合流を目指して
ー登場人物紹介ー
◆桜田風晴・・・田舎の農業高校2年。
◆桜田風子・・・風晴の母親。民宿を営む。
◆桜田晴臣・・・風晴の父親。市議会議員。
◆桜田孝臣・・・晴臣の弟。ミステリー同好会顧問。地学教師。
◆大道正火斗・・・ミステリー同好会部長。高校3年。実家は大企業の財閥グループ。
◆大道水樹・・・ミステリー同好会メンバー。正火斗の妹。高校2年。
◆安西秀一・・・ミステリー同好会副部長。高校2年。父親は大道グループ傘下企業役員。
◆桂木慎・・・ミステリー同好会メンバー。高校2年。
◆神宮寺清雅・・・ミステリー同好会メンバー。高校1年。
◆椎名美鈴・・・ミステリー同好会メンバー。高校1年。
◆宝来総司・・・正火斗、水樹の実父。元陽邪馬市市長。桜田晴臣が行方不明になる同日に転落死。
◆大河弓子・・・夏休みの間の民宿の手伝い人。
◆北橋勝介・・・フリージャーナリスト。
◆安藤星那・・・朝毎新報・新聞記者。
翌日の朝は、安藤星那が民宿を出て東京に戻る日だった。
晴れた日だったこともあって、ミステリー同好会メンバーと風子は民宿前に見送りに出た。神宮寺は ほぼ涙目だ。
「風子さん長くお世話になりました。本当にありがとうございました」
礼儀正しい彼女は 深々とお辞儀をした。差し出された手を握って、風子もお辞儀を返す。
「安藤さんには お葬式のお手伝いまでして頂いて、こちらこそ ありがとうございました」
安藤はさらに言葉を加えた。
「あの、もしまたどこかで民宿や旅館をなさるのなら……朝毎新報の安藤までご連絡って頂けませんか?」
と 名刺を渡す。
そうなのだ────風子と風晴もまた、どこかには引っ越しを考えなくてはいけない。借りていた建物のオーナーの"井原雪枝"は 本人ではなかったのだから。民宿も 当然やめる。
「お料理 美味しかったので……忘れたくなくて」
彼女は言った。
風子は少し驚いたが、すぐに微笑んで
「やる時には必ず、お知らせ致します」
と 大きくうなずいた。
それを見てから、安藤は高校生達に視線を移した。
「それじゃあ 一足早く東京に戻ります。みんな元気でね。風晴くんも」
と言った。
神宮寺は
「僕はきっと朝毎新報に就職します! 待っていて下さい、安藤さん!!」
と彼女に叫んだ。
安藤はニッコリと微笑んだが、誰もが心の中で───最短であと6年は厳し過ぎるだろう……とは思ってはいた。
そうして 安藤はランドクルーザーに乗って民宿を去って言った。
遠くなる黄色の車体を見ながら 水樹は呟いた。
「仕事って言ってたけれど…………北橋さん良かったのかなぁ?見送りもしないで」
東京本社から、安藤星那は以前からそろそろ戻ってくるように催促はされていた。あとは支社の連中に任せて、戻って東京の事件に着手しろ──と。
けれども出来なかったのだ。卵子提供詐欺の話が出て、どうしても放っておけなくなった。顧問を亡くした高校生達と 優しい民宿の親子が気になった。
それから……
北橋勝介の姿が頭に浮かんだ。
でも すぐに 打ち消す!
見送りにも来ない男。
「やっぱり ろくでもないヤツだったのよ」
そんな言葉を口にしていた時、前方の流良川土手に見慣れたレクサスを見つけた。
「……あれって……」
車外に出て、彼はその長身を 車に寄りかからせて立っていた。
住宅街を低速できた安藤は、その姿にアクセルを踏み込んだ。
「……っと!! 待って待って!!」
彼が慌てて運転席の窓に声をかけて来た。流石に 危ないので安藤は減速した────渋々だが。
右に寄せて 停車する。
北橋が安堵したのか、後方でその様子を見守っていた。けれどもサイドミラーに映るその姿に、安藤はむしろ腹が立ってきていた。
見送りにも来ないくせに!
車のドアを開け、草地に立った。
「危ないじゃないの!?一体なんのつもり?」
咄嗟にそんな言葉が出たのに、彼は笑った。
「見送りのつもり。高校生達と一緒だと、後々面倒臭いから あの子達は」
困惑して、安藤星那は北橋勝介を見つめた。北橋はその眼差しを受け止めて 真っ直ぐに見返す。
彼は話し始めた。
「結さんは……山岸結は、元々兄貴の恋人で奥さんだった。兄貴が行方不明になってからは、一緒に "殺されたかもしれない 帰らない"────そんな怒りと 悲しみを分かち合って、支え合った。
オレ達に男女の接触は一切無かった。だけれどある期間、自分にとってあの人がとても大切だったことは事実だと思う。だからこそオレは彼女に立ち直って欲しかった。兄貴の家に1人いたあの人を実家に強引に戻した。彼女は高校の時の同級生と再婚したよ。今は幸せに暮らしている」
彼の話に、安藤は無意識にうなずいていた。ゆっくりと……尋ねる。
「あなたは……?あなたは、立ち直る気はあるの?」
北橋もうなずいた。力強く。
「そう思ってる。兄貴の遺体を弔えて、羽柴真吾も死んだ。緑川まどかも。
だから 誰かを探すつもりだ。東京に戻ったら」
ああ そう言うことね
安藤は納得した。どうりで、一度も連絡先を聞かれないわけだ。彼は新しい出会いを求めているんだ。
私ではなくて
「あなたの幸せを祈ってます。それでは 失礼します」
それだけ告げて、ランドクルーザーの運転席を開けて再び乗り込んだ。シートベルトを伸ばして 付ける。
その間に 彼が近づいて来ていた。運転席の窓ガラスをコンコンと叩かれる。
何なのよ、もう
安藤はガラスを下げて顔を出した。背の高い彼の顔はすぐそこにあった。
「もう行くわ。さようなら」
そう言った安藤に、かがんで北橋はおでこにキスをした。
彼女は目を見開いて固まった。
その姿を見つめて北橋は笑顔で言った。
「東京で探すよ。必ず見つける。何しろ、黄色のランドクルーザーだから」




