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炎と水と〜黒竜池に眠る秘密〜僕達の推理道程  作者: シロクマシロウ子
最終編・道

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僕だけが知る道1


ー登場人物紹介ー

桜田風晴さくらだかぜはる・・・田舎の農業高校2年。

桜田風子さくらだふうこ・・・風晴の母親。民宿を営む。

桜田晴臣さくらだはるおみ・・・風晴の父親。市議会議員。

桜田孝臣さくらだたかおみ・・・晴臣の弟。ミステリー同好会顧問。地学教師。

桜田和臣さくらだかずおみ・・・晴臣の弟。桜田建設社長。


大道正火斗だいどうまさひと・・・ミステリー同好会部長。高校3年。実家は大企業の財閥グループ。

大道水樹だいどうみずき・・・ミステリー同好会メンバー。正火斗の妹。高校2年。

安西秀一あんざいしゅういち・・・ミステリー同好会副部長。高校2年。父親は大道グループ傘下企業役員。

桂木慎かつらぎしん・・・ミステリー同好会メンバー。高校2年。

神宮寺清雅じんぐうじきよまさ・・・ミステリー同好会メンバー。高校1年。

椎名美鈴しいなみすず・・・ミステリー同好会メンバー。高校1年。


宝来総司ほうらいそうじ・・・正火斗、水樹の実父。元陽邪馬市市長。桜田晴臣が行方不明になる同日に転落死。


井原雪枝いはらゆきえ・・・風子に屋敷を貸すオーナー。


羽柴真吾はしばしんご・・・関光組組員。6年前から消息不明。

松下達男まつしたたつお・・・関光組組員。羽柴の舎弟。

緑川みどりかわまどか・・・羽柴真吾の女。6年前から消息不明。


 


 男子部屋で自分のリュックだけを手に取ると、正火斗はすぐに再び階下に降り、真っ直ぐに玄関に向かった。

 迷いなくシューズに足を入れ 民宿を出る。歩いて門を越え、そこで ようやく振り返った。

 民宿の後方の高台を見上げる。風晴の祖父の家と畑のある方だ。だが下からだと──それらはもう確認はできない。

 それでも、正火斗はしばし(たたず)んでいた。


「正火斗くん!」


 民宿から風子が駆け寄ってきた。


「気をつけてね。それから ()()をお願いします」


 風子は両手でハンカチを差し出した。何かが(くる)まれている。正火斗は受け取って ハンカチを開いた。


 すぐに分かった。()()()()()だ。これは…………


「どうか 一緒にさせてあげてほしいの。お願いします」


 風子はわざわざ頭を下げた。


「いいですが……。()()()() いいんですか?本当に」


 最後に正火斗は確認をした。

 風子はハッキリと言った。


「これが 私の愛なの────彼への。だから、どうか持っていって総司くんと一緒にさせてあげて。私は大丈夫。あの子がいるから」


 見つめる風子に正火斗はうなずいて、リュックサックの内側ポケットに大切にしまった。

 そして 駅に向けて歩きだす。








 まだ、誰にも何も言っていなかった。

 ミステリー同好会メンバーにも。

 水樹にだけは、駅に着いてから連絡するつもりだった。

 東京に戻らなければいけなくなった、と。


 A県にいる間にも、自分のスタッフ達は優秀で、メールの指示で大道英之(だいどうひでゆき)側からの攻撃はかわしていた。むしろ、こちらはまた彼の支社を一つ潰そうとしている。

 とは言え、不在の時期は長すぎた。当然戻るべきだ。

 会社にも、学校にも、東京にも。

 だが、こうした逃げるような別れ方になるとは…………自分でも考えてはいなかった。それでも 今はこうしたかった。こう……するべきだと思った。




 流良(ながら)川に続く道なりに入って、わざと左折した。グーグルでもう調べて、住宅街から駅に出るルートは頭に入っている。

 流良川では、今同好会メンバーが補助データを水中ドローンで収集している。今は誰とも顔を合わせたく無かった。

 1人のどかな晴天の街並みを歩き、これまでを思い出した。


 その天気とは裏腹に、前方を見る正火斗の瞳は、眼光は失せ(よど)んでいた。





 あれは3年前の…………2022年のことだった。


 僕は、始めて自分の会社を手に入れた。IT・インターネット事業のライカム社。

 技術テストに、取締役に就任した自分はちょっとした悪ふざけを思いついた。

 2019年に転落死している父親のスマートフォンは、遺品として警察から戻されていた。スマートフォンの破損部分は表面パネルだけで済んでいたが、データは全て削除されていた。それを復旧させる作業を社員とAI にやらせてみた。彼らにはテスト用サンプルだと告げた。


 父親の宝来総司(ほうらいそうじ)に対しては、自分は何の感情も──関心も無かった。事故死が公式発表になっているが、正直なところ 自殺ではないかとすでに疑っていた。あるいは誰かに殺されたか。だが それすらも どうでも良かった。

 宝来総司に敵がいようとも僕の敵ではない。

 僕の敵は水樹の敵であり、それは大道英之だった。

 そして、宝来から今は大道となった真夜呼(ははおや)

 つまり復旧は ただ軽い気持ちの、遊びだった。



 だが 復旧した宝来総司のスマートフォンのメール記録は、自分の予想を遥かに超える、驚愕のものだったのだ。



 父は こともあろうに同性の────()()かつての高校の同級生に、メールで()()語っていた。何度も。長く。熱く。

 しかも、相手には家族がいたのだ。奥さんと、息子が。父自身も……どんなに母親と冷え切った仲だとしても、既婚者だ。

 それを読んだ時、自分は吐き気を もよおした。

 あの人を心底軽蔑(けいべつ)した。死んでくれて良かったとさえ本当に思った。



 だが さらに恐ろしいことに、メールの相手は父の想いに応えていった。その展開は僕にとっては有り得なくて、悪夢のようだった。

 それでも、2人が互いを想い合っていることだけは……

否応なしに見せつけられた。読みたくもなかった。もう 読むのをやめようと 何度も思った。



 想いが通じ合う一時(ひととき)の幸せを経て──

 宝来総司と桜田晴臣の恋は あっという間に崩れていった。



 両思いになったからこそ、2人は思い知ることになる。

 今の自分達には、そうなったからと言って 何にもならないのだと。

 いや むしろ害悪そのもの。



 高校生の頃のように、ただ想い合い触れ合えたとしても、彼らにはもうそれぞれに社会的立場と家庭がある。

 万が一にもその関係が外部に漏れれば、どれだけ糾弾(きゅうだん)と非難を浴びることになるか…………容易に想像はついた。


 マイノリティに幾らかは優しい時代の流れとは言え、現職の市長と議員。そして、2人共家庭のある父親だ。

 彼らが 彼らのうちでだけ理解し合っているように、実際は離れて暮らして別居状態だの、妻も高校の同級生で 夫の性癖を知っている────等と言うことは、一般的には まるで理由にならない。

 世間は嘲笑(あざわら)い、追い詰め、罰し、打ちのめすだろう。そしてそれは、2人だけでは済まないかもしれない。



 少なくとも、桜田晴臣はそう言うこともひどく気にしていた。妻は自分を、どんな時もきっと (かば)うだろう。彼女まで責められるかもしれない。そうしたら、風晴(むすこ)もひどく傷ついてしまう。あの2人まで巻き込むことは耐えられなかった。



 2人は何度も離れようとして……だが離れきれず、別れようとして…………結局別れきれなかった。





 住宅街のなだらかな坂を 正火斗は下っていく。





 自分は、あの2人をなんておぞましくて愚かなんだろうと思った。過ちだと気づいたのなら、せめてその時にやめればいいのに。弱く、情けなく、汚い大人。



 心の中で散々こき下ろしながらメールを読み進めていくうちに、やがて総司と晴臣は一つの結論に至る。



 僕にはさっぱり訳の分からない結論だった。分かりたくもない。



 現状の現世ではどうあっても結ばれないと察した2人は、死んで結ばれようとする。

 死後に ずっと 一緒にいよう────と。





 坂を下りきった正火斗は、街路樹の並ぶ通りに入る。木陰で一度立ち止まり、額に浮かんだ汗を(ぬぐ)った。

 ため息のような吐息がもれた。





 誰にも理解できないかもしれないが、真実は確かにそこにあった。永遠に守られて行くべき秘密の真実────



 宝来総司と桜田晴臣は2人とも計画的な自殺だ。

 彼らは、離れた場所での "心中" を実行したのだ。






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