黒竜の道へ
ー登場人物紹介ー
◆桜田風晴・・・田舎の農業高校2年。
◆桜田風子・・・風晴の母親。民宿を営む。
◆桜田晴臣・・・風晴の父親。市議会議員。
◆大道正火斗・・・ミステリー同好会部長。高校3年。実家は大企業の財閥グループ。
◆大道水樹・・・ミステリー同好会メンバー。正火斗の妹。高校2年。
◆安西秀一・・・ミステリー同好会副部長。高校2年。父親は大道グループ傘下企業役員。
◆桂木慎・・・ミステリー同好会メンバー。高校2年。
◆神宮寺清雅・・・ミステリー同好会メンバー。高校1年。
◆椎名美鈴・・・ミステリー同好会メンバー。高校1年。
◆井原雪枝・・・風子に屋敷を貸すオーナー。
◆大河弓子・・・夏休みの間の民宿の手伝い人。
◆大山キエ・・・黒竜池によく行く老婆。
◆北橋勝介・・・フリージャーナリスト。
◆安藤星那・・・朝毎新報・新聞記者。
◆羽柴真吾・・・関光組組員。6年前から消息不明。
◆緑川まどか・・・羽柴真吾の女。6年前から消息不明。
正火斗の言葉に、緑川まどかは高らかに笑った。
「4人だからって何?だから私が諦めるとでも思っているの?やり方は色々あるわよ」
彼女は風子に拳銃を振り上げて、頭を殴った。
「あっ……!」
声を上げて風子が崩れる。
「母さん!!」
寄ろうとした風晴のTシャツの襟元を、後ろから緑川まどかは 掴んだ。
「こいつが鍵でしょう? 誰にとっても」
カチリと音がして、風晴の頭に銃口が付けられた。
風子は まだ起き上がれなかったが
「やめて……」
と声を漏らした。
対岸にいる正火斗に まどかは叫んだ。
「スマートフォンを池に落としなさい! さもないとこいつの頭をぶち抜くわよ!」
距離があっても 正火斗が自分を見たのは分かった────風晴は首を横に振る。
「別にいいけれど?落とさなくても。殺したくて殺したくてたまらない相手だもの」
まどかの手が拳銃を握り直した。そして……
「やめろ!」
正火斗の声がして、それから
パシャン…… と
スマートフォンが落ちた水音がした。
「アハハハハハハハ!!」
楽しそうに笑うまどかの声が黒竜池の森に響き渡る。風晴は 狂ってる と思った。
「もう一つ出してもらうものがあるわ」
まどかの眼差しも口調も真剣なものに変わっていた。
一瞬で。
「桜田晴臣の携帯電話よ! アレはどこ!!?」
これまでにない厳しい口調だった。
跪く格好でいた風晴の頭を引っ張る。冷たい銃口が額に当たった。
北橋も、正火斗も動けない。
「さっきので黒竜池に落としたなんて言うのはきかないわよ。仲間が持ってるんでしょう!? 出しなさいよ!! さもないと……」
まどかが引き金に指をかけた。
「待って!! 携帯電話はあの地蔵の中よ!」
風子が赤い布を巻く地蔵を指差す。
「はぁ!?」
まどかは鬼の形相で聞き返した。もはや井原雪枝の影はない。
「犯人を炙り出すために風晴達は罠を仕掛けた。エサはこの子自身だったの。突き落とされる覚悟をしていたから、携帯電話は濡れないようにあの地蔵の中の空洞に入れてあるの。私は馬鹿なことをするこの子を止めに来たのよ…………」
風子の説明に、まどかは風晴を立たせた。
「立って!一緒に地蔵に来るのよ、ホラ!」
銃を背中に突き付けられ風晴は従った。銃口に押されながら、お地蔵様の所まで行った。
布をまくり上げて……まどかは手を入れる。
「奥の方よ。結構深いから」
風子が元の位置から言う。
まどかがグッと手を差し入れた瞬間────
「あ"ぁ…………!!」
と声を上げてその左手を引き抜いた。そこには赤い血が流れ落ちていた。草刈り鎌を握ったのだろう。
右手から 拳銃がこぼれ落ちた。
北橋と正火斗は地蔵に走り出す。
地面に落ちた拳銃を──風晴は蹴り飛ばした。
「こいつ!!!」
凄まじい勢いでまどかは風晴に飛び掛かろうとした──
そして 踏ん張った足が滑った。
「うぁ!!」
バシャン!
と まどかが池に 吸い込まれるように落ちた。
だが、彼女は泳ぎもうまそうだし、小柄で引きずり込まれることはない…………はずだった。
しかしその時──水面はいつもよりも大きく渦を生んだ。
北橋の差し込んだ鉄板はまだそのままだ。
あれによって相殺されて消された水流達が、今また新たに形成されようとしている。そしてそれは、これまでよりも激しいのかもしれない。
何か異変を感じたのか、まどかは急いで縁に来た。そして地蔵に手をかけた。
すぐそばにいた風晴は一瞬だけ──迷った。
だが その人に手を伸ばして 近づいた。
まどかも風晴につかまろうと、もう一方の手を伸ばした。
その時、緑川まどかの持つ地蔵が砕け散った。
「あ"ぁ!!」
彼女は風晴の手を取れなかった。水中へと戻された。
そして────
普段よりも勢いを増した水流達は緑川まどかを引きずり込み 飲み込んだ。
彼女の姿は……あっ言う間に見えなくなり
いくらか水面がバシャバシャと音を立てたが
すぐに それすらも 止み
そして その姿は ……消えた。
風晴は呆然とその波打つ水面を見つめた。
横にいつの間にか正火斗が来ていて、差し出したままだった彼の手を取った。
「良かったんだ。……これで」
正火斗は言った。
そして、近くまで来ていた北橋も告げた。
「あの女なら、手を取った瞬間に君を引っ張り込んで、そして自分だけ上がろうとしたさ。間違いなく」
砕けた地蔵の破片には赤い布がかかり、そして……地蔵の頭が転がっている。
風晴は 思い出していた。
大山のおばあちゃんの言葉を──
"あの池は、子供を殺す親を 許さないのさ"




