その道を選ぶ
真淵聖は、その日朝から何かが落ち着かなかった。
高校では始業式が行われる日だ。
登校は勿論した。教室では風晴にも会って、夕方民宿に行く確認もお互いにした。
珍しく、クラスの他の人にも数人に挨拶された。
風晴とよく一緒にいる吉沢くんは
「元気だったか?もう……元気なんだよな?」
と、やたらと元気さを確かめに来てくれたので
「元気」
と伝えてはおいた。彼はうなずいてくれていた。
落ち着かないので、先生に断って始業式は休ませてもらった。"体調不良"を言い、保健室で時間を潰す。
こういう状態のときに集団行動を強いられても、だいたいうまく出来ないことが、これまでの人生でもう分かっていた。
結局保健室でも じっとしていることはできず、出てまた校内を歩き出す。体育館で始業式の真っ最中なので、誰もいなかった。
歩きながら昨日のことを思い出した。
大丈夫だろうか、正火斗。正火斗は……
何となくだが 悪い予感がして早歩きになった。
教室に着くと迷わず自分の席に行き、机の横にかけているリュクサックからスマートフォンを取り出す。
校内では基本的に電源を切るルールになっている──が、今は無視した。
胸騒ぎがする。
LINEに大道水樹から連絡が来ている。
やっぱり
読んでから すぐに彼女に電話した。人に電話をかけるのは始めてだ。
水樹はすぐに出てくれた。背後では川の水音もした。
聖は聞いた。
「水樹さん……ちゃんと詳しく教えて!」
「…………であるからして、君達には この夏休み明けの重要な時期を…………」
校長先生の話は20分を越えてきた。
そろそろみんな我慢の限界がくる。風晴もあくびを噛み殺した。
たまたま隣りになっている矢野はもう5分前から目を瞑っている。高校生はこうやって、電車の吊り革でも立って眠れるようになる予行練習ができるのかもしれない。
「さらには、この秋に行われる予定の、えー、本校の記念すべき…………」
校長先生の話は終わるどころか勢いづいてさえきていた。
だがそこに
ガラガラガラ!!!
と、体育館の後方の引き戸が勢いよく開けられる音が響いた!
校長先生の話が止まる。
「風晴…………!!!」
聖の声で自分が呼ばれて 驚いて振り返る。
開いた引き戸からは 聖が飛び込んできた。手にはリュックを持っていた。
「風晴は……!?」
600人近くいる生徒がザワザワする中で、風晴は聖に答えた。
「聖!こっち……!」
恥ずかしさはあったが、手を振って、他の生徒を避けて前に出た。聖は気がついて寄ってきた。ここまですでに走って来たのか、ハアハアと息を切らしていた。
「どうした?何かあったのか?」
正直、背中に物凄い数の視線を感じた。
「正火斗が……帰るって。10時45分の電車で」
風晴はすぐに体育館の大きな時計を見上げた。
10時33分!!!!
風晴は迷った。聖は迷わず言った。
「行こう!正火斗の見送りに!ここからなら……まだ間に合うから!!」
後ろから様々な声がした。
「見送り?あの……東京の学校の人じゃない?」
「真淵ってデカい声だせるんだ。初めて聞いた」
「ヤバいでしょ、始業式中じゃん」
風晴は校内で先日まで全く無名に近かったが、黒竜池の事件と葬式でいくらか有名になっていた。何人かは事情を察したようだ。
聖はリュックサックから本を1冊取り出すと、まだ困惑している風晴に押し付けた。
受け取った風晴が本を見る。文庫の────
"心理尺度構成法 実践編 "
「それ、置いていかれたら困るんでしょ⁈ ……行こう!」.
聖が物凄く真面目な顔をして言ったので、風晴は思わず笑みが浮かんだ。そして、真顔になる。
「行こう!!」
2人の会話が聞こえていたようで
「コラ!何を言ってるんだ君達は!さっさと列に戻りなさい!」
と校長先生の怒鳴り声が響いた。
風晴は言った。
「すみません!後でいっぱい叱られます!だけど校長先生の話より大事なんです!!!」
と体育館中に響く声で言った。
わぁ! と生徒達からは声が上がる。
「時間が無い!」
言って2人は駆け出した!あちこちから まばらに、拍手や笑い声が起こっている。
「待って!」
「戻りなさい!」
そんな声も混じっている。
けれども 2人は もう振り返りもしなかった。




