵はお世辞じみたものだが、時々本気な人がいるから怖い。
たとえばリキュキエル・エンタープライズ社副社長なんかがいい例だ。
ありがたいことに、アラデラさんはお世辞の方のようだ。
「ん~このお酒やっぱりいけるわね♪」
そして、酢の物をつまみに杯を傾けているのは、ビジネスウーマンのカーティだ。
にこにこしながらすでに4杯目。
10杯を越えてきたら酒代をいただくことにするつもりだ。
アラデラさんも、時おり喉を湿らす感じで杯をかたむける。
逆に酒を飲んでいないのはアマベルとカルデスさんだ。
カルデスさんのほうは、飲みたいが飲めないほうのようで、アラデラさんにたしなめられていた。
どうやらルブコールで飲み過ぎたお仕置きらしい。
そしてアマベルは、やっぱりみつ豆がお気に入りのようだ。
タコは、縁起を担いで
『多幸=た・こう(ふく)』
と、表記されることもあるそうです。
卵巾着は、油揚げに生卵をいれてかんぴょうで結んで、出汁で煮たものです。
他にも名前があるかもしれません。
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