君の知らない道1
ー登場人物紹介ー
◆桜田風晴・・・田舎の農業高校2年。
◆桜田風子・・・風晴の母親。民宿を営む。
◆桜田晴臣・・・風晴の父親。市議会議員。
◆桜田孝臣・・・晴臣の弟。ミステリー同好会顧問。地学教師。
◆桜田和臣・・・晴臣の弟。桜田建設社長。
◆大道正火斗・・・ミステリー同好会部長。高校3年。実家は大企業の財閥グループ。
◆大道水樹・・・ミステリー同好会メンバー。正火斗の妹。高校2年。
◆安西秀一・・・ミステリー同好会副部長。高校2年。父親は大道グループ傘下企業役員。
◆桂木慎・・・ミステリー同好会メンバー。高校2年。
◆神宮寺清雅・・・ミステリー同好会メンバー。高校1年。
◆椎名美鈴・・・ミステリー同好会メンバー。高校1年。
◆宝来総司・・・正火斗、水樹の実父。元陽邪馬市市長。桜田晴臣が行方不明になる同日に転落死。旧姓・神城総司
◆井原雪枝・・・風子に屋敷を貸すオーナー。
◆羽柴真吾・・・関光組組員。6年前から消息不明。
◆松下達男・・・関光組組員。羽柴の舎弟。
◆緑川まどか・・・羽柴真吾の女。6年前から消息不明。
その日の朝の洗い物を 彼女は 終えた。
洗い物と言っても 枚数があるので、食洗機も併用する。台所には、その食洗機が作動する音だけが 響いていた。
息子は高校の始業式に行った。戻るのは昼頃。
他の人達もそれぞれの用事でここにはいない。
今日はこの後、来る人の予定もなかった。
自分 そして 彼 だけだ
彼女は椅子に座ってただ待った。
来るはずの人物を────
やがて 2階から人が降りてくる足音が した。
やっぱり 彼は来た。
そうだろうと思った。今しかないのだから。
台所の入り口まで来て、彼は彼女を呼んだ。
「風子さん、お話しがあります」
風子は うなずいて立ち上がった。
「広間で話しましょう。ここは食洗機の音がうるさいから」
2人は広間に場所を移した。
「これをお返しします」
向かい合って座った広間のテーブルで、彼は風子にそれを渡した。彼女は手の中の 今渡された物を見ながら、尋ねた。
「あなたは どこまで知っているの?」
彼は答える。
「全てを。僕は父のスマートフォンの……削除されたデータを復元しましたから」
その言葉に 風子はひどく哀しい顔に なった。そうして 彼を見つめる。手に持った、壊れた夫の携帯電話はテーブルに置いた。
「あなたは神城総司の息子だものね」
「はい」
大道正火斗はうなずいた。
風子は悲しげに、でも微笑んで話し出した。
「あなたを玄関で見た時にすぐに分かったわ。面影が総司くんとそっくりだもの。彼もそれはそれは整った人だった。髪が短くて、あなたよりガッチリしている感じだけれど。でも、良く似ている。瞳がそのものだもの。美しさと激しさと、荒々しさを秘めてる」
正火斗はその褒め言葉に笑った。
「瞳のことは分かりませんが、父に生き写しだとは言われていました。だから、あなたが僕や水樹を見て全く父のことに触れなかった時、確信したんです」
そして 続ける────
「あなたは風晴に何も話していないのだと」
風子の顔から笑みが消える。彼女は、まるで正火斗を睨むような顔つきになった。
「言えるわけがないでしょう。私はこれを墓まで持って行くつもりです。桜田晴臣のためにも。宝来総司のためにも」
「僕は…………」
正火斗は少しだけ言いよどんだ。
「東京でいた時に、あなた方親子の現状は調べてありました。桜田晴臣さんの遺志は叶っていなかった。僕が援助を申し出ることも考えてここに来ました。結局……こんな形での支援になりました」
風子は うなずいた。
「あなたがしてくれたことは、分かっているつもりです。
風晴を守ってくれてありがとう。…………でも、最後の手紙と この携帯電話の作戦は……私は 本当に引っかかって驚いたわ。全てが駄目になってしまうかと思ったから」
そう言って、風子は再び晴臣の携帯電話に触れた。
「すみませんでした。けれど 僕には必要でした。僕は あなたが風晴に真実を隠している理由を、見極める必要がありました。
万が一あなたが緑川まどかと同じ穴のムジナで、生命保険を…………お金を狙っているだけならば、風晴の近くに置いて東京に戻るわけには行かなかったんです。ですが 現実的には時間が無かった。風晴もハッキリさせたいと思ってくれていました。だから──ああするしかなかった」
風子は、また少し悲しげな顔になって正火斗を見た。
「あなたは……大道真夜呼の息子だから」
「そうです。僕の母親は "あの女性" なので」
正火斗は やはり微笑んで そう言った。それから 彼は
「父の……宝来総司のしたことを、一言だけは謝って帰りたいと思っていました。本当に申し訳ありませんでした」
と言って、座ったままだったが頭を下げた。
それを見て風子は言った。
「あなたは何も分かっていないわ」
最終編・道 始まりました。
よろしくお願いいたします。




