続く道の果てよ
校舎から出て 風晴と聖は自転車置き場に向かった。靴は内履きのままだが 今は構わないと思った。
マウンテンバイクの鍵を解き 乗るとき、風晴は正火斗の本を制服のズボンのポケットに突っ込んだ。ポケットが大きいからか 文庫本はなんとかおさまった。
「早く……!」
聖はもうマウンテンバイクを公道に出し、ペダルに足を掛けていた。風晴も体制を整えて漕ぎ出す。
通学路を2台は疾走した。
天気は快晴で 田舎の道は人は見当たらなかった。
聖と風晴は砂利道を越え、小さな小川にかかる橋を越え、住宅街に入った。少し速度を落として 気をつける。
やがて駅に近づいて来たときに 風晴が聖に声をかけた。
「45分発ってことは43分くらいにはホームに入ってくるヤツだよな」
聖も答えた。
「今40分くらいかも。停車させてホームまで走っても……間に合わないかも……」
スマートフォンを見ている時間もなくて分からない。
とにかく進む!
その時 遠目に駅が見えた。そして 2両編成のローカル電車も。
電車はもう入っている!!!
2人はマウンテンバイクを漕いで駅に近づきながら、ホームで長身の ジーンズに白いTシャツの男性が電車に乗り込むのを見た。
見間違えない。正火斗だった。
「間に合わない…………」
聖が声を漏らした。
風晴は力強くペダルを踏み込んだ。聖の前に出る。
「このまま行こう!まだ伝えられる!!」
電車に乗り込んだ正火斗は ガラガラの車内を見渡した。
学校は始まり出していて 平日の午前中だ。乗客は自分を合わせて2、3人しかいない。
誰もいない横長のシートにドカリと座った。とにかく空いているので リュックサックは横に置いた。
大きく息を吐く。
全て 終わった
終わったんだ と。
うつむいた顔の眉間には、苦しみの皺が刻まれる。
自分に言い聞かせる。ただひたすらに。
これで良かった
これで良かったんだ と。
繰り返す 何度も
きっと これからも。
音楽が鳴り音声の放送がかかり、ドアが閉まるその時──
「おぉぉい!!」
ドアはシュー……と閉まった。
だが 正火斗は辺りを見回す。
今のは……
「ぉーぃ」
今度は遠い感じだが、確かに聞こえてる。
どこから?
ガタン と電車が揺れる。
後ろを振り返った正火斗は、窓越しに沿線の細い道路を マウンテンバイクで走る風晴と聖を見つけた !
まさか !!
思いながらも 急いで窓の上の金具に手をかけて開けた。
ガタン……ガタン……と電車はゆっくりと動き出した。
「正火斗!」
風晴は呼んだ。右手でだけハンドルを持って、左手にあの黄色いカバーの文庫本を持って振った。
「こんなのオレ読まないからな! お前、取りに来いよ!」
言われて正火斗は驚いていた。"心理尺度構成法 実践編 "
は 持って来たつもりでいたからだ。
風晴を見返すと、後ろの聖が笑顔で手を振っているのが視界に入った。
聖には確かに本を貸した。あの時……
気がついて 正火斗は聖を見つめる。
そんな数秒の間すらも、電車はガタンゴトンと加速していく。風晴は考えていた。
クソ。取りに来いとは言ったけど オレ引っ越すんだ。あいつも オレの番号の入ったスマートフォンは、黒竜池に落とした。
どうする?簡単に取りになんかもう……
正火斗は仕事もあって、大学生にもなって、
オレ達が会うことなんか きっとこれからは……
電車が速度を増す。マウンテンバイクが引き離されていく。
風晴は叫んだ。それでも
「信じてるから! オレは! オレ達が会いたいって思っていたら また必ず会えるって!」
声を聞いた正火斗が瞳を見開く。
遠のく中で
正火斗は 悲しげに 優しく
そして 観念したように 笑った。
それを見た風晴は 繰り返した。
「オレは信じてる!!!」
もう聞こえないかもしれない電車の窓の向こうで、彼が手を振るのを 風晴は見た。
表情は もう 分からないけれど。
風晴と聖はマウンテンバイクを停めて、手だけを振った。
しっかりと
いつまでも
電車が見えなくなるまで。
「…………行っちゃったね」
聖が小さく言った。
「うん。でも伝えられたと思う。伝えたいことを」
風晴は言って マウンテンバイクの向きを変えた。
向き合った聖も笑顔で
「そうだね」
と言った。
聖もマウンテンバイクの向きを変え、2人は道を戻る。
正火斗の向かった先とは反対側に────
風晴は 一度だけ振り返った。
もう見えはしない 電車の行先を。
正火斗
オレ達は離れていくだろうし
遠くなるばかりかも知れない
でもこの線路みたいに
道のように
きっと 繋がっていくんだ
これからも
少なくとも オレはそう信じてる
この先も ずっと
ずっと だ




