繋がった先に見える道

『緑川まどか、、、、！』

正火斗はその名前を聞いて顔色を変えた。

北橋はすぐに鏡子(きょうこ)に確認をした。

『つまり、今井薫子さんと緑川まどかさんは、半分血の繋がった姉妹だったんですね？』

『ええ、そういうことです。それに、2人はよく似ていました。勤務先は違っても、夜洛市内の看護業界の中にいたら、周りから " この間似ている人を見たよ" と、それぞれが言われたそうです。引き合わされて顔を合わせて、互いに素性に気づいて、納得したようです。』

正火斗も、鏡子に質問した。

『2人は看護大学は違ったんですね？』

鏡子はすぐに答えた。

『そうですね。姉は四年制大学で、緑川さんは短大みたいです。だから同じ業界でも、働き出すまでは知り合わなかったんでしょう。』

正火斗はうなずいた。必要以上に大きく。何度も。

そして、質問を重ねる。

『2011年に、緑川まどかさんが交通事故で亡くなったことはもう存じています。この事故は、まさか、、、、』

正火斗の紡(つむ)げない言葉のあとは、鏡子が引き取った。

『姉が、今井薫子が記憶を失った事故が　そ(・)れ(・)になります。4人乗りの軽自動車に同乗していたんです。父と、母と、緑川さんが亡くなって、姉は生き残った、、、ということですから。』

聞いて、正火斗は挨拶もなく立ち上がった。

安藤星那は驚いて、慌てて

『鏡子さん、貴重なお話を本当にありがとうございます。』

と頭を下げている。

北橋は軽く頭を下げると、立ち上がってすぐに正火斗に声をかけた。彼は、客間の ふすまに左手を置いて体重を支えるかのように立ち、動かないでいた。

『どうした？正火斗くん。』

正火斗の顔は蒼白だった。

『一刻を争うことになるかもしれない。出て、真淵巡査部長に連絡させて下さい。』

風晴達が輪命回病院についたのは午後4時が過ぎていた。夜洛市が花火大会で、やはり道路は混んでいた。それでもかまわない。午後の面会時間は夜7時半まで大丈夫だから。仕事が終わってからも見舞えるようにだろう、輪命回病院の面会時間はそうなっていた。

風晴はもう、何度も来ている病院だった。見慣れないのは、広い駐車場の柵に長くのびてつけられている

" 意志表示ストライキ中！！賃金値上げ！労働時間短縮！"

の、文字の赤い幕くらいだった。

『意志表示ストライキってなんだろう？』

車から降りた時、その赤い幕を見ながら、安西が言った。

風晴は

『多分だけど、職員の名札の横に "ストに賛同！賃金上！とか貼ってるヤツだと思う。本当は職員がストライキしたくても、こういうところは入院患者もいるから実施できないんだって。それで、そんな形でやってるって聞いたことがある。』

と、教えた。

聞いていたのだろう。横から水樹も

『地域医療が止まるってことだものね。確かに会社みたいなストライキは駄目よね。』

と言った。

桂木は

『せめて色は青とかにならなかったかな？やっぱり怒りを伝えるのは赤？なんだか、今は何見ても暑苦しくてなぁ。』

と、よく分からない評価をしている。

風晴は笑って言った。

『見てないで病院に入ろう。入ったら涼しいから。』

風子の後を追って、4人も病院入り口に向かった。

風晴の祖父、桜田臣五朗(じんごろう)は五階東棟・心臓外科に入院している。

高齢者の無料健診で、心房細動(しんぼうさいどう)という不整脈で引っかかり、輪命回病院で検査を受けると、さらに動脈瘤(どうみゃくりゅう)が見つかったのだ。

胸部(きょうぶ)動脈瘤(どうみゃくりゅう)は大動脈にできる　コブのような物なのだが、これがとても大きかったために外科手術が必要になった。

手術は老いた身体にとって軽いものではない。しかしこれを行う時に、心房細動の方の根治(こんち)術も施(ほどこ)される計画となっている。成功すれば、心臓の不安は全て解消されるのだ。

意外にも、入院病棟でもスマートフォンの電源は切らなくても良かった。マナーモード設定の推奨と、通話の際は所定の位置でと言う呼びかけ。あとは、職員に電源を切る協力を求められた際には宜しくお願いします　と言う張り紙があちこちにあるだけだった。　

6人が一部屋に入っている大部屋の、窓側のベッドだった。風子や安西達と病室に来た風晴は、祖父の姿を見て声をかけた。

『じいちゃん！』

臣五郎は孫の声に顔を上げる。耳はまだ遠くない。しかし、娘と孫以外の若い見舞い客達に驚いているようだ。

『じいちゃん、今日は友達連れてきた。今民宿に泊まってくれてる東京の高校生なんだけど、見舞いたいって言ってくれて。』

風晴は早々と説明する。風子も横で父親にうなずいた。

『いやぁ、何だか悪いね。こんな姿で。お客様なのに、わざわざありがとうございます。』

臣五郎は、ベッドで上半身だけを起こした状態だったが、太く血管の浮き上がった手を両脇において、頭を下げた。

安西、桂木、水樹の方が恐縮した。

『いや、あの、僕らの方こそ、押しかけてすみません。』

『なんも手土産(てみやげ)もなくて、ホント気持ちだけなんですけど、元気になって下さい！！！』

そして、水樹は　

『兄も民宿に泊まっているんですが、桜田さんの畑のトマトがとても美味しかったと言ってました。また作り続けて下さい。』

と言った。

風晴は少し驚いて、そして、嬉しくなった。

祖父も照れるような笑みを浮かべた。

『 " 優美 "だな。今旬だからねぇ。そうか、そうか、あれを食べてくれたか。』

風子が

『お父さん、食べたいって言っていた とうもろこし は持って来ましたけど、何かまだほしいものありましたか？』

と聞いた。

『おう、水かな。朝から日差しが入るんだよ。ブラインドが下がっていても、昼には暑くて かなわねぇ。今の頃にはだいぶ ましだが。』

『東棟の窓側ってそうなるんでしょうね。下に行ってミネラルウォーター買ってきますよ。』

その風子の言葉に、安西が

『僕ら行きますよ。風子さんと風晴はお爺さんとお話していて下さい。』

と、申し出た。

風子は少し迷ったが、それが双方にいいとも感じたのだろう。

『じゃあ、お言葉に甘えて。お願いしますね。』

と、財布から五百円玉を取り出して安西に渡す。安西は、風晴と目を合わせてから、桂木と水樹と、廊下に歩き出した。

行動開始　だ。