終着を見据えて

桜田風晴が退院してくる予定の日の朝、大道正火斗は、北橋勝介の部屋に来ていた。

『風晴くんがすぐ退院できて何よりだよ。、、でも大変だったね。オレも誕生会に行けば良かったな。』

北橋はパソコンを閉じてそう言った。英国メディアとの卵子提供詐欺報道の話は順調に進められていた。

『何らかの攻撃が来るだろうと分かっていたのに、、油断していました。紙コップに名前が付いていたのが狙い目だったんでしょう。かと言って、あの状況では、準備の時に誰の指紋がついていても不思議じゃない。それでいて毒を入れるのは指紋を付けずにやることもできる。全く特定できない。』

北橋は、厳しい顔をして正火斗に告げた。

『だが、もうこうなると、、、犯人か、犯人と繋がっている者は限定されてきてる。正火斗くんはさぁ、分かっているけど言わないだけなんじゃないの？』

正火斗は無言で北橋を見返した。

『オレも信じたくはないよ。だから意見することを避けてきた。だけれどこの事件は、、、』

北橋は続けた。

『桜田風子が犯人なら全てのピースが当てはまるんだよ。

桜田孝臣の事故への誘導も彼女は簡単に仕組める。動機としては、単純に邪魔だからだろう。風晴は彼を慕っていて彼は頭が切れる。この先大金を自由にしたい時、何らかの障害になると思っても不思議じゃない。

“ 緑川まどか " が実際にこの件に関わって羽柴真吾と桜田親子を狙ったことは確かだ。

だが、それに桜田風子自身も実は加わっていて、嫌がらせは目眩(めくらま)しに使っている可能性は充分にある。』

北橋は正火斗を見つめる眼差しを緩《ゆる》めた。

『君は言えないんだろ？風晴くんに。

実の母親と育ての母親の両方が、彼を殺そうとしているかもしれないって。』

正火斗は沈黙のあと、やっと口を開いた。

『可能性でいけば、大河弓子と井原雪枝、安藤星那にもそれはある。緑川まどかと羽柴真吾の共犯者として。』

だが、北橋は反論した。

『大河弓子は金のために動くかもしれないが、井原雪枝はどうだろうね？過去の事情もあるし、君達と同じくらい金銭に困っていないなら動機がほぼ無いんじゃないかな。』

そして、

『安藤星那も不自然だ。金のために動く人間なら、警察に蹴られてまで、君を通そうとするかな？』

と付け加えた。

『温情で真実を見誤っていたら、次こそ風晴くんは危ないんじゃない？本人や警察に、もう言うべきだよ。警察は気付いてるかもしれないけれど。』

『風晴は、次を待つつもりはありませんよ。』

正火斗の返答に、北橋は目を丸くした。

『昨日の夕方、彼から連絡がありました。犯人を炙(あぶ)り出したいから力を貸してくれって。

彼はまだ信じて戦うつもりだし、僕も手助けするつもりです。』

正火斗の方が、今度は北橋を凝視した。

『あなたを雇いたい。報酬は支払うので、手を貸して下さい。』

その日の午後、風晴は風子とタクシーで帰宅した。

ミステリー同好会のみんなと大河弓子が門まで迎えに出てくれていて、風晴はかなり驚いた。

そして、何故か、その一団の中には隣の西岡幸子までいる！

『おかえり』

『おかえりなさい』

『退院おめでとう』

と、みんなに声をかけられた。

幸子の前に通りかかって（流石に無視することもできず）

『わざわざありがとうございます。』

と言うと、幸子が風晴の手を握ったので風晴は驚いた。

幸子は風晴に近づき、

『大変だったわね。いつでも来ていいからね。何か変だと思ったら。』

と、耳打ちした。

風晴は瞬時にムカッとした。手も振り払おうとしたが、幸子の方がすでに素早く手を放し、そして自宅へと向かっていた。

風晴は西岡幸子の背中を睨みつけたが、何も言えなかった。

これが世間の反応だ。

自分は毒をもられ、そして、その犯人が家族や友人だと、疑われている。この状態が続けば、周囲の人達はまた面白おかしく脚色するだろう。

犯人が捕まらなければーーー

『風晴、おかえり。』

呼ばれて振り返る。そこには、正火斗がいた。

風晴の " ただいま " は待たずに、彼はただ確認をしてきた。

『本気なんだな？』

昨日、自分の持ちかけた話なんだとすぐに分かった。

風晴は、迷うことなく うなずいた。