解き明かされる仮面

　

　風晴と風子は、信じられない気持ちで井原雪枝(いはらゆきえ)を見上げた。

　彼女の手には黒い拳銃が握られていて，その先は自分達に向けられている。

　風子は、風晴の前にその体を出した。

「桜田孝臣(たかおみ)さんを事故に見せかけて転落死させたのも、あなた なんだな?」

　距離はあったが、北橋が声を大きくして聞いてきた。

「まあね。でも狙いは桜田孝臣ではなかったわ。桜田風子だった」

　風子は、数年間友人だと信じていた女性を見つめた。

「井原さん……どうして?あなただって息子さんとご主人を亡くされて……しかも お金には困っていないのに」

「彼女は "井原雪枝" 本人では ないんです」

　草むらから、正火斗が姿を現した。その手はスマートフォンを持っている。彼は言った。

「全ては録画しています。もう逃げられませんよ、緑川(みどりかわ)まどかさん」

　"井原雪枝だった人物" は 小さく舌打ちした。

「緑川まどか……!! あなたが?!」

　風子が 信じられないと言うように声を上げた。

　正火斗は拳銃を握る緑川まどかに、スマートフォンをしっかりと向けながら 話しだした。

「2011年の自動車事故と見せかけた今井薫子(いまいかおるこ)とその両親の殺害から、あなたは"今井薫子"として生きていた。

　輪命回(りんめいかい)病院で羽柴真吾(はしばしんご)や松下達男(まつしたたつお)と再会して、再び卵子提供詐欺にも関わった。そこから、ハイブリッド卵子を巡る女性達の多くの秘密の情報を知ったんだ。桜田風子、井原雪枝、真淵実咲はその中にいた。

　本物の井原雪枝は決してあなたに従わなかった。それどころか、全てを公にして訴えるとでも言われたんじゃないですか？彼女には腕の良い弁護士も、資産も充分にあったのだから」

　緑川まどかは正火斗を睨(にら)みつけていたが、銃口は風晴と風子から外さなかった。

「あなたは殺したんだ────井原雪枝を。10年前の2015年に。そうして、井原雪枝になりすますことにした。外見は今(・)井(・)薫(・)子(・)の(・)ま(・)ま(・)で(・)も(・)、それは可能だった」

　正火斗とは池の反対側のだったが、北橋がその後を続けた。

「調べましたよ。井原雪枝の経歴を。2015年からの3年ほど、彼女はほとんど人に会わない引きこもりの生活を……確かにしている。理由は子供と夫を失ったから。

　わずかな知り合いや徐々に始める福祉事業への指示も、ほとんど電話やメールだけで、誰も姿を見たことはなかった」

　正火斗は付け足した。

「10年前はちょうど今井薫子が同級生の西岡満子(にしおかみつこ)に東京で会った頃です。あなたは死体の上がらない黒竜池に興味を持った。そして、死体処理に困った井原雪枝の遺体をここに流したんだ。だが、彼女の遺体は……始め思ったように沈み込まなかったんじゃないですか？

　井(・)原(・)雪(・)枝(・)が(・)あ(・)な(・)た(・)と(・)同(・)じ(・)く(・)ら(・)い(・)小(・)柄(・)で(・)背(・)が(・)低(・)か(・)っ(・)た(・)か(・)ら(・)。(・)

　あなたは、それで黒竜池で子供が助かる仕組みに気づいたんだ」

「そして……それを利用できると思ったのね」

　風子の声だった。あまりに非情な相手を前にして、彼女は息子をひたすらに庇(かば)っている。

「仕組みが分かれば、後は重しでもつけて井原雪枝を沈めたのでしょう。5体の白骨体の中で、女性で今だに身元不明のものが彼女なんだ。本物の井原雪枝で照合すれば、必ず判明するはずだ」

「そうやって兄貴もこの池を利用して殺して、そして今井薫子の自殺トリックにも活用した。

　輪命回病院の整形外科エリアを爆破したかったのは、2011年の今井薫子への治療の整形記録を消したかったからだけでなく、2018年の井原雪枝への整形記録も抹消したかったんだな?」

　北橋が緑川まどかに問いかけた。

　すると 彼女はようやく口を開いた。──やれやれ と でも言うように 肩をすくめて。

　普段の井原雪枝からは、それは想像できない姿だった。

「7年前はまだ知り合いの医者達が沢山いたのよ。昔寝た男も、金を分けた男も。だから頼めば整形は簡単だった。

　使えない羽柴には絶望したけれどね。頭のおかしい警察官の妻なんか使って遊ばないで、あいつがちゃんと4階東棟に爆弾を取り付けに行けば良かったのよ。そうすれば、今頃はもっと成功に近づいてた」

　そう言って風子を見る。

　4階東棟の上は桜田臣五郎の病室がある。やはり あの時にも彼女は桜田親子の命を狙っていたのだ。

　風子は逃げずにまどかを見返した。

　撃つならば 自分を撃て と言わんばかりに。

　正火斗はスマートフォンを向けたまま、また少し近づいた。自分に注意を向けさせるように 話しかける。

「もう逃げられない。こちらは４人だ。証拠は全て録画した。銃を下ろしてください」

　だがその言葉に 緑川まどかは 高らかに笑った。