君の知らない道2
ー登場人物紹介ー
◆桜田風晴・・・田舎の農業高校2年。
◆桜田風子・・・風晴の母親。民宿を営む。
◆桜田晴臣・・・風晴の父親。市議会議員。
◆桜田孝臣・・・晴臣の弟。ミステリー同好会顧問。地学教師。
◆桜田和臣・・・晴臣の弟。桜田建設社長。
◆大道正火斗・・・ミステリー同好会部長。高校3年。実家は大企業の財閥グループ。
◆大道水樹・・・ミステリー同好会メンバー。正火斗の妹。高校2年。
◆安西秀一・・・ミステリー同好会副部長。高校2年。父親は大道グループ傘下企業役員。
◆桂木慎・・・ミステリー同好会メンバー。高校2年。
◆神宮寺清雅・・・ミステリー同好会メンバー。高校1年。
◆椎名美鈴・・・ミステリー同好会メンバー。高校1年。
◆宝来総司・・・正火斗、水樹の実父。元陽邪馬市市長。桜田晴臣が行方不明になる同日に転落死。
◆井原雪枝・・・風子に屋敷を貸すオーナー。
◆羽柴真吾・・・関光組組員。6年前から消息不明。
◆松下達男・・・関光組組員。羽柴の舎弟。
◆緑川まどか・・・羽柴真吾の女。6年前から消息不明。
「あなたは何も分かっていないわ」
頭を上げた正火斗に 風子は優しく微笑み、話しだした。
「高校生の頃……私は晴臣さんと仲が良かった。恋人同士では無かったわ。私達は本当に仲の良い──友達だった。
今からもう30年以上前だもの。世の中は……変わっている人間には理解がなかった。でも私は彼を理解したし、彼らを理解していた。だから……」
一度切り────それから自身の想いを確かめるようにしてから、風子は しっかりと告げた。
「だから 25年ぶりに再会した彼らのことも、私は理解した。苦しむ姿に……応援すら したわ。
だって 私以外に誰が 彼らを分かってやれるって言うの?それで……それで 私も受け入れたの。彼らの最期の選択を」
正火斗は 風子を見る瞳を細めた。
彼女から見たら、この瞳は神城総司のものなのかもしれない。
「あなたも 桜田晴臣を愛していたから?」
風子は その質問に即座に答えた。
「そう、私は愛していました────あの人を 心から。正直に言ってしまうと……高校生の頃も好きだった気もする。だけど 彼の心は私には向いていなかった。いつも……向くことは無かったの。
結婚する時も、私達の間では友達としての──"取り決め"だった。30歳になって彼は周囲や親から騒がれていて、私の方は恋人に不妊が原因で別れを切り出された直後だった。だからお互いの助け合い。……それだけだったのだけれど」
風子は呆れたように笑って────続けた。
「……でも 一緒に生活していて私は彼を愛するようになっていた。普通の夫婦とは違っても、風晴を一緒に育てて 友情と信頼があった。彼は優しくて思いやりがあって……いい、いい人だったのよ。本当に」
正火斗は話にただ うなずいた。
今なら、心から そうなのだろうと思えた。
この女性は、失って本当に辛かったから、灰畑町の実家で こもってしまったのだろう。保険金に頼らなくても、自分で彼の忘れ形見を育てていこうとした。弔うために、草刈りも。そして、自分の身を かえりみずに あの黒竜池で何度も守ろうとした。血の繋がりのない、彼の息子を。愛する人の息子を。
告げなければいけない。真実を。
正火斗は口を開いた。
「風子さん、晴臣さんの携帯電話は 確かに破損はありますが、データの記録箇所は……無事だったんです。水のせいで全てではありませんが、でも一部の復元はできた。すみません……嘘をついていて」
風子は正火斗の言葉に目を見開いた。
彼を見つめる。
「晴臣さんはあなたにメールを下書きで書いていました。あなたと風晴への謝罪の気持ちを。12年間の間にあなたを……愛するようになっていた と。
あなたと同じような表現でした。普通の夫婦ではないかもしれないけれど、でも大切で、唯一で、これこそが愛だと信じて生活できていた。幸せだった……と」
風子の頬を涙が伝った。彼女は両手で顔を多い、伏せた。
「ぁあ…………」
感嘆のように絶望のように、その声は漏れた。
正火斗は再度の謝罪を覚悟した。
「あなたと晴臣さんにちゃんと愛は生まれていたんです。何事もなければ、貴方達親子は今も3人で幸せに暮らしていた。そんな未来だったんです。父が──宝来総司が現れて、あなたから晴臣さんを奪ったんです。それで2人共死ぬことになった」
頭を下げなくても、彼はその気持ちを込めた。
「僕は父のしたことを恥じています。風晴にとっても、あなたにとっても、晴臣さんにとっても迷惑だった。なのにあの人は止まれなかった。彼のしたことは……本当に非常識で残酷だったんです」
だが 風子は首を振った。
「そうじゃない、そうじゃないのよ、正火斗くん。私は晴臣さんの苦しみを一番近くで見ていたの。彼は本当に……どうにもならなくて苦しんでいた。だから許したの。私だけは許したかった。彼らの関係も、選択も。私はそうしたくてしたの」
彼女は顔を上げて、息子と同じ歳の少年を見つめた。
少年と果たして言うのが ふさわしいかしら。とてもしっかりしている、だけれど……
「あなたにはまだ分からないかもしれない。私達って、ただ正しくなんて……生きれない。そうできれば良いのでしょうし、それを目指していくべきなんだろうけれど。
みんな弱くて、間違えて、みっともなくて……それを直したり悔いたり、許したりしながら、生きていくのよ。きっと」
今の正火斗には遠い言葉だった。羽柴真吾や緑川まどかのように、許すことに値しない人間は確かにいる。同時に、それでも黒竜池で手を差し伸べようとした風晴の姿が浮かんで……ああ、この2人は本当に親子なんだなとも思った。血も遺伝子も超えて。魂が継がれていく。
「はい」
彼はただそう答えた。優しい人に。それから──
「僕はもう出ます。大きな荷物と水樹には明日迎えをやるので、宜しくお願いします。3年だし会社の方から連絡も来ていて、もう東京に戻らなくてはなりません」
と言って立ち上がっていた。
風子はしっかりと涙のあとをハンカチで拭き取り、早々と行こうとする正火斗に尋ねた。
「あの子には会っていかない?」
「僕と彼はもう会わない方が良いと思います。2度と」
その決意のこもった口調に、風子は その後ろ姿を思わず見返した。




