今こそ末路へ
ー登場人物紹介ー
◆桜田風晴・・・田舎の農業高校2年。
◆桜田風子・・・風晴の母親。民宿を営む。
◆桜田晴臣・・・風晴の父親。市議会議員。
◆桜田孝臣・・・晴臣の弟。ミステリー同好会顧問。地学教師。
◆大道正火斗・・・ミステリー同好会部長。高校3年。実家は大企業の財閥グループ。
◆大道水樹・・・ミステリー同好会メンバー。正火斗の妹。高校2年。
◆安西秀一・・・ミステリー同好会副部長。高校2年。父親は大道グループ傘下企業役員。
◆桂木慎・・・ミステリー同好会メンバー。高校2年。
◆神宮寺清雅・・・ミステリー同好会メンバー。高校1年。
◆椎名美鈴・・・ミステリー同好会メンバー。高校1年。
◆井原雪枝・・・風子に屋敷を貸すオーナー。
◆大河弓子・・・夏休みの間の民宿の手伝い人。
◆北橋勝介・・・フリージャーナリスト。
◆安藤星那・・・朝毎新報・新聞記者。
◆羽柴真吾・・・関光組組員。6年前から消息不明。
◆松下達男・・・関光組組員。羽柴の舎弟。
◆緑川まどか・・・羽柴真吾の女。6年前から消息不明。
その日の午後──風晴は黒竜池のほとりに立っていた。ジーンズとTシャツで、紺色のキャップも被っている。
すぐ近くには あの赤い布をまとうお地蔵様があった。お地蔵様の下には枯れたメマツヨイグサが散らばっている。彼の立っている足元にもそれはあり、風晴は目をやった。
次の瞬間、カサリ と草を揺らす音がした。
だが振り返ろうとした時には、既に遅かった。
バシャン…………!!!!!
全てがあっという間だった。
一瞬でそれまでいた世界は歪み、うねり、だんだんとそれすらも遠のいていく。
自分を飲み込み、もがく体にまとわりつき、服に浸透する冷たさは体力を恐ろしい速さで奪っていく。
そして何よりも……
開いた口からは気泡すら出なくなっていく。
飢えた魚のように口をパクパクと必死に動かす。
空気を! 空気を!クウキヲ…………!!
だがそこには水しかない。
自分の周りには水しかない。息がデキナイ。
水が喉を埋め肺を埋める。肺を超えて肉体の何もかもを潰していく……
死ぬ! 水に落とされて死ぬ!
そうだ、オレは突き落とされたんだ。
オレは背後から押されて、ここに突き落とされた。
クソッ!息ができない……死んでしまう!
そして 死体は上がらない……
これまでの行方不明者達と同じように!!!
わかっていた。予感はあった。
だけど どうしようもなかった!
でも────
一体 どっちなんだ…………?
黒竜池の中央に流されながら 風晴は1度の浮上に成功した。息継ぎをして地蔵の方を見た時、そこには確かに人の姿があった。
2人…………!!
それは井原雪枝と桜田風子だった。
(母さん……!!!)
絶望感の中で、足を何かにとられるような感覚に襲われた。──感覚だけではない。
孝臣の水流解析データを見たから知っている。
黒竜池は落ちた者を中央に流し引きずりこむ。そして地底で弾かれて、最後には流良川に通じる穴に取り込まれるのだ。
そうなれば、もう戻っては来れない。
必死にもがく。浮上を願って。
だが取り込まれた水中で────
誰かが自分の手に触れた気がした。
……小さな……子供のような……手?
すると また浮上した。息を吸う。
次の瞬間──
「風晴!!!」
桜田風子はシューズを脱ぐと、黒竜池に飛び込んだ。
「母さん!?」
風晴が驚いて叫ぶ。
流れの助けと泳ぎの技術があったのだろう、風子は風晴にすぐに追いついた。だが、彼女自身が中央に引きずり込まれそうになる。
「母さん……!」
風晴は手を伸ばしたが、風子は自らが中央に陣取り──息子を押し出すと叫んだ。
「行って! 行きなさい! 私はいいから……っ」
言いながら彼女の頭は水中に沈んだ。
風晴が叫ぶ。
「母さん!!!」
その時──茂みから飛び出して来た北橋勝介の手には、薄いが、長い鉄板の板が持たれていた。彼は場所を定めるかのように水中を見てから、その板を振りかぶって思い切り差し込んだ。
そして、風晴と風子に大声で言う。
「上がれ!!今なら水流が止まるはずだ!!」
泳ぎやすくなって風晴は 母の元へ行こうとした。
だが 浮上した風子は言った。
「大丈夫!私は自分で行けるから。上がりなさい」
母がしっかり泳げていたので、風晴もうなずいて池の縁へと向かった。
手が土をつかみ 草を握った。両腕に力を込めて体を水から上げるが、服が水を吸って物凄く重い。疲労もあって、渾身を振り絞って転がるように上がった。
それでも這うように身体を起こして、母親に手を貸した。
母も風晴の手につかまり、共に力を込めて身体を陸にのせる。
2人はハァハァと肩で息をついた。
視界の端に北橋が走って来ているのは 分かっていた。
が、彼は今 脚を止めて 微動だにしていない。
どうして?
反対側を振り返って──風晴もその理由が分かった。
自分と母親には銃口が向けられていた。
井原雪枝が拳銃を構えて、そこに 立っていた。




