静寂の水面を前に
ー登場人物紹介ー
◆桜田風晴・・・田舎の農業高校2年。
◆桜田風子・・・風晴の母親。民宿を営む。
◆桜田晴臣・・・風晴の父親。市議会議員。
◆大道正火斗・・・ミステリー同好会部長。高校3年。実家は大企業の財閥グループ。
◆大道水樹・・・ミステリー同好会メンバー。正火斗の妹。高校2年。
◆安西秀一・・・ミステリー同好会副部長。高校2年。父親は大道グループ傘下企業役員。
◆桂木慎・・・ミステリー同好会メンバー。高校2年。
◆神宮寺清雅・・・ミステリー同好会メンバー。高校1年。
◆椎名美鈴・・・ミステリー同好会メンバー。高校1年。
◆井原雪枝・・・風子に屋敷を貸すオーナー。
◆大河弓子・・・夏休みの間の民宿の手伝い人。
◆北橋勝介・・・フリージャーナリスト。
◆安藤星那・・・朝毎新報・新聞記者。
◆羽柴真吾・・・関光組組員。6年前から消息不明。
◆緑川まどか・・・羽柴真吾の女。6年前から消息不明。
静かになった水面を見つめながらも、北橋は行動に移っていた。
「警察を呼ぼう」
彼はシャツの胸ポケットからスマートフォンを取り出したが、電話をかける前に何かを操作した。
「それってもしかして……」
立ち上がって近くまで来ていた風子が呟いた。
北橋は風子に片目をつぶった。
「オレも録画していたんです。画像や音声の質は悪いだろうけれど……全ての証拠にはなりますよ」
「僕のスマートフォンは一つ、駄目になったけれどね」
正火斗は ため息をついた。
「一つってことは?」
風晴が聞いた。
「仕事用と分けてる。まあ、そっちが無事なのは良かったよ」
その答えに
(やっぱりコイツ 只者じゃない)
と胸の内で風晴は思った。
北橋は 警察への連絡をしていた。
風子が風晴に
「風晴、お父さんの携帯電話って一体どう……」
と聞こうとすると、正火斗がすばやく
「僕が持っています。ただ、あれは破損もしていますし水も入り込んでいて、データの復旧は無理でした」
と答えた。
「そうだったの……。そうだったのね」
そして──風子は両手に顔をうずめた。緊張がほぐれたのだろう。彼女は静かにだが 涙をこぼした。
風晴はそんな母親を見つめて、優しくだが 聞いた。
「メマツヨイグサを供えて、草刈りをしていたのは……母さんだったんだね……?」
風子が涙を拭いて、顔を向ける。
「そう。晴臣さんには、この6年間ここがお墓だったから。お盆が来る前にはスッキリさせたくて毎年来ていたわ。──マウンテンバイクで」
彼女は 少し恥ずかしそうだった。
「日中は風晴が学校に乗っていくし、民宿もあるから、来るのはだいたい早朝だったの。それでなんとなく……綺麗に咲いていたメマツヨイグサも持っていって供えるようになっていった」
警察への電話が済んでいた北橋は、黒竜池を見渡して言った。
「でもここをお1人で?大仕事だったでしょう……」
「最初の1、2年目はね。実は 一応は人体や自然に影響がないってラベルの除草剤は、散布してあるの。それを繰り返していたら、最近は生える勢いも緩くなったのよ」
「にしたって……」
繰り返す北橋の言葉は、正火斗が遮って尋ねる。
「やりたかったんですよね? 晴臣さんのために」
風子は照れ臭そうに微笑んで 答えた。
「そうね。やってあげたかった。……あの人を愛していたから」
その母親の姿を見て 風晴は言った。
「オレは信じてた。だから 井原さんか大河さんのどっちかなって思ってたんだ。正直、大河さんかなって。でも母さんが見えたから──あの時は実は……ビックリしてた」
親子は笑った。正火斗と北橋も微笑んだ。
正火斗は後ろポケットからスマートフォンを取り出して、風晴に渡した。
「返すよ、預かり物を。多分、大河さんが留守電かメッセージくれてるよ。実は水樹から僕に連絡が来てた。大河さんが、風晴に連絡したいから番号知りたいって聞かれたって」
風晴はメッセージを見て
「凄く長く書いてくれてる。お母さんと相談した方がいいって。悪いことしちゃったよな、本当に」
と頭をかいた。そこに北橋も加えた。
「こっちには、神宮寺くんから連絡があった。安藤星那は、"夜にしっかり話しを聞かせて"って君に言ってくれと。"取材じゃなくて、相談に乗るって伝えて" だとさ」
風晴は目をつぶって片手をあてている。
風子は そんな息子を見て
「一体何をやったの?」
と聞いた。それには、正火斗が説明をした。
「風晴を狙う全ての始まりは保険金でした。だから、その根底を揺るがした。風子さんには、別の表現で手紙を出させてもらいましたが、他の3人────安藤星那、大河弓子、井原雪枝にはこの手紙を届けていたんです」
正火斗は白い四つ折りのコピー用紙を広げて風子に見せた。鉛筆書きの文章がある。下書きだろう。
" 実は悩み事があって 相談したいです。
民宿に泊まりに来た大道正火斗くんがIT関連の会社
と繋がりがあったので、僕は母に黙って水没した父の
携帯電話のデータの復旧をお願いしていました。復旧
したら母が喜ぶと思ったからです。
でも実は父のメールから、自殺願望があったことが
書かれていたんです。父は 自殺なのかもしれません。
自殺だと 生命保険も受け取れないと聞いたことがあ
ります。母と僕は保険金を、祖父の入院や手術代のた
めに回される進学費用の、穴埋めに使えると期待して
いたんです。それで 今困っています。
民宿だと母に聞かれてしまうので、今日の午後黒竜池
で話を聞いてもらえたらとても助かります。
桜田 風晴 "
読み終わって──風子は紙を掲げ持つ正火斗に視線を移す。
「これはまた…………大それた事をやったものね……」
正火斗はその視線を受けとめた。
「はい。申し訳ありませんでした。でもこれしかありませんでした。根本的な原因の保険金が無くなるかもしれないとなれば、緑川まどかと繋がりのある人間か本人が、必ず すぐさま出てくると思いました」
続ける。
「緑川まどかは、最初、風晴ごと携帯電話を処分できれば1番手っ取り早いと考えたのでしょう。そう考えると、思ってはいたんです。だから、彼女が風晴を突き落とすことは分かっていました」
風晴がうなずく。風子は呆れたように首を振った。
「それが あなた、北橋さん、僕の登場で、罠だと気づいた。僕達はいくらなんでも彼女が観念すると思っていましたが、そこは間違いでした。あんな展開になってしまって……本当にすみませんでした」
謝る正火斗に 風子は問いかけた。
「私も疑われていたのね?」
これには北橋が答えた。
「正直言って……オレはかなり。でも、さっきの通り風晴くんは勿論信じていました。潔白を証明するために、母にも手紙を出してみてくれと彼は言った」
親子は顔を見合わせた。風晴はニヤリとした。
正火斗はアッサリと付け加えた。
「僕も信じたいと思いましたが、可能性を捨てられませんでした。僕の母親は大道真夜呼なので」
黒竜池には、警察のサイレンが近づいて来ていた。
また、この池の周りは騒がしくなりそうだった。




