罠の仕掛けられた道

裏庭に水樹と秀一が現れたとき、手を繋いでいたので、みんなからちょっとした歓声は上がった。

風晴も " おおっ" と思ったし、口に出してしまっていた気がする。でも、秀一は恥ずかしそうではあったが、もう堂々としていたし、水樹も幸せそうだった。

あとは桂木が

『お二人さん、はやく花火やっちゃてくれよ。無くなっちまう。』

と差し出しに行っていた。チャッカマンと共に。

それで、風晴はすぐ後ろで吹き出してしまっていた。

水樹が

『チャッカマン見るたびに、私もこれからも笑っちゃいそう。桂木と桜田も覚えておいてよ。』

と、言ってから

『ありがとう、2人共。』

と風晴と桂木を見つめた。

『まぁね。オレ達、ナイスコンビプレーだったろ！』

桂木が肩を組んできたが、風晴はもう振り払わなかった。

４人は笑い合った。

花火も終わり頃になり、風晴は喉の渇きを覚えて飲み物を取りにテーブルに向かう。

途中、様々な光景を目にした。

安藤星那と花火を楽しみたい神宮寺。だが、そこに大河さんが果物を勧めているようだ。安藤の果物への反応の良さに、神宮寺は、慌てている。

聖は椎名と話しをしている。この夏にはあまり見なかったコンビだが、親しくなれているなら、良かった。、、良かったな、聖。

桂木は今また料理を口にしてる。物凄く美味そうに。今日、もしかして水樹や秀一をずっと心配していたのかもしれない。どこまでいいヤツなんだよ、相棒。

母と井原さんは、紙コップだけを片手に２人で話をしている。ちゃんと、笑顔だった。

そして、水樹と秀一は2人で線香花火をしていた。2人だけの世界だった。、、、おめでとう。

顔を正面に戻すと、調度向かい側から正火斗も真っ直ぐ来ていた。

相変わらず察しの良い彼は飲み物を取りに来たと気づいている。

『何にする？』

と、聞いてきた。

『じゃ、コーラで。』

風晴は、自分の名前のついた紙コップを持った。

正火斗はもうペットボトルのキャップは開けていて、そこに注ぎ入れた。泡が立ちすぎ無いように加減がされている。

彼自身も自分の紙コップに、同じようにコーラを注いだ。

ほぼ同時にゴクゴクと飲んで、2人は息をついた。

それから、正火斗は風晴に向き直った。

『何か少しは決まった？先のこと』

聞かれて、風晴は今できる最善の答えをと、頭を絞った。

『ぼんやりとだけど、、。大金があるのなら、やっぱり農業に関することは何か、、すると思う。あとは、、、』

風晴は自分が作ったケーキのトレイを見た。２つ共、キレイに無くなっている。

『専門学校に行こうかな、、、料理の。』

言いながら考えている感じだった。あからさまに。それでも正火斗はうなずいてくれた。

『良いと思う。自分のために使ったら。』

風晴は正火斗を見上げた。

その時、視界が揺れた。

何が起こったか分からないが、何かが、、変だ。

歪む視界に入っている正火斗の顔も、不思議そうなものになって、、、それから、瞬時に険しいものに変わった。

『風晴、、、！？』

呼ばれた時には、もう紙コップは手から滑り落ちていた。

手が、、、身体が、、痺(しび)れる。痺(・)れ(・)て(・)い(・)る(・)！

呼吸が苦しい。心臓は早鐘(はやがね)を打つようで、痛みが走った。

胸をおさえて、風晴は崩れ落ちる。

正火斗が支えて、叫んだ。

『毒だ！吐き出せ！風晴！！』

痛みと苦しみが優先して、理解ができない。ただ痛みに もだえ、あえぐ。

その時口に指が入ってきて、喉の奥から吐き気が込み上げた。意識が薄れる。

『風晴！？』『桜田！』

みんなの声が聞こえた。そして、

『風晴、、、！？風晴、、、、っ』

母の泣き叫ぶような声。

記憶があるのは、そこまでだった。

あとは全てが闇に包まれた。

翌日の夕方ーーー

A県の天気は雨だった。朝から降ったり、止んだりが繰り返され、薄雲が続いている。

桜田風晴の姿は、輪命回病院のベッドの上にあった。

午前中のうちに意識は取り戻した。

午後からは警察が来た。

さっきまで、傍には祖父と母がついていてくれた。

毒は紙コップに混入していて、ジギタリス系のジゴキシンという毒だった。ジゴキシンは心不全等の薬に使われることもあって心臓の収縮を強める作用がある。それが濃縮されていた。

記憶はほぼ無かったが、風晴は正火斗のおかげであの場で

ほとんど，吐き出せていたらしい。そうでなければ、、、命の危険もあったようだ。

命を狙われた。

死んでいたかもしれない。

怖くないと言えば嘘になる。

それでも、、

風晴はシーツから出されていた右手を握り込んだ。強く。付けていた点滴はもう外されている。

彼の中で渦巻いていたのは　怒り だった。

大切な時間だったのに。

風晴が、ああなったことで誕生会は一変した。

救急車、警察が来て、あの場にいた全員が聴取された。状況から、彼らの誰かが毒を入れたことは明白で、風晴と、いなかった北橋以外の全員が今は容疑者だ。

頭では理解しても、心は追いつかない。

心は彼らを信じていて、頭に浮かぶのはその人達の昨夜の姿だ。

大切な人達だったのに。

幸せだった。

みんなも、自分も。

そういう時間が、思い出になって残るはずだった。

離れてからも。

これからも、ずっと。

緩(ゆる)められた右手は持ち上げて額(ひたい)の上に置かれた。

瞳を閉じる。

認めるしかない。

誰かが

誰かは

金のために動いている。

そして、その先にいるのは " 緑川まどか " だ。

このまま身近な人達を誰ともなく疑って、また命を狙われる危険に怯(おび)えて暮らすのか？

だが彼女が仮に姿を表しても、今は逮捕すらもできない。証拠は何もないんだ。今のところは、何も。

『クソッタレ』

口からこぼれ出る言葉。

風晴は目を開けた。

空(くう)をただ見つめる。

身体を起こして、ベッド脇の備え付けテーブルに置いてあるスマートフォンに手を伸ばす。

着信履歴から電話帳登録してあった相手に迷わずかけた。

相手はすぐに、出てくれた。

『オレ。、、うん、大丈夫だ、、』

風晴は、続く相手の話を遮(さえぎ)った。

今は聞いてほしい。

『力を貸してほしい。』

決意を込めて告げる。

『戦いたい。』

窓の外では、再び雨足が強まっていた。雲は立ち込め、遠くでは雷鳴が聞こえ始める。その稲妻は、光を走らせ暗くなる空を裂いた。