これまで歩んできたあなたに
ー登場人物紹介ー
◆桜田風晴・・・田舎の農業高校2年。
◆桜田風子・・・風晴の母親。民宿を営む。
◆大道正火斗・・・ミステリー同好会部長。高校3年。実家は大企業の財閥グループ。
◆大道水樹・・・ミステリー同好会メンバー。正火斗の妹。高校2年。
◆安西秀一・・・ミステリー同好会副部長。高校2年。父親は大道グループ傘下企業役員。
◆桂木慎・・・ミステリー同好会メンバー。高校2年。
◆神宮寺清雅・・・ミステリー同好会メンバー。高校1年。
◆椎名美鈴・・・ミステリー同好会メンバー。高校1年。
◆井原雪枝・・・風子に屋敷を貸すオーナー。
◆大河弓子・・・夏休みの間の民宿の手伝い人。
◆安藤星那・・・朝毎新報・新聞記者。
◆真淵耕平・・・灰畑駐在所勤務。巡査部長。
◆真淵実咲・・・耕平の妻。
◆真淵聖・・・耕平と実咲の長男。農業高校2年。
民宿の台所で、秀一は花火のためのチャッカマンを探していた。台所のことは全く分からない。そのためか なかなか出てこなかった。
何か物音がしたわけでも無かった。
"視線を感じる" という表現があるなら それだった。
振り返ると────台所の入り口に水樹が立っていた。
「…………!!」
驚いて、むしろ声は出なかった。
彼女は居心地が悪そうに言った。
「ごめん。取りに来たものがあって……」
「ああ! うん……!」
必要以上に力強い返事になった。
そうだ返事返事返事返事返事返事返事返事…………こここここここ告白の 返事を返さないと!
頭とは裏腹に、身体は水樹を避けて台所の流しの下に向いた。
もう何を探しているかはさっっっぱり分からない!!
水樹も反対側の戸棚を開けている音がした。
何かを動かしているような音がカチャカチャとする。
秀一は何を探しているかは最早不明になっていたが、答え答え答え答え答え答え答え答え答え答え…………と思ってシンク下にまで潜り込んでいた。
答えは、そのザルやボールの置かれた闇の中には無いが。
ふと、水樹が
「アレ? 無いなぁ……チャッカマン……」
と言う声が聞こえて、彼は振り返った。
「え"!?」 同時に
ゴンッッ
と豪快な音が鳴り響いた。
思い切り 棚上に頭をぶつける。
「……ッったぁ…………!!!」
衝撃に火花を見たような気がする。思わず声が上がった。膝をついたまま頭を抱えていると、その声がした。
────近くで。
「秀一、大丈夫?」
頭がガンガンしていたけれど、一瞬でそれは別の何かに変わる。顔を上げるのが怖かった。何かを 見透かされそうで────何を?
次の瞬間、彼女の手が自分の頭に触れたのを感じた。
ドキリ として
物凄い勢いで身を引く!!……引いてしまった。
体勢は変わって 顔が上がる。
見ると水樹の右手はまだ宙に上がったままで、そして
────そして、彼女の驚きに見開いた瞳は、瞬時に悲しみに染まった。
(あ…………!)
取り返しのつかないことをしたことは分かった。どうしたら取り戻せるのかは分からない。どうしたら──
水樹は手を静かに下ろして 自分の膝に置いた。その悲しみを隠すかのように瞳を伏せる。
「ごめん。……いやだよね。私に触られるのなんか」
彼女の言葉があまりにも意外すぎて、むしろ込み上げた疑問はちゃんと口から出た。
「どうして?どうして……僕が嫌だと思うと……思うの?」
顔を上げないまま 水樹は答えた。
「私は……汚いもの」
秀一は耳を疑った。
水樹は続ける。
「私は嘘や罠で人の恋愛感情を弄んだもの。ズルくて卑怯で…………汚い。秀一も見てたでしょ。私がいろんな男子とイチャつくの。だから、嫌になっても……仕方ないよ」
彼女は、顔を上げて、笑った。
「ごめんね。私なんかが好きになって」
泣き笑いような笑顔────
それは秀一の胸を刺した。
ただ 美しいからでは ──なくて
「返事 いらないよ。困らせて 本当にごめん」
水樹はそして────視線を秀一から外した。
彼は、彼女が行こうとしているのが分かった。
立ち去ろうとしているのだと
この自分から。
嫌だ
立ち上がりかけた水樹の右手をつかんだ。
さっき自分の頭に触れたその手。
白くて 細くて 優美で…………尊い。
決して汚れてなどいない
穢れてなどいない
あなたは
あなたは 僕の女王だから────
握ったその手に 細い指先に、口づけた。……そっと。
彼女の動きが止まり、指先の震えが伝わってくる。
その手を握って顔を上げた。
目の前に彼女がいる。
綺麗な だけではなくて
傷つきやすくて
泣き虫で
でも勇ましくて果敢で
優しい女性
そんなあなただからこそ
「好きだ」
水樹の大きな瞳が揺れた。
「気づかなかったけれど……いや、気づくのが怖くて逃げていたけれど。きっと────ずっと前から。
水樹が好きだった。物凄く。恐ろしいほど。馬鹿みたいに。大好きだった」
水樹の手を握る自分の手の方が震えているのかもしれない。彼女が握り返してくれているのを感じて、勇気を振り絞る。
「僕に……水樹にできることなんて何もないと思ってた。だから伝えても……意味なんか無いって決めつけていたんだ。自分が傷付くことばかり怖くて」
彼女の瞳は煌めいた。潤んで。
「もし、もしも……もしも この僕で水樹を幸せにできるなら、この想いで救えるなら──いくらでも捧げる。
僕は水樹が好きだ。今までに見てきた、水樹が大好きだ」
水樹の頬を伝って涙が溢れ落ちる。
秀一は握っていた彼女の手をそのまま引いて、抱き寄せた。
水樹も床に膝をつき、彼に覆い被さる
ように崩れた。秀一は抱き止め、その髪にキスした。
「好きだ」
再び告げて、愛する人を見つめる。水樹も顔を上げた。
2人が顔を合わせて見つめ合う────
その時
シュ──────ッ!!
と外から音がして、明るい色彩の光が窓を照らす。
それが、次から次へと起こった。
2人の視線は窓に移った。
秀一はその光を見て言った。
「チャッカマン取ってきてって言ったくせにな」
「え?……え? じゃあ、秀一も? あれって……?」
水樹も 風晴の嘘に気がついた。
そして 2人は笑い出した。笑い合って……なんとかおさめて……
「花火やりに行こう。無くなっちゃう」
と水樹がやっと言った。
秀一はうなずいた。が、一度放した水樹の手を取ってしっかりと告げた。
「大道水樹さん、僕と付き合って下さい」
水樹は満面の笑みで答えた。
「はい !!!」
秀一は知っていた。
その笑顔は幼い頃に見た無邪気なものと、そっくりだと言うことを。
手を繋いだまま────2人は花火をやりに裏庭に向かった。




