僕だけが知る道1
ー登場人物紹介ー
◆桜田風晴・・・田舎の農業高校2年。
◆桜田風子・・・風晴の母親。民宿を営む。
◆桜田晴臣・・・風晴の父親。市議会議員。
◆桜田孝臣・・・晴臣の弟。ミステリー同好会顧問。地学教師。
◆桜田和臣・・・晴臣の弟。桜田建設社長。
◆大道正火斗・・・ミステリー同好会部長。高校3年。実家は大企業の財閥グループ。
◆大道水樹・・・ミステリー同好会メンバー。正火斗の妹。高校2年。
◆安西秀一・・・ミステリー同好会副部長。高校2年。父親は大道グループ傘下企業役員。
◆桂木慎・・・ミステリー同好会メンバー。高校2年。
◆神宮寺清雅・・・ミステリー同好会メンバー。高校1年。
◆椎名美鈴・・・ミステリー同好会メンバー。高校1年。
◆宝来総司・・・正火斗、水樹の実父。元陽邪馬市市長。桜田晴臣が行方不明になる同日に転落死。
◆井原雪枝・・・風子に屋敷を貸すオーナー。
◆羽柴真吾・・・関光組組員。6年前から消息不明。
◆松下達男・・・関光組組員。羽柴の舎弟。
◆緑川まどか・・・羽柴真吾の女。6年前から消息不明。
男子部屋で自分のリュックだけを手に取ると、正火斗はすぐに再び階下に降り、真っ直ぐに玄関に向かった。
迷いなくシューズに足を入れ 民宿を出る。歩いて門を越え、そこで ようやく振り返った。
民宿の後方の高台を見上げる。風晴の祖父の家と畑のある方だ。だが下からだと──それらはもう確認はできない。
それでも、正火斗はしばし佇んでいた。
「正火斗くん!」
民宿から風子が駆け寄ってきた。
「気をつけてね。それから これをお願いします」
風子は両手でハンカチを差し出した。何かが包まれている。正火斗は受け取って ハンカチを開いた。
すぐに分かった。骨のかけらだ。これは…………
「どうか 一緒にさせてあげてほしいの。お願いします」
風子はわざわざ頭を下げた。
「いいですが……。あなたは いいんですか?本当に」
最後に正火斗は確認をした。
風子はハッキリと言った。
「これが 私の愛なの────彼への。だから、どうか持っていって総司くんと一緒にさせてあげて。私は大丈夫。あの子がいるから」
見つめる風子に正火斗はうなずいて、リュックサックの内側ポケットに大切にしまった。
そして 駅に向けて歩きだす。
まだ、誰にも何も言っていなかった。
ミステリー同好会メンバーにも。
水樹にだけは、駅に着いてから連絡するつもりだった。
東京に戻らなければいけなくなった、と。
A県にいる間にも、自分のスタッフ達は優秀で、メールの指示で大道英之側からの攻撃はかわしていた。むしろ、こちらはまた彼の支社を一つ潰そうとしている。
とは言え、不在の時期は長すぎた。当然戻るべきだ。
会社にも、学校にも、東京にも。
だが、こうした逃げるような別れ方になるとは…………自分でも考えてはいなかった。それでも 今はこうしたかった。こう……するべきだと思った。
流良川に続く道なりに入って、わざと左折した。グーグルでもう調べて、住宅街から駅に出るルートは頭に入っている。
流良川では、今同好会メンバーが補助データを水中ドローンで収集している。今は誰とも顔を合わせたく無かった。
1人のどかな晴天の街並みを歩き、これまでを思い出した。
その天気とは裏腹に、前方を見る正火斗の瞳は、眼光は失せ澱んでいた。
あれは3年前の…………2022年のことだった。
僕は、始めて自分の会社を手に入れた。IT・インターネット事業のライカム社。
技術テストに、取締役に就任した自分はちょっとした悪ふざけを思いついた。
2019年に転落死している父親のスマートフォンは、遺品として警察から戻されていた。スマートフォンの破損部分は表面パネルだけで済んでいたが、データは全て削除されていた。それを復旧させる作業を社員とAI にやらせてみた。彼らにはテスト用サンプルだと告げた。
父親の宝来総司に対しては、自分は何の感情も──関心も無かった。事故死が公式発表になっているが、正直なところ 自殺ではないかとすでに疑っていた。あるいは誰かに殺されたか。だが それすらも どうでも良かった。
宝来総司に敵がいようとも僕の敵ではない。
僕の敵は水樹の敵であり、それは大道英之だった。
そして、宝来から今は大道となった真夜呼。
つまり復旧は ただ軽い気持ちの、遊びだった。
だが 復旧した宝来総司のスマートフォンのメール記録は、自分の予想を遥かに超える、驚愕のものだったのだ。
父は こともあろうに同性の────男のかつての高校の同級生に、メールで愛を語っていた。何度も。長く。熱く。
しかも、相手には家族がいたのだ。奥さんと、息子が。父自身も……どんなに母親と冷え切った仲だとしても、既婚者だ。
それを読んだ時、自分は吐き気を もよおした。
あの人を心底軽蔑した。死んでくれて良かったとさえ本当に思った。
だが さらに恐ろしいことに、メールの相手は父の想いに応えていった。その展開は僕にとっては有り得なくて、悪夢のようだった。
それでも、2人が互いを想い合っていることだけは……
否応なしに見せつけられた。読みたくもなかった。もう 読むのをやめようと 何度も思った。
想いが通じ合う一時の幸せを経て──
宝来総司と桜田晴臣の恋は あっという間に崩れていった。
両思いになったからこそ、2人は思い知ることになる。
今の自分達には、そうなったからと言って 何にもならないのだと。
いや むしろ害悪そのもの。
高校生の頃のように、ただ想い合い触れ合えたとしても、彼らにはもうそれぞれに社会的立場と家庭がある。
万が一にもその関係が外部に漏れれば、どれだけ糾弾と非難を浴びることになるか…………容易に想像はついた。
マイノリティに幾らかは優しい時代の流れとは言え、現職の市長と議員。そして、2人共家庭のある父親だ。
彼らが 彼らのうちでだけ理解し合っているように、実際は離れて暮らして別居状態だの、妻も高校の同級生で 夫の性癖を知っている────等と言うことは、一般的には まるで理由にならない。
世間は嘲笑い、追い詰め、罰し、打ちのめすだろう。そしてそれは、2人だけでは済まないかもしれない。
少なくとも、桜田晴臣はそう言うこともひどく気にしていた。妻は自分を、どんな時もきっと 庇うだろう。彼女まで責められるかもしれない。そうしたら、風晴もひどく傷ついてしまう。あの2人まで巻き込むことは耐えられなかった。
2人は何度も離れようとして……だが離れきれず、別れようとして…………結局別れきれなかった。
住宅街のなだらかな坂を 正火斗は下っていく。
自分は、あの2人をなんておぞましくて愚かなんだろうと思った。過ちだと気づいたのなら、せめてその時にやめればいいのに。弱く、情けなく、汚い大人。
心の中で散々こき下ろしながらメールを読み進めていくうちに、やがて総司と晴臣は一つの結論に至る。
僕にはさっぱり訳の分からない結論だった。分かりたくもない。
現状の現世ではどうあっても結ばれないと察した2人は、死んで結ばれようとする。
死後に ずっと 一緒にいよう────と。
坂を下りきった正火斗は、街路樹の並ぶ通りに入る。木陰で一度立ち止まり、額に浮かんだ汗を拭った。
ため息のような吐息がもれた。
誰にも理解できないかもしれないが、真実は確かにそこにあった。永遠に守られて行くべき秘密の真実────
宝来総司と桜田晴臣は2人とも計画的な自殺だ。
彼らは、離れた場所での "心中" を実行したのだ。




